真夜中の秘密のお茶会、アールグレイに愛を溶かして【第二部】

夏目綾

第1話 あの夜からの二人

 あの夜。


 二人の愛は芳しく香るアールグレイに溶けていき、真夜中の歪んだお茶会に終止符は打たれた。


 だが、やはり二人のお茶会はそれ以上でも以下でもない。

 お互いが愛を確かめたところで囁き合うことなどはなく、淡々とお茶会は続くのだ。

 本当に愛だったのか疑わしいほどに。


 勿論、昼間の二人の関係も同じ。

 千はお茶会に勤しみ皆を招待する。

 それを咲奈はそっと影から見ている。

 それ以上でもそれ以下でもない変わらぬ二人の毎日。


 ただ少し変わったことといえば。


 真夜中だけ千は咲奈の目を見てくれるし、咲奈も千だけを見つめている。

 昼間は交わることなど決してないのだが、この席は目線だけ交わるのだ。


 そして、もう一つ変わったことといえば。


 千は咲奈に無理強いはしなくなった。

 あれをしろと命令をすることは勿論のこと、キスをし続けろということも言わなくなった。


 時折の気まぐれで千の方からキスをする時はある。

 だが、それはやはり気まぐれにすぎないことで、二人の愛はこれといって盛り上がることもなかった。


 とはいえ、それで充分だと咲奈は常々思っていた。

 これならば、千が昼間は輝きも失わないし、夜だけはずっと見つめて一緒にいてくれるのだから。


 月も出る日もあれば陰る日もある。

 ただ夜空があることに変わりはない。

 

 「谷崎さん、私を見て。」


 「三島さん、私を見て。」


 激しく愛し合うことなどはなくとも二人の想いだけは一致していたのだ。


 しかし、それで満足だと言いながらも、本当はもっと…と欲を持つのが人間というもの。


 昼間に千が楽しそうにしている姿を見れば、咲奈とてあそこに加わってみたいと思わないことはない。

 懇願などはしないが、夢物語を描いては消えていく。

 所詮それだけのことに過ぎないのだが。


 そんなある日の真夜中のこと。

 薔薇の温室で。


 千は紅茶に砂糖を入れようとしたがポットに何もないことに気づき、不服そうな顔をして砂糖をとりに行こうとした。


 「谷崎さん、これ。」


 咲奈は別のポットを千に差し出したのだ。


 「三島さん……?」

 「用意しておいたの。谷崎さん、絶対に三個入れるでしょ? そしたら今日なくなるかなと思ったの。」


 砂糖を三つ取って入れろと咲奈に命令をしたことはない。

 

 なんて気持ちの悪い子だろう。


 そう千は思うものの、自分が咲奈の入れている砂糖の数や好きな紅茶など知っているのだろうか。

 考えると全く覚えてはいないし、考え込んだ後でようやく砂糖は入れてなかったことだけは思い出した。


 やはり気持ちの悪い子だ。


 なぜいちいち自分の行動を見ているのだ。


 今までなら罵って、あるいは頬まで叩くことになるかもしれない。


 しかし今、間を置いて千はこうも思うのだ。


 昼間のお茶会メンバーで誰がこのように主催者の言動を見てくれている子がいるのだろうか。

 彼女たちは会話と権力にしか興味がない。

 千になど興味を持った子などいない。

 いつも砂糖をたくさん入れるのね。

 それすらも聞かれたこともない。

 

 誰にも見られたことがない、谷崎千。

 唯一見てくれる人、三島咲奈。


 三島さん、私を見て。

 いや、認めたくはない。


 「私も落ちぶれたものになってしまったわ。」

 「谷崎さん?」

 「いいえ。何も。」


 しばらくして、千がまた口を開いた。


 「三島さん、貴女は私のお茶会に来たいと思わないの?」

 「今、来ているわ。」

 「そうじゃなくて。私の昼間のお茶会よ。」

 「え……?」


 咲奈は言葉を詰まらせた。

 行きたくないわけがない。

 でも、そんなことできるはずもないし、してはならない。


 しばらく黙り込んでいると、千はため息をつきながらこう続けた。


 「行きたいくせに。どうせ。」

 「…谷崎さんとこんな関係になる前は、確かに参加したくてしたくて仕方がなかったわ。だから川端先輩のお茶会に参加して見合う子になろうとしてたわけだし。でも、今は……。」

 「今は……何よ?」


 咲奈は泣きそうな顔をしながら下を向いて答える。


 「行っては駄目なんだって思ってる。谷崎さん迷惑をかけたくないから。私が行っては駄目なのよ。」

 「行きたくはないってことでいいの?」

 「行きたい。本当は私だって参加したい。でも、駄目なのよ。私は今のままで充分なのよ。」

 「……。」


 千とて馬鹿ではないのだから、咲奈の言わんとしていることは理解できた。

 そして、そうしてもらうと自分もありがたい。

 だが、不思議なことに千はこんな提案をしてみたのだ。


 「一度だけ。一度だけ。三島さんを私の昼間のお茶会に呼んであげる。」

 「え……どういう……こと?」

 「言葉のままよ。」

 「だ、駄目よ!! 私がこんなこと言ってしまったからよね。ごめんなさい、谷崎さん。駄目。私と谷崎さんはここだけの関係にしないと。」

 「分かってる。だから一度だけと言っているじゃない。」

 「谷崎さん……。」

 「昼間も三島さんを見る。最初で最後。そんなお茶会にして二人とも納得しましょう。」


 二人とも納得する。

 何を納得するのか。


 これもまた咲奈とて馬鹿ではないので、その意味を理解して頷いた。


 これは真夜中と昼間の折り合いをつけるため…線引きをするためのお茶会。

 でないと二人は勘違いしたまま走り出してしまうからだろう。

 それは困るのだ。


 二人の仲とはそういうもの。

 そういうものにしなければならない。


 谷崎千と三島咲奈の関係を保つため。

 最初で最後の昼間のお茶会が始まる。

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