巨人たちの仲良し計画

海沈生物

第1話

 人間という生き物は呼吸をするものらしい。この呼吸というものは、酸素と二酸化炭素の交換を行うためのものであり、それをしなければ人間というものはいとも簡単に窒息ちっそく……要は「死んでしまう」らしい。はかなくて可愛いだ。


 修好通商条約しゅうこうつうしょうじょうやくとか平和条約とか諸々もろもろ締結ていけつしたである我々としては、そんな小動物の皆さんと仲良くしたかった。しかし、小動物の皆さんと違って我々巨人族には呼吸をする必要がない。食事をしてエネルギーを摂取する必要もなければ、(ミル様の言ったことなので信頼できる情報ではないが)深い目的もなしに仲の良い相手や同族を殺そうとするなんておろかな行為をする必要もない。


 我々の長であるオーディ様は、人間と巨人族の間で、価値観において大きな「へだたり」を持つことが、人間と仲良くするのに大きな「弊害へいがい」になると心配された。このまま人間と巨人族である我々が仲良く関わろうと思ったところで、価値観の「隔たり」が大きすぎて、互いの話が嚙み合わないのではないか。最悪の場合、その価値観の「隔たり」が強い敵対心へと変わって、我々と小動物の皆さんとの間で「戦争」なるものが起こるのでないか。そのことをオーディ様は大変憂慮ゆうりょされた。


 そのことについて、オーディ様は巨人族の中でも「賢人けんじん」と呼ばれた

ヘニ様とその相棒兼オーディ様の叔父であるミル様に相談なされた。一族の中でも群を抜いて賢いヘニ様の一方、ミル様は適当な性格をしていた。例えば「人間なんて片手で潰せるんだから所詮は下等生物かとうせいぶつだよ」とか「圧倒的な暴力による恐怖で支配してしまえば、ダイトウリョウでもシュソウでも、どんな人間でもちょろいものだよ」みたいなジョークをいつも言ってきた。

 

 そんなお二人(実質ヘニ様に対してだが)に対して、オーディ様が「人間と仲良くするため、その知識を貸して欲しい」と真面目な表情で助言を土下座で頼み込まれた。これには賢人たるヘニ様だけではなく、いつも適当なミル様までもが珍しく真面目な顔をして「いいぜ」と了承していただいた。

 まるで呆然とした顔のように見えるヘニ様と真面目な顔をしたミル様は、オーディ様から詳しい事情を聞いた。その後、何やら真剣に二人で話し合うと、しばらくしてヘニ様……ではなく、ミル様が前に出てきた。きっと、いつも賢いヘニ様ばかりが前に出て話すので、たまにはミル様にも花を持たせてあげようと思ったのだろう。なんてお優しい方なのだろう、ヘニ様は。

 我が感動していると、ミル様はコホンと咳をついた。


「……正直、暴力による支配で十分だと思うよ? あんな愚かで学習しない人間と対話なんて必要がないと俺は思うんだけど。それでもおいであるオーディが仲良くしたいって願うなら……そうだねぇ。でもしてみたらどう? 人間の言葉に“同じかまの飯を食えば、皆仲良し” ってことわざがあるだろ? それの空気版……みたいな感じで、“同じ空気を吸えば、皆仲良し”になれるんじゃないかな?」


 「まぁ俺はわざわざそんな呼吸なんて面倒なことをせずに、普通に人間と話すんだけどねぇー」という照れ隠しなのかよく分からない謎の自慢じまんだけ言い残すと、ミル様はヘニ様の手を引っ張って、またどこかへと去ってしまわれた。

 こうも人間との関係性について懊悩おうのうされているオーディ様の一方、ミル様は本当に無責任な奴だと侮蔑ぶべつする。さっさと人間からの恨みを買ってその首を切られてしまえばいい、なんて残酷ざんこくなことをつい思ってしまった。


 さて、そんな適当なミル様からの助言をお聞きになったオーディ様は、その助言をそのまま鵜吞みうのみ……「参考さんこう」になされた。しかし、我々には知識としての呼吸を理解することができていても、感覚としてその方法を理解することができていなかった。そこで、我こと「フギ」と相方である「ムギ」が地球で呼吸の方法を学ぶ「遣地球使」として送られることになった。


