第5話 走れ李沢さん

「しかしもう超ビックリだよ。入った瞬間あんなの見たら大声出ちゃうって」


「分かったから取り敢えず落ち着こうか」


「だってしょうがないじゃん、あたしの好きなラジカルメリーちゃんなんかコンプリートしちゃってるのよ。これを興奮するなって方が無理ってもんだから。あんたも好きなアニメや漫画のキャラくらいいるでしょ」


 どうやら彼女はギャルっぽい格好をしている割に少女アニメが大好きらしい。特に今出たラジカルメリーはシリーズ化されており、かれこれ十年以上続いている長寿アニメだ。


「あるにはあるけど、僕はどちらかと言えば広く浅くだから強い思い入れの作品ってあまりないんだよなあ」


 テーブルの上にはイチゴマロンパフェが二人分あり、僕の方にある容器は綺麗に無くなっている。しかし僕は全部平らげるだけのキャパは残っていなかったので、必然的に誰が食べたかなんて言うまでもない。



 ビビの面接と言うか面談はやはり僕と同じくらい時間が掛かり、その間スマホを弄って時間を潰していた。どうやらオーナーが気を利かせて彼女が終わってからパフェを出すよう店員である息子に指示していたらしく、ビビが戻って来て直ぐに二つ運ばれてきた。

 向かいに座る彼女はそれを見た瞬間アニメのように目をキラキラと輝かせ、口端から本当に涎がこぼれてきそうな勢いだった。僕はと言うと、想像以上の量に圧倒され食べる前に胃の方が萎えていた。


「なあ、食べかけで悪いけどこの残り食べれそう?」


 オーナーのせっかくのご好意を無下にする訳にはいかず、取り敢えず無心で口に運んでいたのだが、既にデットライン寸前だった。


「え、いいの?・・・・・いやいやちょっと待て。相羽君、君は食べれもしないものをタダだからって注文したのですか? それはさすがの私でもどうかと思うんですけど、いかがですかな?」


 こいつスゲーウザイな、自分のこと棚に上げて。たぶんさっき僕が注意したからその意趣返しのつもりなんだろうけど、遠慮という言葉からかけ離れたお前だけには絶対に言われたくなかった。それになんでいきなり紳士風にキャラ変わってるんだよ。


「オーナーさんからのご厚意だったから断れなかったんだよ。それにこんなに量があるとは思わなかったし。いいよ、ビビが食べたくないって言うなら頑張って残り食べるからさ」


 本当は後一口か二口も食べれば吐いてしまうかもしれない。だけど僕は確信している、目の前のデカイ女は食いつくってことを。


「そ、そう? なら頑張って食べたら」


 あれ? おかしいぞ。僕のイメージだと彼女はなんだかんだ理由付けて食べてくれると思ったんだけど、予想外したかな。やはり今日初めて会ったわけだしまだ彼女のことよく知らないんだから仕方ないか。でもこのままじゃ残すか吐くかの二択しか残らないから、ここは正攻法でいくしかないな。


「ゴメン、僕は昔からすごい少食で一度にあまり食べられない体なんだ。かと言って残すのも忍びないし、もしビビが嫌じゃないなら残りを食べてくれないか?」


 変に煽るより正直に言ってお願いする。これなら大抵の人は受け入れてくれる。


「はいはい了解でーす。私も意地悪してすいませんでした。なのでこれを貰うことで手打ちにするけど、おけまる?」


「・・・・おけまる」


「よーしそれじゃあ器ごと交換ね」


 

 という流れで現在に到るのだけど、残りの半分を食べている間も彼女の話が止まることは無かった。楽しそうに話すビビに合わせるよう途中で相槌を入れたり、時折彼女の好きそうな話題を振ったりとしているうちに気付いたら一時間以上話し込んでいた。途中サービスだと言ってオーナー自ら二人分のコーヒーを出してくれたのだが、ただただ恐縮するしかなかった。


「そろそろお店から出ないか?」


 オーナーからはゆっくりしていっても構わないと言われていたが、さすがにこれ以上居座っていたらお店に迷惑掛かると思い、キリの良いところを見計らって促した。


「あーもうこんな時間かー、なんかこのお店すごく居心地がいいから時間経つの忘れちゃうなあ。店員さんもすごい気を遣ってくれるし最高なところだよね」


「何言ってるの、今度から僕たちもその雰囲気作りしなきゃいけない立場になったってこと忘れてないよね?」


「アハーそうだった」


「まあビビならお客さんに気を遣えなくても問題ないと思うけど」


 彼女のそこ抜けた明るさがあれば多少のことは問題にならないと思うので、敢えて皮肉をたっぷり込めて言った。


「ありがとー。でも私的に相羽はちょっと心配かなーって」


 僕のどこが心配だというんだ? オーナーからは落ち着いていて礼儀正しいと褒められたし、実際働いてみないとわからないけど、店員としての最低限の要素は兼ね備えていると思うんだけどな。いや、ちょっと自己評価高過ぎるかな。ていうかこの人、皮肉に全く気付いてない?


