化け物だらけの世紀末? 弱い人間はコソ泥するしかないね!

へぶほい

生きるには奪って逃げるのみ

 20XX年。アメリカ合衆国跡地、旧ニューヨーク都市。太陽が頭の上に昇っている昼頃。おかしなことに人間の姿は見当たらなかった。


「ヴァァアァ……」


 この歩く死体を人間に含めなければの話だが。


 無数の腐った死体が街を徘徊している中、上空には太陽の光を遮るように飛行物体が佇んでいる。人間が作るようなものとは似ても似つかなく、円盤の形をしたそれは物音ひとつ起こさずに浮遊していた。

 この状況を理解しようとしない方がいい。いちいち考えていたら頭がパニックを起こす。ほら。休む暇も無く遠くから大きな音が聞こえてきた。


「pi、gaGa、Piii……」


「やれぇ! あともう少しだ!」


「!? 前方に多数のゾンビ! このまま前進するのは危険です!」


「なんだと!? ……クソッ!! 退避だ! 物音を立てないように気をつけろ!」


 さて、超高性能な双眼鏡で音の方を見てみると、赤く光を放っている大きな機械のような物を追いかけまわす連中を見つけた。あれは自分達の目的のために群れを作っている人間のグループのひとつだ。俺の今日の獲物でもある。


 彼らはロボットの素材から生活に役立つサバイバルツールを作ろうとしているみたいだ。この世紀末ではそういう連中も珍しくない。だが、俺の前でそういうハイテク

なのは見せない方がいい。ポチっとな!


 ピチューン!!


 背を向けて逃げる武装した人間達。そのうちの1人の携帯している光線銃が、独りでに暴発した。耳がいい奴らをおびき寄せるには充分な甲高い音だ。


「!? 何してんだ!!」


「し、知らねえよ! 銃が勝手に!!」


 大きなロボットが近づいて来た事で目覚めかけていたゾンビ達が完全に目覚めた。付近にいたゾンビ達が音のした方向へ一心不乱に駆け出す。その大行進は軽い地震のような揺れを起こし、人間を恐怖に駆り立てる。あ……俺も建物の影に隠れないと巻き込まれるな。


「奴らが来る……! 走れぇ!! 走れぇぇえぇえ!!!!」


 お、思ったより人間側の足が速い。よくあの瓦礫の山をあの速度で駆け上がれるもんだ。けどまぁ、ゾンビは規格外だからな……。


「ゥヴァァアアァア!!!!」


 毎度のことながらあれはえぐい。ゾンビ達は積み重なって人間達に追いつく。前を走っている奴が転んで、その上に別の奴が乗っかってるだけだが、その圧倒的な数は瞬く間にゾンビの山を作った。あれじゃ高低差なんて関係ない。


「うわぁああ!!!!」


「クソ! 1人やられた!!」


「ジェットの離陸まであと少しだ!! 迎撃準備!!」


 必死な形相で走っていた先頭の何人かが、既に離陸準備に入っているジェット機に乗り込んだ。


「もう無理だ! 出せぇ!」


 男の1人がそう叫ぶと、まだ後方にいる人間を見捨てるようにジェット機が高度を上げ始めた。仲間らしき人を見捨てるのにあまり抵抗感は無いように見える。まあ、こんな世界じゃそんなもんに気にかけたところで意味なく被害を被るだけだからな。


「た、頼む! まってくれぇぇえええ! ! や、やめ…… うぎゃぁあ!!!」


「来るんじゃねぇ! クソクソがぁああ!!!!!」


 生き残る猶予を与えられなかった人間達は、瞬く間にゾンビの波にのまれた。この世は無常である。えっと、ここアメリカだから祈りはアーメンか。知らんけど。

 てか早くやる事やらないと俺の取り分が無くなるな……。ゾンビ共、血肉だけ綺麗に食っとけよ~?


 てことで人間が居なくなった事で再び眠り始めているゾンビの群れの中に潜入中。え? どうやってこいつらにバレずに行動してるかって? ふっふっふ。俺は超優秀なので生きていくための便利アイテムをいくつか持っているのだ!

