第4話 バイトと秘密の部屋

 入学初日の放課後、時刻は丁度十二時を回ったところだ。

 

 僕は今、今日初めて会ったデカイギャルこと茜崎美弥と一緒にとある喫茶店で昼食を食べていた。

 どうしてこんなことになったかと言うと、HRが終わった後彼女に誘われたからだ。傍から見れば早速モテ期が到来したのか? と思われるかもしれないけど実際はそうではなく、そもそも知らない相手にいきなり誘われて一緒にお店でランチをするほど僕は軽い男ではない。

 ではなぜ今こうしているのかと言うと、この後この店のバイトの面接が控えているからであり、そして彼女も同じ理由でここに来ていた。


「なんかウケるよねー、まさか同じクラスの奴がここのバイト応募しているなんて超偶然じゃん」


 慣れた手つきでナポリタンを器用にクルクル巻いて口に運び、飲み込んだと同時に茜崎さんは言った。お店はまだ混んではいないが、僕たちは二人掛けのテーブルで向き合って食事をしている。


「僕もまさか一昨日茜崎さんに見られてたなんて全然気づかなかったよ。ひょっとして僕の後に面接する予定だったってこと?」


「あたしは三時だったけど相羽は?」


「僕は二時半だから、一応被らないようオーナーさんも時間は調整してたってことだよね」


「うん、でも結局忘れていたみたいで二人とも無駄足だったけど」


 まあそんなこともあるよねー、くらいのノリで話す彼女はそのことに関してあまり意に介していないらしい。デカイ体だけあって食べるスピードも僕の倍は早く、とにかく美味しそうに食べている。

 実はまだオーナーにはまだ一度も会えていない。今日も学校が終わったら来てくれとしか聞いておらず、


「でもまあそのおかげで今こうしてタダ飯食えてるわけだし、結果オーライってことでいいんじゃね?」


 彼女の言う通り確かにタダ飯ほど美味いものは無い。だがタダより怖いものが無いこともまた一つの事実だが、彼女には縁が遠そうにみえる。


「まさかオーナーさんが忘れてるなんて正直戸惑ったけど、あの後直ぐ連絡してくれたし、この後面接してくれるって言うから安心したよ」


「そんなに? あたしは別に結果が良ければ途中は割とどうでもいい方だからあまり気にしてないけど。でも一昨日この店から出てきた時の相羽の表情、すごい落ち込んでいて超ウケた、アハハー」


「そんなに落ち込んでたかな僕は。確かに無駄足だったせいで少しテンションは下がってたけど、落ち込んでいたとかそんなんじゃなかったんだけだなあ」


「えーそう? どっちでもいいけど、ていうか今もなんかそんな感じするし、もしかして普段からそんなんなの?」


「茜崎さんってほぼ初対面の人に対しても割とズケズケトと言ってくるんだね。でもまあ僕はいつもこんな感じだし、昔からよく言われ馴れているから気にしないけど」


「あーゴメン、あたしもグイグイ攻め過ぎだっていっつも言われるわー、今後は気をつけまーす」


 これは絶対口だけのやつだな。高確率で次も同じことをしてくるのは間違いない。


「しかしよく僕のこと覚えてたよね。たぶんここで一瞬すれ違ったかどうかのレベルだと思うんだけど、逆に僕は茜崎さんのこと全く記憶になかったし」


「茜崎は呼び辛いから美弥でいいよ。それか中学の時のあだ名のビビでもいいし」


「ビビ?」


「美しいに弥生の弥でミヤなんだけど、中学の時さ、弥は他にも色々な読み方があるって頭の良い奴が言い出して、よく分からないうちに誰かがその中のビを選んでさ、それで美と組み合わせてビビになったってわけよ。語呂が良いから悪くないなあって思っているうちに定着したって感じかなあ」


