最終話
新藤の爺は一人で酒を飲む。
「フォフォフォ。早くひ孫を抱かんと死ぬに死ねぬわ。生命の息吹を感じるのもいいが、人の恋路に花を咲かせるのも老いたものの役目やなぁ。なぁ婆さん、ひ孫を見てからそっち行くから待っててくれな」
仏壇と向かい合い、亡き妻に問いかける。
遺影は妻の一番かわいい笑顔だ。彼女の頬の輪郭をなぞり、また酒を持つ。
草木は芽吹き、実をつけ、子孫を残し朽ちていく。
どの生命も同じ。
人の恋はまだ種をまいた程度。芽吹くか腐るかもわからない。
今宵も二人の喧嘩声が響いてきた。
まだ芽すら出ていない。いつか芽吹くだろうか?
新緑の季節が終わり、紅葉の季節も終わり、雪の季節も過ぎたころ。
爺の孫に婚約者ができた。
相手はもちろん、お気に入りのむすめだ。
「じいじ、たのみがあるのだ」
「ん? なんだ?」
「働いてほしい」
孫が持ってきたのはシルバー人材の求人。
「わしにまだ働けとは。最近の若者は鬼畜しかおらんのか。まったく」
「あんたの孫の稼ぎが思わしくないから週1でもいいから働いて」
「お前さんがそんな酷なことを言うとは思わなんだ」
「ガソリン代でも稼いできてよ。今いろんなものが高騰しているんだもの」
「ばちが当たるぞ」
「この頼りない三月に嫁ぐんだからそれくらいしてください。おじいさま」
おじいさま。存外いい響きだ。
「働いたらひ孫の顔が見れるのかのぅ」
「努力します」
「そか。じゃぁやる。婆さんに叱られたくない、わし」
ひ孫はまだまだ先のようだが、仲睦まじく微笑む様子をみて心底安心した。
これならば大丈夫だろう。
あとはせっせとひ孫に送るものを考えよう。
懐妊がわかるまで今しばし。
恋のたねもまた芽吹いたようだ。
完
生命と恋の芽生えは遅く見えて実は速い 完 朝香るか @kouhi-sairin
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