 秘密アイテムその2! 透明ガジェット~! この腕輪型のデバイスを起動すると身体が見えなくなる! どうやら発する音や匂いも消せるみたいで、探知能力がずば抜けているこのゾンビでさえ俺に気付くことは無い! ……多分。あの上に浮かんでる円盤の中からくすねてきた物だから詳しい仕様は分かっていない。コピーライトは恐らくエイリアン。


「お、良かった。そんなに状態は悪くないな。頼むぞ……。うわ、せっかくの食料が……。次だ次。……お、安物だけど腹持ちいいやつだ。今日は当たりだな」


 この世界では基本的に消費期限が無い既製品が食糧源だ。今から食べ物を生産するとかほぼ無理ゲーだからね。こうやって盗むのがセオリーってもんよ!

 ちなみにこういう独り言は結構大切なことだったりする。一生黙って死体を漁り続けるとマジで頭おかしくなるから。声を出していいときはどんどん叫んだ方がいい。


「……ヴァ……」


 ん? ゾンビが起き始めた。別の奴が来たのか? 1日に複数のグループと遭遇するってかなり運がいいぞ今日。しかし辺りにはそれらしい人影は見えない。おかしいな……こいつらが反応し始めてるって事は目視できるくらいの所には居ると思うんだけど。


「どこだ……?」


 そう言って俺は首をひねった。……あれ? 透明マントで俺の声なんて聞こえなくなってるはずなんだけどな。そう思って自分の体を見てみると、透明化が薄れ始めていた。

 愛用しているこの透明マントだが、太陽光で動いていることが分かっている。例え太陽光が途切れても数分はもつ筈なのだが……あ。そういえば、でっけぇ円盤が空を覆ってるんだっけ。


「ヴァ……ガギャァァ……」


 ……なんでこんな凡ミスするかな。久しぶりの食料の登場で気が緩んだの? 馬鹿なの? ……過去の自分を責めるとか、そんな場合じゃ無いっすよね。ハハ。


「ガァアアアァア!!!」


「結局こうなんのかよぉぉぉおお!!!」


 大体いつもこの調子で何か上手くいった試しがない。世界がこうなる前までは何気に良くやってたよ。しくじることはあれど、上手く立ち回っていた……と思う。日本で一匹オオカミというスタンスを崩さずにあんな犯罪稼業が長続きしてたの俺くらいじゃないかな?

 しかし何故か終末が訪れてからは危機感というものが欠如している。最後らへんのムショ暮らしが若干長かったから開放感ゆえの……いや、間違いなく他の誰かの陰謀だ。そうに違いない! うん。


「秘密アイテムその3! よくわからん赤黒い液体!!」


 後ろからどんどん距離を詰めてくるゾンビ達に向かって、俺は古めかしい装飾がされた瓶を投げた。地面と激突したその容器は砕け散り、中身の液体が散乱する。

 するとぶちまけられたその赤黒い液体は、一瞬で宙に舞い上がる。生き物のように蠢くその液体は、迫りくるゾンビ達を飲み込んだ。このまま俺を追ってくるはずのゾンビ達の姿はもう見当たらない。代わりに現れたのは変色した骨の山だった。


 南アメリカの西海岸……サンフランシスコあたりだったかな? そこで出会った……というか遭遇してしまったカルト集団らしきグループから手に入れたこの謎の液体。なんか盗み聞きした話では上位存在へ生贄を捧げるためのものらしい。少なかろうが腐ってようがお構いなしに血肉を貪るこの液体はまさに悪魔的。なんか誓約がうんたらかんたらとか言ってたけど……ま、使えるもんは使わないとね。


 そんなこんなで何とかゾンビ達を撒いた。毎度毎度こんな感じで死にかけては逃げてを繰り返している。置き土産を漁るだけなんだけどな……なんでこんな大変なんですかね? 秘密アイテムという有限物資もそろそろ底を尽きそうだし、そろそろ盗みに入らないとやばそうだな……。でもなぁ、ああいう所入っていくの命がいくつあっても足りないんだよな……。


「……まぁ、明日から考えよ」


 面倒くさいことは後回しするに限る。こっちは今日を生きるのに精いっぱいなのだ。この有害生物だらけの世界で拠点を構える訳にはいかないから、寝床を毎日変えながら生活しないといけない。ようやく慣れてきたとはいえ、ずっと歩かなきゃいけないのは体力的にきつい……。今日はせめて野宿になりませんように!