「なるほどね、何となくだけど君にピッタリな名前だと思う。いっそそっちに改名しちゃったら?」


「ハハー面白いこと言うよね相羽は。でも名前なんてそう簡単に変えられないでしょ」


「そうでもないよ。だって現に僕はこの学校で改名したというかさせられたわけだし」


「そうだった! あれはマジあり得ないし、書類とかちゃんと見てなかったのかよって話じゃん」


「でも過ぎたことだし、実質的な被害は朝の張り出しの時だけだったし。それ以外は取るに足らない程度だから」


「張り出し? ああクラス分けのやつね。もしかして自分の名前が見つからなくて焦ったとかそんなの?」


「まさしくそれだよ。もしかしたら受かったのは夢か何かだったのかなって本気で考えたし」


「アハハハハー、やべーそれも超ウケるし。どんだけ相羽面白い奴なんだよ」


 ここまで豪快に笑われると返って腹も立たないものなんだな。彼女のお皿はとっくに料理が無くなっており、後は僕が食すのみだった。

 そこに初老と言うにはまだ少し早そうな男がテーブルにやって来て、僕たちに声を掛けてくる。


「食べてるところ申し訳ないけど、君たちが面接に来た高校生かな?」


「あ、はい」


 慌てて席から立とうとしたら男は、いいからいいから、とそれを制した。


「オーナーさんですか? ナポリタンとっても美味しかったです。なんかタダで食べさせてもらってちょっと申し訳ないなーって」


 こいつ絶対そんなこと思ってないだろと心の中で毒づいている間に話が進んでいく。


「こちらこそ申し訳なかった。二人に来てもらったのに私が忘れていたせいで無駄足を踏ませてしまって。今日のはそのお詫びってことで遠慮なく食べってって下さい。お嬢さんの方はえーと・・・」


「茜崎美弥です」


「そうそう茜崎さんだったね。足りないようなら遠慮なく追加して構わないから」


「えーいいんですか? どうしよっかなー」


 どうしよっかなー、とか言いつつも視線は既にメニューをロックオンしていた。


「君も遠慮しなくてもいいんだよ」


「僕はこのカルボナーラだけで十分です。それから本当に美味しかったです」


「そうかい、うち家内は料理が得意でね、それもあってこの店を始めたんだがそれが、ありがたいことにお客さんもにも好評でこれでも結構繁盛してるんだよ」


 へえ、その割にはそこまで人が居るようには見えないけどな。


「追加しないなら君から面接しようか。もちろん食べ終わってからでいいし、私はあのドアの向こうに居るから勝手に入ってきて構わんよ」


 レジの奥にある扉を指さすと「ゆっくりでいいからね」と言ってその扉の向こうに消えていった。


 お店を見渡すとお客さんは設置された席の半分以下しか埋まっていない。時間的にはランチタイムなのだが、オーナーが言うほど儲かっているようには見えなかった。フロアーにいた唯一の店員はカウンターやテーブルそしてレジなど忙しなく動いていたので仕事量はそれなりにありそうだった。それに今いる店員は大学生くらいの男性で、一昨日来た時とはまた別な人の様だ。そう考えると従業員は少なくともオーナーとシェフの奥さん、そしてフロアの二人を会わせて四人はいることになる。


「ねえねえどう思う?」


 店全体を眺めていると茜崎さんが話し掛けてきた。僕はそっちの方を見ないで問いに答える。


「どう思うって、今の話だとそれなりに忙しんじゃないかな。今いる店員さん以外にもまだいるみたいだし」


「いやーそうじゃなくてさ、追加でこのシェフのお薦めランチどうかなって?」


「・・・・・僕なら今の君にはお薦めしないけど、好きにしたらいいんじゃない?」


 雰囲気からしてオーナーは社交辞令で言った訳じゃなさそうだから問題ないと思うけど、そもそもそんなに食べられるかが疑問だな。


「だよねー、これ絶対美味しそうだし何で最初っからこれ頼まなかったのかって話なんだよなあ」


「あのー僕に聞いた意味ってあるのかな?」


「えへ、無いかも」


 無邪気に答える彼女の顔に悪気と言う文字は書いてなさそうだ。


 それでも注文をしようとしない彼女を尻目に食べるペースを少しだけ上げ、カルボナーラを完食させた。昔から少食でラーメンとかでも一杯食べるのが精いっぱいの自分にとっては丁度良いくらいの量だった。