 ここまでが長い前置まえおきである。


 早速我々が地球に降り立つと、周囲の建物が全部倒壊とうかいした。これはやってしまったかと口を少し開けて動揺していたが、隣にいたムギが「大丈夫。以前ミル様から参考資料として見せられた人間が作った映像では、巨大な異星人が人間の造った建物を破壊していたから」となぐさめを受けた。それはそうか。我々はお互いに仲良くしたがっている異星人同士である。多少建物が倒壊する程度、簡単に水に流してくれるだろう。


 そう思って人間を探していると、ふと足元がちくりと痛んだ。一体何に刺されたのかと思って屈んでみると、そこには星屑ゴミにも満たないサイズの生き物がいた。「かわいいー!」と思って手の甲へ乗せてあげると、その生き物は噛みついて来た。それほど痛くはなかったのだが、嚙みつかれるというのは良い気分ではない。我はそっと生き物をつまむと、そのままポイッと地面に投げ捨ててしまった。噛まれた場所に唾だけつけておくと、隣でその様子を見ていたムギが「あっ」と声を漏らした。


「今お前が投げ捨てたやつ、人間だったかも……?」


「えっ。人間ってヘニ様から聞いた話だと、10mはあるって話じゃなかったの? あんな星屑ゴミ以下の大きさなの?」


星屑ゴミ以下なんて、仲良くしたいと思っている人間に対して失礼だぞ。どうせ、ミル様から嘘をつくように脅迫きょうはくされたんだぜ。オーディ様は優しいので気付いてないご様子だけど、でも、あんなやつのことを真に受けるべきではないと俺は思うね」


 そう言われてみればそう、かもしれない。ミル様はいつだって無責任で残酷な奴だ。あんな奴より、もっと……それこそミル様の仲良しであるヘニ様の方が信頼のおける人物であるように思う。しかし、そうなると今さっき我々に「攻撃」してきたあの生き物が人間ということなってしまう。そうであるのなら、ミル様がよく言っていた「深い目的もなしに人間は他者と争う」という話が真実になってしまう気がする。……まぁ今はそんな目的と関係ないことは、深く考えないでおいた。


 それよりも、人間と早くコンタクトを取らなければならない。もう一度足元や倒壊した建物の中に人間がいないか探してみると、今度は建物の中に一人の人間が倒れていた。今度の人間はこちらを攻撃する意思がないらしく、しかもあの呼吸というやつを激しくしている。これは呼吸について教えてもらうことを期待できるのではないか。相方のムギに潰さないようにしてその人間を持ち上げてもらうと、さっきより呼吸の頻度ひんどが上がりはじめた。これは……人間の「緊張きんちょう」というやつであろうか。初めて出会う本物の巨人族に対して、きっと緊張しているのだろう。


 我はその人間と向かい合うと、コホンと咳をつく。


「は、はろー……じゃなかった。ここだったら、こんにちは、ですよね?」


「こ、こんにちは!? 貴方たち、ここら一帯の都市を壊滅しておいて、一体どの面で挨拶なんて」


「カイメツ……? ツラ……? よく分からないけど、ありがとうございます! それでなんですが、今されている呼吸ってどうやっているんですか?」


「な、なんで私の仲良かった同僚や職場の彼氏を殺した……一瞬で踏み潰したアンタたちなんかに、そんなことを無償むしょうでしなきゃいけないのよ!」


「ムショウ……あぁ、そうですよね。人間という生き物は同個体間どうこたいかんで知識の共有ができないので、知識を売買する場合があるんですよね。申し訳ありません。それでは、貴方は対価たいかとして何を望みますか?」


 我が精一杯笑顔を浮かべてみると、突然その人間は「ガハッ」と口から血を流して、さっきまでのようにギャンギャン叫ばなくなった。それどころか、言葉も呼吸もしなくなった。どうしたものかとムギと一緒に小首を傾げていたが、一向に反応がない。お腹を突いてみても、ぷしゅうと中にあった空気と大量の血が出てくるだけだ。これはもう、仕方ない。

 期待して送り出してくれたオーディ様には非常に申し訳ないが、今日の所は帰還きかんしよう。我々はしょんぼりとしながらその呼吸をしなくなった人間を地面に戻してあげると、「明日こそ呼吸したいな」とぼやきながら帰還することにした。

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