第2話 真昼のお茶会の招待状
数日後の放課後。
「来週の月曜日、蝶の部屋でお茶会を開くわ。みなさん、ぜひいらしてね。」
いつもと変わらぬ千の日常。
蝶の部屋ということで招待状には蝶の封蝋。
封筒の封蝋の左下には咲き誇る花々。
招待状にも遊び心を。
これは千の信条。上に行くためには必須のもの。
招待された生徒たちは、それにどこまで気づいているのかは分からないが、気を抜くわけにはいかない。
「嬉しい、またお招きいただけるのね!」
「嬉しいわ! 千さんのお茶会に参加できる!」
これもいつもと変わらぬもの。
千に招待状を渡された生徒は狂喜乱舞だ。有能な主催者の千に呼ばれることは自分へのステータスに関わってくるのだから。
千も嬉しいのは同じ。
有能な生徒を招くことは自分のステータス上昇に繋がる。そして、千の本心に気づかず喜ぶ馬鹿どもの顔を見ることができるのだ。
千の悦びのひと時。
勿論、ある常連の生徒の元にも招待状は配られた。
「千さん、今回もお招きいただきありがとう。私、嬉しいの。千さんに選ばれて。千さんの力になれて。」
招待状を受け取り、美しく微笑む少女。凛とした姿は千と引けを取らない。
芥川そら。
千のことを何よりも愛する少女。
千が何よりも利用している有能な少女。
「ありがとう、芥川さん。私、誰よりも大好きな芥川さんが来てくれて嬉しいの。一緒にお話がしたいのよ。」
千が招待状を渡すついでに彼女の手の甲を撫でてあげると、そらは下を向いて少し頬を赤らめた。
千は、人の感情の動きに気づくことに関しては誰より優れている。
だからこそ有能な主催者にまで上り詰めた訳だが。
そらの千への気持ちなど、とうの昔に気づいているし、有効利用もしている。
それもまた千の優越感に浸れる一環でもあった。人の感情を操れるということは千の悦び。
昔、散々に千を馬鹿にしてきた生徒たちを今度は手のひらで操るのだ。
復讐に似た悦びである。
千はそらに微笑みかける。
そらも微笑み返す。
他の生徒は舞い上がっている。
じゃあみなさん、また来週。
ありがとう、またね、千さん。
…それでいつもは終わる。
だが、今回は少し異質なことが起こるのだ。
「三島さん、どうぞ。」
千とそらのやりとりを遠くから虚な目でじっと見ていた三島咲奈。
誰にも相手にされない三島咲奈。
千のお茶会には無縁の少女。
そんな彼女に千は、微笑みながら蝶の招待状を渡した。
勿論、辺りは静まり返ってしまった。
そらの動揺に至っては言うまでもない。
予告されていた咲奈自身ですら、それはなかなか受け止められないものがある。
こんなことが起きる日が来ようとは。
あれだけ招待状をもらって二人で夜を過ごしてきたというのに、今、招待状を差し出す千を目の前にして言葉が出てこない。
手が震えて受け取ることもできずにいると、千は咲奈の手を取り招待状を渡してあげた。
「どうぞ。三島さん。」
「あ…お招き…いただきありがとう。私…こんな日が来るなんて、信じられなくて。」
「何を言っているの? 私たちはお友達じゃない。」
お友達。
その言葉に、再び周りはどよめく。
「ありがとう…そう思ってくれて嬉しい…。」
千はにこりと微笑むと、咲奈の耳元で付け足すように囁いた。
「調子には乗らないで。昼間の私の邪魔だけはしないで。」
そのようなこと…承知のこと。
だが、咲奈は昼間に優しく誘われたことに喜びを隠せないし、同時に現実を思い知らされて泣きたくもなった。
複雑な感情を抱きながら、咲奈はただ無言で数回頷くのだった。
そんな咲奈を少し見下したような目で千は見ると、咲奈の方をポンポンと叩き、また優しい微笑み。
「楽しみにしているわ。三島さんと初めてここで一緒にお茶会ができるのだから。」
千は咲奈の方を振り返りもせずに、どよめいた生徒の間をすり抜けていく。
そんな時、千は待ってと呼び止められた。
「何かしら、芥川さん。」
呼び止めたのは、そらである。動揺して瞬きを何度もしながら千に訴えかけた。
「千さん、どうして三島さんなんかを呼ぶの!? あの子は千さんの役には立たないわ。むしろこのお茶会を汚してしまう存在よ!?」
どう答えようか。
少し千は悩んだものの、そらの手を握ってあげながら言う。
「そんなことないわ。このクラスにそんな愚かな子なんて誰もいないもの。それに三島さんは、私のことを誰よりも考えてくれている子だわ。だから一度お呼びしようと思って。私だって馬鹿ではないのだから、お茶会をする以上は必要ない子なんて呼ばない。だから結局、三島さんは私にとって……あ、いいえ、何でもないの。兎に角、みんなで楽しみましょうよ。」
そらは振り返って咲奈を睨んだ。
咲奈はというと、千からもらった招待状を抱きしめながら微笑んでうわの空。どうにも最後に嬉しい感情が勝ったようである。
千の言葉は全く聞こえていないし、そらの視線にも気づいていない。
良くも悪くも。
一方、千はというと。
こう答えて穏便にすまそう…無難な答えを用意していたが、だんだんと自分の思考を制御できなくなり、嘘と本音が入り混じるものをつらつらと話してしまった。
なんという失態だ。
少しの綻びでも後々大きな穴になってしまう。
それは重々承知なのだが、どうしたものだろう。
舞い上がっていたのは自分もなのか。
だが、決して千は認めたくない。
「じゃあ…芥川さん、またね。あぁ、そうだ。さっきも言ったけれど勿論、貴女のことも大好きだからね。」
千は失態を誤魔化すようにそう言って教室を後にした。
だが結局、やはり千も舞い上がっていたことは事実で、再び失態を犯していたのだ。
千にそのつもりはなかったが、知らぬ間に焦って失態が失態を呼んでいた。
「貴女のことも…好き…。誰よりも大好きって言ってくれたのに…それってつまり三島さんと私は同等ということなの、千さん……?」
昼間の二人のお茶会。
それは昔の二人の真夜中のお茶会以上に歪んだものになりつつある。
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