「それじゃあ先に行くから」


「うーん、どうしよっかなー」


「まだ悩んでるの? さっさと頼んで食べないと向うを待たせることになっちゃうよ。それにお薦め食べるんじゃなかったの?」


 椅子から立ち上がったまま茜崎さんを見下ろしながら言うと、想像以上の答えが返ってくる。


「それは確定なんだけど、デザートはどうしようかなって」


「おい」


 さすがに突っ込まずにはいられなかった。


 「いくら何でもそれは無遠慮ってもんだし、自重した方が良いと思うよ」と続けると。


「えーだって美味しそうだし、食後って言ったらデザートでしょ」


 なぜか彼女が言うと「仕事の後の一杯は最高でしょ」みたいに聞こえ、おっさんかよと更にツッコミたくなったが、これから大事な面接なのでそのままスルーしてその場を去った。


 彼女が何を頼んだのかはどうせ後でわかることだし、まずは目の前のことに集中しよう。


 常識として一応ドアをノックすると中から「入って来てー」とオーナーの声が聞こえてきた。ドアを開けると狭いながらも整理整頓された清白な空間がそこにはあった。


「そこの椅子に座ってね。あ、緊張しなくてもいいよ、ただちょっとお話する程度ですぐ終わるから」


「はぁ、失礼します」


 あまりにも緊張感が無く、無意識に強張っていた全身から一気に力が抜けたのがわかった。バイトの面接は初めてで正直結構緊張していた。だがそれもある意味特殊とも言えるこの部屋のお陰で吹き飛んだ。


「ああこれね。ここにあるのは私の趣味でね、家に置ききれない分をここに飾っているんだよ」


 室内の景観に圧倒されていた僕に対し、ハニカミながらただ事実を説明していくオーナー。

 そこにあったのはフィギアの数々。誰もが知っているキャラクターからおそらくマニアックであろうものまで多岐に渡ったものがそこにはあった。しかも雑然と置かれているのではなく、大半がガラス張りのショーケースに収められており、この部屋自体がある種フィギアの博物館みたいになっていた。


「すごい数ですね。これ全部集めたんですか?」


「そうかい? ここにあるのはほんの一部だし、家にはこの十倍以上はあるかな。まあ家内が理解ある人だから私も気兼ねなく収集出来たってのもあるけどね。それよりまず仕事の話しようか」


「は、はい」


 オーナーって割とダンディな人だからなんかすごいギャップを感じてしまうな、などと思いながら指示されたこれまたお洒落な椅子に座る。


「それじゃあいつからどの程度シフトに入れるのかな?」


「え?」


「ああゴメン、自己紹介がまだだったね。私はここの店のオーナーの町屋です。他の従業員は後で紹介するとして・・・」


「ちょ、ちょっと待ってください。これって面接なんですよね? なんか決まった前提で話しているみたいに聞こえてるんですけど」


「ああそうだったねぇ・・・・・うん、君ともう一人の女の子はもう合格だから」


 どうやらこの人は面接をしているという自覚は無かったようだ。というより割と適当くさいし大丈夫だろうか?


「そうなんですか? まだ全然何も聞かれてないしこんなんで合格って・・・・嬉しいんですけどなんかちょっと拍子抜けしたと言いますか・・・・」


「もちろん君たちの人となりは見たつもりだよ。さっきテーブルに行って話しただろ、あの時既に大丈夫だなって思ったから合格なんだよ。もちろん君たちにも断る権利はあるし、勤務形態が会わないってこともあり得るからね」


「・・・・・・聞いてもよろしいですか?」


「いいですよ、なんでも聞いてください」


「彼女は別として、僕のどこを見て合格にしたんですか?」


「君の場合まず落ち着いていて礼儀正しかったこと。私が来た時席を立とうとしてたこともそうかな」


「それだけですか?」


「それだけあれば充分だよ。少なくても最低限の常識を持ち合わせていることはわかったからね。それにいくら形式ばった面接をして上っ面の良い話を聞いても、その人の本質は返って見えづらくなってしまうもんだと私は思ってるんだよ。人って割とちょっとした瞬間に人間性が出るものだから、今回それがハッキリと見えたので二人とも合格にしたんだ」


 そんあものなのかなあ? ちゃんとした仕事をしたことが無いからよく分からないけど、雇用主がそれで納得できているならそれで良いのかな。しかしその場合茜崎さんが合格した理由は僕とは違う理由なんだろうな、きっと。