 どこへ行ってもこちらを襲ってくる敵がいるから秘密アイテムがどんどん消えていく……。特に今日は運が無さすぎる。街中ではゾンビにロボット、森の方に避難すれば食人族にグロテスクなUMA。一息つく間もなく太陽が東に沈んだ。一体この宇宙で何が起きているのでしょうか……。

 ……お! 日の光が無くなる前に寝床になりそうな場所を見つけた。森林の外れにひっそりと建っている古そうな小屋。道もしっかりしてるからいざという時に逃げやすそうだ。遮蔽物が少ないのはいただけないが……ま、妥協も大事か。


「お邪魔しま~す……」


 小声でそう言いながら俺は扉を開けた。もちろん寝床を見つけられたとはいえが居る可能性を加味して、警戒しつつ行動しなければならない。

 俺は後ろに隠している煙幕を握りしめて、小屋の探索を始めた。とはいってもかなり狭いから、そんなに時間はかからな――。


「ヒッ! やめてやめてやめて……」


 ……おー、マジか。俺が驚いているのは本当に先客が居た事じゃ無くて、その先客が生身の人間であることだ。しかもかなり幼そうな女の子1人だけ。なんでこんな所に……。まぁ、一番可能性が高いのは人外が少女に化けてるってとこだろうな。しかし、どちらにしても露骨に警戒するのは得策じゃない、か。


「びっくりした……。落ち着いて。俺もただの人間だよ。君は……?」


「……お兄さん、なんか変。聞こえてくる声と頭に入ってくる意味が違う……」


「あぁ、フフ、結構面白いでしょ? 便利なおもちゃがいっぱいあるんだ。どう? よかったら君も見てみる?」


 まぁ、これは秘密アイテムじゃないんだけどね。生粋の日本人で英語を知らない俺がなぜ、この金髪でいかにもアメリカ人みたいな少女と言葉を交わせているのか?

 それは俺が日本から南アメリカ大陸に渡来した時まで遡る……。と言っても、日本の刑務所から脱獄した後に、宇宙船に拉致られて人体改造されただけなんですけどね、ハハハ。それにより俺は燃費の良い体とご都合主義みたいな翻訳能力、あとは勘というか、のようなものを手に入れた。

 燃費のいい体と翻訳能力はとりあえずいいとして、このセンスについてだけど……なんていうか、見聞きしたものが自分にとって役立つものか否か的な事が分かる……というか、感じ取れる……というか、ちょっと言語化が難しい。本当に勘みたいなもんだからあってないような感じ。


 例を挙げるなら目の前に居る少女が本物の人間だと直感が囁いている事かな。何故か分からんけど、俺はそう確信している。


「……うん。見てみたい」


「女の子でも楽しんでくれるといいけど……そういえば、君の名前は?」


「ジュディ。ジュディって言うの」


「いい名前だね。それでさジュディ。実はお兄さん、泊るところなくて……今晩だけここに居てもいいかな?」


「!! うん!」


「はは、ありがとね」


 見ず知らずの人間が一緒に居ると聞いてここまで喜ぶとは……。よほど人肌が恋しかったか、それとも外の残酷さを知らないのか、あるいはその両方か……。ここに来たのが俺で良かったな本当。ま、自他ともに認める屑人間ですけど、ヘヘヘ。


「お兄さん」


「ん?」


「お兄さんのお名前教えて?」


「あ! そうだったね忘れてた。俺は田中翔一っていうんだ。よろしく」


 そう言って俺が手を差しだすと、ジュディは戸惑いながら手を握り返してくれた。ま、普通に偽名だけどね。こんな幼気な少女に嘘をつくのは気が引けるけど……致し方ない。足が残らないようにするための常套手段です。咄嗟に考えた名前だけど、前も使ってたっけな? 覚えてないや。


「ショウイチタナカ……変な名前。どこの人なの?」


「日本っていう、ちっちゃな島国から来たんだけど……聞いたことあるかな?」


「ニホン! 私知ってるよ。ご飯が美味しいってお父さんが言ってた!」


「お、よく知ってるね」


 まぁ、主要国ではあるもんな。知っててもおかしくないか。それよりジュディが言った「お父さん」なる人物が気になる。もし本当に父親が居るなら彼は今どこに居るのだろうか? もしかしたらデリケートな話題の可能性があるため、それとなく後で聞いてみよう。


 その後はジュディと約束した通り、秘密アイテムの一部を披露して見せた。危険な物や少女にとって面白みのなさそうな物は一時的にリュックの奥底に封印している。


「これ綺麗……!」


「あぁ、それは地図だね。いいでしょ?」


 自分を中心に半径500メートルの地形が分かるマップ。細かいところまで立体的に映写されるそれがジュディのお眼鏡にかなったらしい。まぁ、子供はとりあえず派手に光ってたりするもんに目が無いからな。カラスかよ。