「参考までに聞いてもいい?」


「ええとねぇ、相羽って私と話していて超詰まんなかったでしょ」


「ん、そんなことは無いと思うけど、どうしてそう思った?」


「だってずっと作り笑顔で私の話ずっと聞いてたからさ、つまらないけど気を遣ってるのかなって」


「・・・・・ビビにもそう見えたんだね」


「もしかして触れちゃいけないとこだった? だったら本当にゴメン、思ったことハッキリ言っちゃうの自分の悪いところだってわかってるんだけどアタシあまり頭良くないからさー」


 別に彼女が悪いわけじゃない。返って困らせてしまい申し訳ないと思ってるくらいだ。


「いやいいんだ、昔からちょいちょい言われてることだし。だけどつまらなくは無かったし、正直話しやすくて僕も楽しかったよ。たぶん僕とビビはウマが合うんだと思う。それにしても頑張ってたつもりだったけど、やっぱり見抜かれちゃったか」


「そりゃ気付くってば。だってあり得ないくらい不自然だったしアハハー・・・・ってまたゴメン」


 笑ったかと思えば直ぐシュンとなる。感情の起伏が激しいのはなんだか彼女らしくてしっくりくる。


「謝らなくてもいいから。今日初めてあった人に話すのは少し気が引けるけど、これから同じクラスで同じバイトのビビには少しだけ話しておくかな」


 心の準備とかそんな大それたものは必要ない。ただただ事実を話せばいいだけなのだから。

 そんな決意とは程遠いことを考えているうちにビビの顔がテーブル越しに急に近づいてきて、少し周りを気にしながら控えめな声で言う。


「とりあえずここ出た方が良いよね。相羽が先に言ったんだし、話そうとしていること誰にも聞かれない方が良いんでしょ?」


 まさかビビがそんな気遣いが出来るとは失礼ながら思っていなかったけど、彼女の提案に乗ることにし、店を出る前にオーナーとその息子に挨拶をしてから一緒に店を出た。


 思ったより時間が掛かったとはいえまだ日はそれなりに高い。ビビにどれくらい時間の余裕があるか確認してから場所を決めようと思っていたのだが、そこで思いがけない人物と遭遇する。


「ねえ、あの子ってうちのクラスの李沢さんだよね?」


 その名前を聞いて一瞬ドキッとしてしまったがすぐ冷静になりビビが指さした方を見る。すると彼女の言う通りそこにはビビとは対照的な身長の持ち主である李沢さんが、自販機に身を半分隠した状態でこちらを見ていた。隠れたいのかそれとも出ていきたいのかハッキリしない、そんな感じがやはり小動物ぽく可愛らしく見えた。

 

「間違いないね、可愛そうだけど今日一番目立ってたし、あのサイズは間違えようが無いかも」


「相羽さー、それ絶対あの子に言ったらダメだよー。あたしも身長デカイの結構気にしてる方だから」


「もしも今日僕が身長のこと弄ってたらどうなってたの?」


「どうもしないよー、そこら中に散っている桜の花びらみたいに相羽の体から同系統の色した何かが飛び散るだけだからー、平気平気」


 うん、何が全然平気なのかは全くもってわからないけど、取り合えず間違って触れなくてよかった。


「あ!その笑顔、さっきの変な作り笑いよりちょっとマシかも。やればできんじゃね?」


「えーと、僕笑ってるつもりは全くないんだけど・・・」


 どちらかと言えば君に対して引いてたわけだし、たぶんそれは笑顔じゃなくてただ単に顔を引きつらせていただけだと思います。


「それにしても彼女どうしたんだろ? どう考えてもあたしたちが見てるの気付いてるはずだし、もしかして何か用があるんかなあ?」


 李沢さんとの距離は三十メートルくらいと言ったところだろうか。お互い気付いているのにどちらもそこから動こうとしない、ある種緊張感ある場面と言えるかもしれない。


「それにやっぱりあたしの勘違いじゃ無かったってことかも」


「どういうこと?」


「実話さアタシたちがお店に居る間ちょいちょい通り過ぎてったんだよね。でもスゲー早さで走り去っていくからあの子かどうか自信なくて相羽には喋んなかったんだよね。そい言えばたまたまかもしんないけど相羽と一緒に居た時は一回くらいしか通らなかったかも」


「でも実際彼女があそこに居るから勘違いじゃなかったと?」


「そうそう、うちの制服着てたのだけは分かったからたぶん間違いないはず」


 確かに自販機から見える李沢さんは制服を着ているな。しかし学校が終わってから既に二時間以上は過ぎている。その間彼女はずっと店の前をウロウロしてたのだろうか?


