第3話 前夜
千と次に会うのは昼間のお茶会だと思っていた咲奈の元に一通の白い招待状が届いていた。
いつものように机の中にある一枚の招待状。
封を開けると、薔薇の香りが漂う。
真夜中のお茶会への招待状は、特別な薔薇のもの。
だが、その招待状も尽き果てて、今や無地のものになっていた。
その代わり、招待状のカードには薔薇の香水がふりかけてあった。
芳しく香る薔薇の温室と同じ。
歪みもなくなれば招待状も白くなるのか。
そんなどうでもいいことを考えながらも咲奈は招待状に目を通す。
今夜24時。
薔薇の温室で。
なんてことはない。いつもの招待状の文言。
だが、昼間のお茶会を明日に控えた今するというのか?
疑問に思いつつも、その日の真夜中に咲奈は薔薇の温室へとやってきた。
今夜は嫌に月が眩しい。
「あ…谷崎さん、お招きありがとう。」
「どうぞ、座って。」
これもまたいつもと同じ。
「あの…谷崎さん、今夜はどうしてお茶会を? 明日、昼間にお茶会をするのに。何度も私と会うのも…谷崎さんはあまり好きじゃないでしょう。」
前も述べたように、あの日の夜以来、二人の間に歪みなどは無くなった。だが、別に付き合っているわけではない。
お互い好きなんだよね、谷崎さんは私のこと認めてくれたんだよね。
咲奈はそう言って確かめたくなることも何度かあったが、傷つきたくなかったので言うのをやめていた。
千自身が咲奈に抱く気持ちが分からないし認めたくないのだから、咲奈にとって、千の気持ちを理解するのはもっと難しい。
命令もしない、お茶会も続けてくれる。キスもしてくれる。目も合わせてくれる。
だが、その明確な理由を咲奈は一度も聞いたことがない。
問い詰めて、また叩かれたり嫌われたりするのも嫌なものだから最後の最後で言葉を飲み込んでいた。
歪みはないが夜霧は晴れぬまま。
「私は明日、お菓子の話をしようと思ってるの。」
「え……?」
「みんなの好きなお菓子は何かって話をするから。」
「そうなのね……私も好きなお菓子を考えないと……。」
「そうしてくれる? すぐに言えるようにしておいて。意外とこの話題は今までしたことがなかったから。」
「それならよかったわ。初めて参加する私でもついていけそうな話題で……。」
「ええ、ちゃんとみんなの話を聞いてついてきて。」
「ええ、谷崎さんに迷惑をかけないようにするね。」
「そうしてくれる? 貴女が恥をかくと誘った私も恥をかくから。さ、早くお茶をしましょう。」
「え…あ、そうね。お茶を…。」
咲奈はゆっくりと席に着くと、千が注いだ紅茶を飲んだ。
今日はアッサムかしら?
きっと谷崎さんは、たくさんミルクを入れるのでしょうね。
そう思ったところで、べらべらと千に話しかけることはない。
咲奈は出来るだけ自分から話さないようにしていた。
川端凰華のお茶会に参加していた時もそうだ。
みんなカースト上位らしいついていけない話ばかりをするものだから、凰華の横に座って、わかったふりで静かに頷くだけだった。唯一、話しかけてくれたのは凰華だけである。
凰華のお茶会に参加していたとはいえ、何もついていけていない咲奈は結局は誰にも見てもらえない存在であったのだ。
今回はお飾りではなく本格的に参加するお茶会。おそらく最初で最後のお茶会。少しでも皆と盛り上がりたい気持ちが咲奈にはある。
しかし、いざとなると何を話せばいいのか…千が筋道を立ててくれたから何とかなるのかもしれない。
そこまで考えて、咲奈はハッして千を見つめた。
最初こそ咲奈の目線に気づいていなかった千だが、すぐに見つめ返した。
睨むように見つめられるものだから、咲奈はそれ以上何も言うことができなくなってしまった。
ただ静かにカップに注がれた紅茶を飲む。
千をちらりと見てみると、紅茶の味も無くなるだろうくらいのミルクを入れていた。
それに加えて砂糖もいつもと同じように入れるものだから、どれだけ甘いものになっているのだろうか。
見た目はいつも通りの紅茶だけど、きっと今までの何より甘いものなのでしょうね。
咲奈は可笑しくなったが、必死に笑いを堪えて紅茶を飲み干したのだった。
あまりにも可笑しかったので、咲奈は先程まで自分が何を考えていたかなど忘れてしまっていたし、思い出したところでどうこうなるわけでもなかったが。
静かに……だが、どこが優しく二人の夜は過ぎていくのであった。
一方、芥川そらの部屋。
そらは一枚の写真を見つめていた。
以前、何かの折に千と一緒に撮った写真だ。
「千さん…最近、貴女は少し変よ。こんなに私とお話ししてくれて写真もたくさん撮ってくれたじゃない。」
そらはそう言うと、そっと写真の千に口づけをした。
「千さん、私はカースト上位なのよ? 貴女だってそうでしょう!? 千さん、私だけを見てよ。」
そらの夜は静かに……だが、何かが崩れるようにして過ぎていくのだった。
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