「凄い……これ全部ショウイチが作ったの?」


「あー、全部もらいものなんだ。こんなの作れるほど頭良くないよ」


「……確かに。頭悪そうだもん」


「あ、言っちゃいけないこと言ったな!」


「フフフ、キャー! ショウイチに襲われちゃう~!」


 色白金髪ロリは最高だなグヘヘ……とはならんけど、俺に懐いてくれたのは素直に嬉しい。日本に居た時は、子供とか女とか基本的にうるさいだけで嫌いだったけど、この世の終わりに暮らす身では、こういう仲良くできる人間のありがたみが分かる。

 ただし頭悪そうだと言ったことはずっと根に持ってやるからな。


「そういえばジュディは学校とか通ってたの?」


「もちろん! ショウイチより頭が良かったんだから!」


「へぇ、それは凄いね! 将来は優秀な研究家になったりして」


「それもいいけどね! 私は友達と音楽を……ッ」


 おっと、まさか地雷を踏むとは想定していなかった。やらかしたな……。そりゃあ生き残ってる人間の方が珍しいもんな。きっとジュディが通ってた学校も、既に無くなってるだろうし。……親について聞くなら今がチャンスか。


「……ジュディのさ。お父さんとお母さんって、今はどうしてるの?」


「……街の外れにある工場でね、私とお父さんとお母さんの3人で暮らしてたの。缶詰を作ってる工場で、こうなってからもしばらくは食べ物に困らなくて……。でも私、ワガママ言っちゃった……! ずっと同じものを食べて、ずっと外に出れなくて……! ……お父さんとお母さんと喧嘩したの」


「それで、ここまで家出してきた?」


「……うん」


「そっか……。じゃあ、謝らないといけないね」


「…………うん」


 ただの家出だったか。良かったぁ~。これで両親が死んでるとかだったら俺が面倒見ないといけないところだった……。というか、この子本当に運がいいな。その工場までどのくらいの距離があるのか分からないけど、よくここまで生き残れたもんだ。


「今日はもう遅いしさ、明日一緒に出発しよう」


「え……? いいの?」


「もちろん! 女の子1人だけ置いて行けないよ」


「……グス、ヒッグ……ありがとう」


 俺に感謝を伝えると、ジュディは大声で泣き始めた。こんな世紀末にたった1人で心細かったのだろう。あらかじめ防音のアイテムを使っていて良かった。もしこのジュディの泣き声が外まで聞こえていたら、こちらを殺してくださいと言っているようなものだ。


「……落ち着いた?」


「うん……ありがとう、ショウイチ」


「よかった。じゃあ、明日に備えて今日はもう寝よう」


 屋根の隙間から覗ける空を見れば、既に星が輝く夜空が広がっていた。この世界で6か月の時を過ごした俺の経験則からして、あと6、7時間が経つ頃に日が昇り始まると思う。朝を迎えるとほとんどの異形たちが活動し始めるから、なるべく早くに行動し始めてしまいたい。ジュディが寝起きの悪い人間じゃなきゃいいけど……。


「……おやすみなさい」


「うん、おやすみジュディ」


 そして俺とジュディは瞼を閉じた。すると1分も経たないうちにジュディの規則正しい寝息が聞こえ始める。かなり寝つきのいい子だな……。起きるのもこのくらい、すんなりいくと良いけど。


 ちなみに誰もが知ってる太陽の話だけど、数ある異変の中で一番最初の変化だったみたいだ。みたいだってのは俺が外に出てから聞いた話なんでね。

 誰も気に留めないような時間のズレが徐々に広がっていって、人間達の生活習慣が乱れ始めたらしい。俺? ずっと牢の中って結構暇なもんだよ、ハハハ。

 それで時間順守が基本の社会に早くも影響が出始めて、これはおかしいと民衆が気づき始めた頃には、まともな人間の方が少なかったっぽい。多分ニュースで騒がれたウイルス流出とかも誰かがわざと蔓延させたんだろ、う……な…………。


 ガサガサ、パキ、パキ。


 ………………ん、無駄の思考をしていたらいつの間にか眠っていたようだ。隙間から外を見れば空が明るみ始めている。どうやら出発するのに丁度いいくらいの時間で起きれたみたいだ。