 それからしばらく雑談を交えながら今後について話をした。一応部活の件も伝えた上で可能な限りシフトに入りたいことをオーナーにお願いした。

 この時聞いて分かったのだが、今フロアーに居る店員さんはオーナーの息子らしく、人手が足りない時だけ手伝っているようだ。一昨日居た別の女性店員は本当は三月いっぱいで辞めることになっていたのだが、オーナーが次が決まるまでの少しの間残ってもらうよう頼み込んだらしい。なので今日の結果次第でその人は正式に辞めることになるそうだ。


「君の要望は大体わかったけど、住んでいるのはこっちに書いてある住所でいいんだよね? もう一つは祖父母さんか何かの住所かな」


 予想はしていたけどいざ聞かれると少し答えにくいな。

 実は提出していた履歴書に二つの住所を書いていた。まずは正式な欄に今住んでいる住所を書き記し、その下の空白にもう一つの住所を書いていた。


「実は空白の方に書いてある住所は実家なんです。上のは今住んでいる家ので、一応何かあった時のために二つ書いておいたんです。連絡先も090で始まる方が僕ので、080の方が母の携帯です」


「つまり君は実家から離れて一人暮らしを・・・・・でもこの実家の住所ってここと同じ町だし、ああでも合併前は別なのか。とは言え君の学校なら普通に自宅から通えるんじゃないのかな?」


「実は色々とありまして・・・・・」


 正直に話そうかどうか迷っている。このオーナーさんには本当のことを言っても良いかなって心の天秤は傾きかけていたが、すごい個人的なことだし変な心配もかけたくないという気持ちも残っていた。


「いやいいんだ、すまない。人それぞれ事情ってものがあるだろうし、こっちはちゃんと働いてくれれば問題ないから」


「すいません、でもバイトすることはちゃんと親には伝えてありますから、その辺は安心してください」


「了解、その辺は君・・・じゃなかった相羽君のこと信じるから。それじゃ話は大体これくらいにして、良かったらデザートでも食べていかないか? 息子に言えば直ぐ作ってくれるだろうし、あのお嬢ちゃんを待っている間に食べればいい」


 別に彼女を待っている理由はあまりないんだが、ここまで来て先に帰るのもなんだしな。


「ありがとうございます。せっかくなのでご馳走になろうと思います」


「そうかそうか、じゃあお嬢ちゃんを呼んできてくれないか。その間に息子には言っておくから」


 二人とも席を立ちフロアーへ出ていく。僕はそのまま茜崎さんがいるテーブルへと戻ると、さっきまでは無かったプレートがそこにはあった。しかし料理は既に彼女の胃袋に収められたみたいで、残っているのはソースとかだけだった。


「本当に全部食べたんだね。ビビのその食いっぷりにビビるよ」


「あービビって言ったー。相羽が言うとなんか新鮮だねー。あとダジャレとかオッサンくさいしウケるわ」


「初めて言ったんだから鮮度がいいのは当たりだね。それに君がそう呼べって言うから従ったまでだし、それからオッサンくさいはビビにとってブーメランだと思うんだけど」


「えーそう? 良く分かんないからいいや。それよりイチゴマロンパフェ早く来ないかなあ」


 本当に頼んだのかよ。この人の胃袋の大きさと遠慮の無さは完全に比例してるな。


「それより次ビビの番だから早く行ってきなよ」


「でももう頼んじゃったし直ぐ来ちゃうじゃん。あ、速攻で片づければいいのかイテテテテ・・」


 馬鹿なことを言う彼女の首根っこを掴み立ち上がらせる。


「イテテテじゃなくて、早く行った方がいいって僕は言ってるんだけど。そもそもここに何しに来たの? って話だし」


「うわー大人しそうな顔して意外とやることえげつないなあ、アハハウケる」


「そんなところまでウケなくていいから」


「わかりましたよもー、パフェ来たら絶対食べないでね」


 「わかったわかった」と適当にあしらうとようやくレジの方へと歩き出した。既にオーナーはあの扉の向こうに戻ったのは確認しているのでもう大丈夫だろう。


「あーそれからそのドア開けても驚かないように」


「ん、どういう意味? お化けでも居るの」


「行けばわかるから、頑張ってね」


 まあ合格は決まってるから頑張る必要もないんだけどね。


 やれやれと思いながら椅子に腰を落とすとレジの方から「ワオゥ!」と獣の雄たけびみたいな大きな声が聞こえてきた。


 だから驚くなって忠告したのに、やはり彼女には無意味だったみたいだ。


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