永遠の敗北者になり損ねた者
京国芹佳
敬愛を太宰治に
つい最近、《誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性》という本を俺は読んだ。非常に面白かった。
だが、一つだけ納得できなかった部分がある。「誰もが嘘をついている」そんな言葉は嘘だ。俺が断言しよう。そして証明しよう。
それは..........俺が1度も嘘をついたことがないからだ。
幼少期の子供にとって、親は偉大だった。
子供の頃の教えが今でも、身に染み付いているなんて人も少なからず居るだろう。
俺は幼い頃から「嘘だけはつくな」と言われてきた。「嘘をつくと、地獄に堕ちるから」とよく言われた。困ったことにそれ以外は殆ど叱られなかった。よく言えば過保護であり、悪く言えば放任だった。母の大事にしている本を大好物である醤油でびしょびしょにした時も、大嫌いなプリンを父の顔に投げつけたときも、全く叱らず笑顔で流してくれた。残念な親だろ?正直全然、怒ってくれない親の気を引きたかったのかもしれない。でも、もっと残念なのはこれからだ。幼い俺は親が唯一、俺に厳しく言いつけてきた「嘘をついてはいけない」という教えに大きな価値を感じ、教えを守り通してきた。しかし15歳になった時、初めて疑問を抱いた。 至極当然のことだと思う。なんなら15になるまで何の疑問を抱かなかった自分に疑問を抱くほどだ。そして俺は、父に聞いた。なぜ、そんなにこの教えを大事にするのか?と。すると父は不思議な顔をしてこう返した。
「そんなの、いつも言ってるだろ。嘘をつくと、地獄に堕ちてしまうんだぞ。」
俺は呆れて返した。
「俺はもう、15だ。いい加減それはよしてくれよ」すると、父は真面目な顔でこう返した。
「なんだ、その言い草は。私はお前の為に言っているんだぞ。父さん達は昔、一度だけ嘘をついてしまったから、もう天国には行けないが、せめてお前には行って欲しいんだ。」
勘のいい人はもう気づいているだろう。その通り。俺の親は死後の世界を信じていた。だから、「嘘をついたら地獄に落ちる」っていうのも、脅かしで言ってるんじゃなくて《マジ》で言ってたんだ。
そこから、俺の生活は一変した。これまで信頼していた、親が頭のおかしい信者に見えてしまって、まともに顔も合わせられなくなっていった。そして高校卒業後、俺は逃げるように上京して、親との関わりを断ち切っていった。でも、どれだけ親との関わりを断ち切っていっても、あの教えだけが身に染み付いて、離れることは無かった。
そのまま、月日は流れ、時代は変わり、俺は歳をとった。そして今、俺の目の前には長い髭を生やしたでかいおっさんが、何やら巻物のようなものを見ながら、手を口に添えて居座っていた。そして、その大きな口を開き、こう言った。「驚いた。まさか、1度も嘘をついたことの無い者が現れるとは。天国行きだ。おめでとう」 俺は苦笑いしか出来なかった。
まさか、本当に死後の世界があるなんて.....
俺は、他の人が地獄に落とされていくのを横目で見ながら、書類を書いていた。地獄に堕とされるといっても、閻魔様が指でつまんで放り入れるのではなく、しばらく閻魔様と話し、切符のようなものが与えられ、自分で地獄に歩いていくのだ。そして、なんと死後の世界では嘘の数が罪の数とみなされていて、罪の度合いによって行く世界が違うようだ。そして、その世界の中で最も最上位のものが天国で、それ以外は地獄とみなされるらしい。つまり、嘘をついた数が一度だったら、そこまで苦しくない地獄に行けるのだが、たくさんついているとそれはもう辛い地獄に行かなければならないのだ。
まさか、死後の世界でもこんなに理不尽なルールが存在しているなんてがっかりだ。そして、俺は初めての天国入居者だったらしく、手続きが長引いていた。目の前には眼鏡をかけた生真面目そうな奴が座っていて、俺に書類を渡してきた。地獄行きの人には渡されていない物だった。そこには天国での注意書きや、契約書などがあった。死後の世界でもこのようなものを書かされるなんて思ってもいなかった。そして俺は、書類を書きながら生前のことを思い出していた。
思えば、充実した人生だった。小学校からの幼馴染や40年間勤務した会社、そしていつも私をそばで支えてくれた妻の顔。回転寿司のように順々に頭の中によぎった。流れていく寿司の中に目を引くものがあった。プリンが一つ。両親のことを思い出した。そういえば、あの二人はどうなったのだろう。嘘をつけなかったことで苦労したことも沢山あったが、それによって得たものも数えきれないほどあった。例えば、今こうして天国に行ける事とかな。俺は一人で苦笑した。目の前で淡々とハンコらしきものを押している眼鏡が一瞬こっちを見る。結局のところ両親は正しかったのである。どのような場所で知ったのかもわからない。そもそも、知っていたわけではなく、信じていたものがたまたま事実と一致しただけかもしれない。しかし、俺のことを思い、俺のためにその教えを説いてくれたのだ。この事実だけは変わらない。たとえその方法が間違っていようが間違っていなかろうがだ。俺は手を止めた。
親孝行とは縁遠い人生だったな.........
いよいよ、書類は最後の1枚となり、こう書かれていた。
天国への入居を希望しますか?
........俺はしばらく黙り ”はい” と丸をつけた。
こうして、俺は人生初めての嘘をついた。
つまり結局のところ、俺が言いたいのはビッグデータ分析は俺一人が否定できるようなもんじゃなくて、大嫌いなプリンも大好きな醤油をかければ美味しいかもしれないってことだ。
ps.ウニの味でした
#地獄で肩たたき
永遠の敗北者になり損ねた者 京国芹佳 @azumakyosuke
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