 しかし起きた要因はセットしていたアラームの音じゃない。今までの人生で培った危機察知能力が小屋の外から聞こえてきた異音を捉えたからだ。小屋の外に何かが居る……。防音能力は既に無くなっているだろうし、こちらに気付かれるのは厄介だ。


「ん、ぅ……もうちょ、ぐ……!」


 寝ぼけ眼だったジュディが、突然俺に口を塞がれたことで驚愕の表情を浮かべる。暴れ出すジュディを抑えて直ぐ、その動きが止まった。どうやら状況を理解したようだ。俺はジュディの口に当てていた手を離し、物陰の方を指さした。ジュディは俺の意図を汲み取り、2人でそこへ隠れる。


 バキバキバキバキ!!


 小屋の壁が破られ、敵が侵入してきた。その正体は昨日見かけたロボット……とは少し形が違うが、十中八九同じ類の物だろう。まるで血管の様にデザインされた赤く光っているボディラインが、ジュディの恐怖を駆り立てた。


 ピピピピ。


 先ほどのジュディの声に反応したのか、ロボットが俺たちの潜んでいる闇に近づき始める。ジュディの口を塞ぐ手に、何か液体の感触が伝わって来た。それがジュディの涙だと分かった俺は、汗を流しながら自分も息を止める。

 あと少しだ。あと少しだけ……!


 ブー! ブー! ブー!


 突然鳴り響いた謎の音にロボットが姿勢を変えた。明確に聞こえてきた音に反応し、そちらへ向かうロボット。

 音の正体は俺がセットしていたスマホのアラーム。外の異変を察知した時に音量を上げ、適当に投げ捨てていた。あのスマホは回収できないが、この世界ではタイマー機能くらいしか使い道が無いため、まぁ良しとしよう。


「今……!」


 俺の合図を聞き、ジュディが立ち上がる。俺たちはロボットが空けたデカい穴から外に出た。小屋からは脱出したものの、異変に気付いたロボットが標的をスマホから俺たちに変える。


「やっばい、やっばい、やっばい、やっばい!!」


 ただ今、ジュディと共に森林の中を駆けています。ジュディの住処を探す予定が、こちらを殺しにかかってくるロボットとの鬼ごっこに変わりました。おい童謡。森で遭遇したのはクマさんどころじゃないぞ。


「あう!」


 あ、やっべ。手を繋いで走ってたジュディが転んでしまった。まだ小学生だし、俺のペースに合わせてたら当然そうなるか。

 やばいな……。もう見捨てるしかないか。ロボットがそこまで迫って来てるし、ここで手を貸したら俺もほぼバッドエンド確定……どうしよう。


「うぅ……」


 ガガガガガガ!!


 俺が悩んでいるとロボットが遂に追いついた。もうちょっと余裕があった筈だが、想定以上に相手のスピードが速い。

 ロボットがジュディを視認した。触手のように柔軟に伸びてくる奴の腕の先端にはチェーンソーらしき武器が取り付けられていた。この後どうなるかは想像に難くない。振りかぶられた殺人兵器を前に、ジュディは顔を青ざめさせ、ついに――。


 スカッ。


 ジュディを抱きかかえた俺は、上手く相手の攻撃を避けることに成功した。

 危なすぎる。普通に三途の川見えたわ。


「ショ、ショウイチ……!」


 涙を浮かべるジュディに俺は優しく微笑みかける。俺ってばめっちゃ優しくて強い人間やなぁ。心臓バックバクだし、下心満載だけど。

 だって生活に困らないくらいの食糧があるって聞いたら、そりゃあ誰でも助けるでしょ……。この救出劇をジュディが親御さんにポロっと話してくれれば好感度も上がるだろうし。

 まぁ、正直バカな事をした。食糧があったって命が無ければ意味が無い。

 ……だがこの世紀末でも俺の本質は変わらないな。俺なら欲に負けてなんぼだ。


 まぁ、あと1回くらい賭けに勝てばいい話だろ。


「不要、排除、人間、排除、奇異、人間、??」


 うわ、久しぶりにこいつらの声聞いたわ。このクソ機械共、自我があるのか知らないけど俺の翻訳能力に引っかかるんだよな……。こいつら作った奴なんでこんな面倒くさい仕様にしたんだよ。やっぱりマッドサイエンティストの考える事は絶対に理解できないね。