「ところで僕たちはいつまでこうしているんだろうね? 取り敢えず近づいて話し掛けてみる?」


「あーあたしはパス。ちょっと彼女は苦手かも」


「へえ、ビビにも苦手なものがあるんだね、驚きだなあ」


「なんていうか苦手なんだよねー、小さいのに大きな声出す動物って。ほらチワワとかミニチュアとかあんな小さいのにいきなり吠えられると驚くじゃん、まあそんな感じ」


「たぶんそれってビビの迫力に圧倒されて威嚇してるだけなんじゃ・・・」


「あんま茶化すと散らせちゃうけど、良きかな?」


「・・・・遠慮しとくよ。でもどうする? ここまで来て声掛けないのも変だし」


「ならさっきの話はまた今度聞くってことで今日は解散しよっか」


「別にいいけどどのみちあそこを通らないと駅までかなり遠回りじゃないかな?」


 お店で話して分かったことだが、ビビはここから駅で二つ離れたところから通っているらしい。自己紹介の時も言ってたらしいが、僕は全く覚えていなかった。


「どうせ今行っても電車待つだけだし、遠回りしたって結局は同じだしこっち側から行くわー」


 李沢さんがいない方を指さしながら言った。よく見るとキレイな爪をしているけどマニュキアを塗ったりデコレーションなんかをやっているようには見えなかった。さらに言えば必要以上に伸ばしてもいない。

 

 ギャップを感じたからだろうか、今日初めて会ったビビのことで一番気になったのが、その綺麗な爪だったのはどうしてだろう?


「それじゃあアタシ行くから、学校もバイトもこれからヨロシク! バイバーイ」


「バイ・・・さようなら」


 危ない、考えことをしてたらつい乗せられてアホみたいなテンションで返してしまうところだった。


 ゆっくり行くわー、とか言ってたくせに結構早いスピードで歩いてったな。そんなにも李沢さんが苦手なのかな?・・・・・・ん? これって結局僕一人に彼女を押し付けられたってことになるよな。なんか上手いこと使われている気もしないでもないけど、ここまで来たらどうしようもないな。それにもしかしたら李沢さんはビビに用があったのかもしれないし・・・・・。


 しばらくそこに留まって様子を伺っていたが、依然として彼女は動く気配が無かった。しかも僕も彼女もお互い距離を保ったまま見つめ合うという奇妙な光景を継続させたままだ。

 心の中では向うが早く何処かへ行くか、最悪彼女の方から声を掛けてくれた方が幾分気が楽だと思ってた。朝の一件があったおかげでこちらから声を掛けるのはどうしても躊躇われてしまう。


 しかし動きもへったくれもなく、ただただ無駄な時間だけが過ぎていく。こうなってくると僕に用があるか、もしくはどうしてもこの店に入りけど僕がここに居るから入れないのどちらかしか考えらないな。


 先に痺れを切らしたのは僕だった。


 どうにでもなれ、という気構えで足を踏み出し、自然体を意識しながら歩いて行く。すると僕が近づいていくと彼女はなぜか自販機の陰に完全に隠れてしまう。それならそれで構わないのでなるべく視線を合わせないよう、そして通り過ぎるときは適当に挨拶してやり過ごそうと思いながら突き進んでいく。


「ソウバ君!」


 声を掛けられた。しかも間違った名前をかなり大きい声で。

 それもそのはず、結局自販機を通り過ぎた時李沢さんは俯いてこちらを見ないようにしていたので、それを視界の端に捉えていた僕はそのまま通り過ぎ、ホットしたのも束の間、また三十メートルくらい離れたところで呼んだんだから、そりゃ聞こえるようにするには大声で叫ぶしかない。しかも律儀というか、今度は自販機の反対側に身を半分隠していた。


 ハァと溜息をついた僕は踵を返して来た道を戻っていく。そして今度は彼女の前で足を止めると、なぜか李沢さんは泣いていた。




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放課後湖水タイム @pigmate

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