シュブ=ニグラスの恩寵

フランチェスカ

食い逃げ禁止!

 私の名前は山本里奈やまもとりな。しがない女探偵だ。

 今日は請け負った浮気調査を終了させたので気分がいい。

 祝い酒といきたいところなので、馴染みのバーに行くことにした。

 店は小さなもので、2階建ての家屋の1階にバーが入っているという感じだ。

 お客も少ないので隠れ家的な雰囲気で気に入っている。


 カランカラン。

 ベルの音を鳴らしながら店に入り、指定席に座る。他の客はいない。

「マスター、芋焼酎お湯割りで!」

 とカウンターの向こうのキッチンに声をかける。

「うけたまわりました」

 と、声が聞こえる。

 それはいいのだが、返事はカウンターの向こうではなく、天井から聞こえてきた。


 天井を見ると、天井に空いた穴がある。それはまあいい。

 問題は変な方に首が曲がり、どう見ても死んでいる若い女性が、見えない誰かによって穴の中に引きずり込まれていく光景である。

 私はしばし硬直していたが「逃げなければ」という思いが体を動かした。


 しかし、出口は開かなかった。

 半透明の触手のようなものが、出口のみならず窓もべったりと覆い、圧をかけているのが分かった。出られない。

 私は何とかならないかと周囲を見回すが、解決策は無いようだった。


 私は深呼吸してから、改めて周囲を見回してみる。

 するといつのまにか、私の席に酒が届いていた。

 誰が注文を聞いたのか分からないので、今は飲む気になれないが。

 仕方ないので、探偵根性を出し、家を探索してみることにした。

 無駄に終わって、飢え死にする羽目とかになりませんように!


 カウンターの中に入ると、種々様々なお酒が所狭しと置いてある。

 カクテルを作るため、シェイカーも置いてある。

 脱出の手がかりになるものは、見た限り皆無だ。


 カウンターの奥には、2階に上がる階段と、お風呂につながっている。

 念のため、と思って脱衣所を覗き込むと、全裸で倒れている人を見つけた。

 助け起こそうと思ったが、それは死体だった………。

 横顔が見える。中年女性。このバーの主人マスターだ。


 気を取り直して死体を調べてみるが、死因になるものは見つからない。

 心臓麻痺か何かだろうか。私は医者ではないので分からない。

 

 脱衣所を見渡してみると、かごの中に着替えと手帳が置いてあった。

 手帳を拝借して斜め読みすると、大した内容ではないようだ。

 だが1ヶ所だけ気になる所があった。

 

 【手帳の内容】日付は1週間前だ。

 娘がお酒の作り方を勉強しているようだ。

 もしかして手伝いのつもりかな?

 客に気付かれないように重々注意しておく。


 娘?確かに天井からした声は、幼女のものだった気がする。

 娘がモンスター?いやそもそもマスターは独身だったはず。

 混乱してきたので、手帳を元の場所に戻した。


 2階に上がると、3つ扉がある。

 穴が開いているであろう部屋を後回しにして、手前の扉を開く。

 どうやら、寝室兼ささやかな書斎であるようだ。

 何かないかと見回すと、デスクの上にアルバムがあるのに気付いた。


 アルバムをめくると、女性二人が写っている写真のコメント欄に、記載があった。

 「私達、恋人同士v」という内容だった。

 マスターがレズビアンだとは知らなかった。あれ?でも娘がいるのでは?

 とりあえず読み進めていく。以下はコメント欄の抜粋である。


 「旅行先でシャーマンに勧められて、シュブ=ニグラス様に礼拝。

  願いを叶えてもらうよ!」

 「やった、万里が妊娠した。私達の子!」

 「万里がお産で死んだ………(写真なし)」

 「生まれた子は化け物みたい。でも忘れ形見だからちゃんと育てるよ(写真なし)」


 以上が気になるコメントだった。

 普通は女同士で子供ができる訳がない。奇跡を願った結果だろうか?バカな。


 物置らしきところは無視して、穴が開いているはずの部屋に入った。

 そこには四方八方―――多分この家全体―――に触手を這わせている、スライムのような生き物がいた。中心に7つぐらいの女の子の顔があるのが不気味だ。

 化け物を見て、気が遠くなりかけたが、何とか持ち直す。


 化け物がこちらに触手を伸ばしてきたので、頑張って転がって避ける。

 何かが手に触れた。これは………スタンガンだ。強力な奴である。

 効くだろうか?意を決して触手にスタンガンを押し付ける。

 火花が散り、化け物は悲鳴を上げて、床の穴から逃げ出した。

「ごめんなさい!でも食い逃げはしないでね!」


 私は化け物の言葉を吟味する。

 そういえば手帳に、手伝いをしているという記載があったね。

 もしかしてこれは―――。


 私は1階のカウンター席に戻ってきた。

 敵意を持たれたのか触手が迫って来る。早くやらないと。


 私はぬるくなった芋焼酎のお湯割りをつかむ。

 触手が様子を見るような感じで後退した。当たりかも!

 そのままお湯割りを一気飲みし、代金をカウンターに置く。


 触手は襲ってこない。ドアや窓も解放されたようだ。

 私はやっとのことで、バーから逃げ出す事に成功したのだ。

 後ろから「ありがとうございました」という幼女の声がする。


 後日。

 喫茶店はそのままになっている。

 通報しようにも、こちらの正気が疑われそうなので、通報できないのだ。

 誰かに話しても、間違いなく信じて貰えないだろう。

 なのでバーは化け物が店長の状態だ。

 

 新たな犠牲者が出ない事を祈る―――。


 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シュブ=ニグラスの恩寵 フランチェスカ @francesca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