 ジュディを抱き寄せる俺は、目の前に対峙するロボットを睨みつける。丸腰の人間を相手に何故か警戒しているこのポンコツからすぐにでも距離を取りたいところだが……。やっぱり下準備が無いのは分が悪すぎる。やめときゃよかった。

 ……ん? ……お、やっぱり俺って運に味方されてるよな。そんな善行した覚えは無いけど、先祖様の靴を舐めるのもやぶさかじゃない。


「……ジュディ、もう大丈夫だよ。怯えないで」


「え……?」


 ジュディを抱きかかえた俺はロボットに背を向け、一目散に逃げだした。こちらの様子を伺っていた奴がそんなことを許すはずも無く、森の外へ向かう俺達を追跡してくる。

 日ごろから命を賭けた鬼ごっこをしていてよかった。この走り馴れた体が結果的に今の助けになっている。……てことはいつもの俺のやらかしは、いざという時の保険だったって言い訳になるんじゃ? そういう事です皆さま拍手を下さい。


 とはいえやはり奴の足はかなり速い。この木々の中、あのデカい図体を上手くこなして迫ってくる。まさに機械的な奴の動きが俺とジュディの恐怖心を煽る。

 秘密アイテムは!? ……クソ! 無生物に効きそうなのが一個もねぇ! この謎の液体も意味ねぇし……ちょ、頼んます神様! マジで助けて!


「……祈りって通じるもんなんだな」


 急に立ち止まった俺を不可思議に思ったのか、ジュディが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。…………いっけね。一安心したらこの子に愛着湧きそうだったわ。


 先ほどまでこちらの命を脅かしていたロボットは今、文字通り目と鼻の先に居る。

 ピッタリと距離を置くことなく追っていた獲物が突然居なくなり、ロボットは困惑している。奴は太陽の光が差し込む狭い道路で右往左往していた。

 ……そう、太陽の光さえあれば、この最強秘密アイテムである透明マントが使えるのだ! 俺の勝ち! ガハハ!


 てか何気に自分以外にも効果があるって知ったの初めてだな。……あれ? もしかしてワンチャンこの子死んでた? ……ま、結果良ければ全部ええやろ、へへへ。

 と、くだらない事を考えていたらジュディの体が震えている事に気付いた。あらら、トラウマにならなきゃいいけど……どうしたものかねぇ。




 ……もう、散々だった。大切な人たちが狂って死んでって……お父さんとお母さんが居ても何の慰めにならなかった。毎日が同じことの繰り返しで窮屈で……自分勝手に外へ出ても怖い思いをしただけ。しばらく走って、走り続けて、運よく誰も来ない小屋を見つけからは、何も考えずにそこへ閉じ籠ってた。

 その時だけは飽き飽きするほど食べた魚の缶詰が、とても美味しく感じた。……いや、違うかな。きっとお父さんが作ってくれていた食べ物だから、家族が恋しく感じていたんだと思う。だってあんなに涙が溢れる味なんて、そのくらいだもの。


 だから急に誰か入って来た時は、少し期待した。お父さんとお母さんが私を探しに来てくれたんじゃないかって……結局そんなことは無かったけど、とても優しい人が来てくれたの。私の孤独を埋めて、このかけがえない当たり前を教えてくれた。


 足手まといになった私を、命を懸けて助けてくれた。それがこの世界でどれだけ難しいことか、今の私にはまだ分からなかったけど……恐怖に支配された心の中にその優しさが痛いほど染みたの。


 太陽の光を背に私を抱き留める彼の姿を、私は絶対に忘れない。自分の体が消えて、声も出せなくなって、怖くて震える私の頭を優しく撫でてくれたことも。




「もう大丈夫だよ。歩けそう?」


「……ありがとう」


「ふふ、良いんだよ。さ、ジュディの家に帰ろう?」


 2人は手を繋いで歩き出した。ジュディはこの男の本性を知らず。男は自分の変化に気付かずに。だがしかし純粋な少女とこの犯罪者の心は、今この時だけは、確かに通じ合っていた。

 このあと結局ジュディの帰る家は他の人間に襲われ跡形も無くなっていたとしても、運命に呪われたこの男の素性がバレることになっても、きっと彼らはこの世紀末を乗り越える事だろう。


 近い将来、ただの犯罪者であったこの男が「太陽の罪人」という異名で呼ばれるようになるのは、また別のお話……。

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