第3話 胸騒ぎの行方

 可も不可もなく入学式は終わり体育館から教室へ移動している途中で後ろから声を掛けられた。体育館を出た時は大勢の生徒が列をなして廊下を歩いていたが、途中トイレに寄って戻った頃にはだいぶ閑散とした状態になっていて、声を掛けやすかったというのもあったのかもしれない。


 この学校は地元と言うこともあり顔見知りはそれなりに多かった。しかし多いというだけで、全てが知り合いというわけではない。顔見知りと知り合いの定義は知らないけど、僕の中では知り合いより少し下が顔見知りだと勝手に思っている。

 今回声を掛けてきた人物は知り合いの方で、一応フルネームで名前を憶えている人だ。


「おーい奏君、学校生活はどうだい?」


「まだ二時間くらいですけどボチボチですかね。それより本当にこの学校に居たんですね、早坂先輩」


「アハッ、先輩だなんて、なんか奏君に言われるとなんかおっかしぃ。ていうか居たんですねってどういうことよー?」


 この愛嬌が良くやたらとフレンドリーに接してくる早坂千和ちよりは、同じ中学出身の僕の一つ上の先輩で、昔から何かと絡んでくる人だ。


「そのままの意味なんですけど。僕は受験に失敗して私立に行ったって聞いてましたから」


「はいウソー。あたしと奏君はこの学校で一度会ってます。さて、いつでしょう?」


 うわー、相変わらずウザ絡みしてくる人だなぁ。それに失敗したと聞いたのはほんとうなんだけどなあ。


「僕がこの学校に来たのは今日を除けばここを見学した時と受験の時の二日だけだから、そのどちらかだと思いますが、両方とも先輩にお会いした記憶はありませけど」


「ホントにそれだけしか来てない? どっちも違うんだけどなー。まあいいや、それよりそのデマ流した奴教えろ! ブッとばーすから」


 握りこぶしを胸のあたりまで突き上げ物騒なことを言っているが、自然に笑みがこぼれており、傍目から見ればノリでやっている様にしか見えない。が、この人はやると言ったらやる人だ。


「ソースは秘密です。それより先輩、用が無いならもういいですか? 早く教室戻らないと間に合わないですし、初日から悪目立ちはしたくないですからね」


 本当はもう既に目立ってしまっているのだけれども、しかも明らかに巻き込まれた形で。


「そうそう聞いたよ、なんか式の前から奏君がやらかしたとかなんとかで、随分教室で注目されたとか」


 いやはやお耳のお早いことで。しかももう既に話がねじ曲がっているし。


「僕は何もしてません。巻き込まれただけですので。因みに誰から聞いたんですか?」


「アハッ、ソースは秘密です」


 自分でもやっといてなんだけど、これすごいイラつくな。今度から気をつけよ。


「別にいいですよ、さして興味あったわけじゃないですから」


 続けて「それじゃあ失礼します」と言いながら軽く頭を下げ、そのまま先輩に背を向け歩き始めると、思わず足を止めてしまう名前が先輩の口から出てきた。


「すももちゃんから聞いたんだよ」


 すももちゃん。


 おそらくというか十中八九、李沢さんのことだろう。同じ中学出身者を除けば唯一名前と顔が一致する同級生。


「それは僕と同じクラスの・・・・」


 足を止めただけでなく、その場で振り返りながら聞き返す。


「そだよ、奏君と同じクラスのすももちゃん、李沢ちゃんだよ」


 何か不思議なことでもあった? と言わんばかりの笑顔をここぞとばかりに見せつけてくる。


「先輩、彼女と知り合いだったんですね」


「おかしいかなあ? 君なら何となく想像出来ると思ったんだけどねぇ」


「・・・・・・分かる訳ないじゃないですかそんなの。僕は先輩の友達でもなんでもないんですから」


「うわー、あたしの心を平気でエグッて来る怖い後輩君だなー君は。こっちは友達だと思ってたんだけど、もしかしてベタに恋人とかって言っちゃう流れ? キャー!そうなのー?」


 何ひとりでこの人は騒いでいるんだか・・・・・。


「本当に時間ヤバイんで行きますから。それとソースはちゃんと蓋して冷蔵庫に入れて置くことお薦めしますよ。じゃないと使いたいときに見つからないという怪奇現象が起きる確率が跳ね上がりますから」


 我ながら中身のないアホなこと言ってるなと心の中で自虐していたが、


「知らないの? あれは常温で保存しておくと熟成して美味しくなるんだから」


 などと、どうでも良い真偽不明のうんちくで返された。


 まともに受け答えする気にもなれずそのまま踵を返すし歩き始める。


「奏君」


 先輩とのじゃれ合いはここまでにしなければキリがない。今度は止まりも振り返りもしなかったが、耳だけは先輩に傾けた。


「君もうちの部活に来たら?」


「入りませんよ。それに先輩が何やってるか知りませんし」


 前を向いたまま即答した。これが声を掛けた本当の理由だと何となく最初からわかっていたし、僕はとぼける気満々で構えていたからだ。


「もう可愛くないなー。でも気が向いたらいつでもおいでー、歓迎するからさ」


 はいはいと言わんばかりに手を上にヒラヒラさせ適当に流した。


 それ以上は声を掛けてくることはなく、断った手前僅かな罪悪感が生じたせいか、気になってチラリと後ろを見ると、既に背中を向け反対側に歩いて行く早坂先輩の姿が見えた。断られることは想定内だったのか、まるでスキップでもしそうなくらい軽い足取りに見えたのが無性に腹立たしく思えた。

 そして何よりこの先輩の言動に妙な胸騒ぎを感じたのは、あながち間違いじゃなかったと確信するまでそう時間は掛からなかった。




 その後教室に戻るとほとんどの生徒が席に着いていて、どうやら僕が最後だったらしい。その後すぐにチャイムが鳴るとHRが始まった。


 教壇から覇気がありよく通る声が聞こえてくる。声の持ち主は今年度他校から転任してきたばかりの女性教師だ。年齢は一番前に居た女生徒が興味津々という感じで質問していたが、先生は上手く話を逸らし誤魔化していたので詳しくはわからない。


 まあ公立の十年ルールを考えれば大体の予想は出来るけど、正直興味はない。強いて言うなら僕らの親世代より完全に若いことは間違いないだろう。


 先生は天海美稀っていて、声を掛けやすかったというのもあったのかもしれない。


 この学校は地元と言うこともあり顔見知りはそれなりに多かった。しかし多いというだけで、全てが知り合いというわけではない。顔見知りと知り合いの定義は知らないけど、僕の中では知り合いより少し下が顔見知りだと勝手に思っている。

 今回声を掛けてきた人物は知り合いの方で、一応フルネームで名前を憶えている人だ。


「おーい奏君、学校生活はどうだい?」


「まだ二時間くらいですけどボチボチですかね。それより本当にこの学校に居たんですね、早坂先輩」


「アハッ、先輩だなんて、なんか奏君に言われるとなんかおっかしぃ。ていうか居たんですねってどういうことよー?」


 この愛嬌が良くやたらとフレンドリーに接してくる早坂千和ちよりは、同じ中学出身の僕の一つ上の先輩で、昔から何かと絡んでくる人だ。


「そのままの意味なんですけど。僕は受験に失敗して私立に行ったって聞いてましたから」


「はいウソー。あたしと奏君はこの学校で一度会ってます。さて、いつでしょう?」


 うわー、相変わらずウザ絡みしてくる人だなぁ。それに失敗したと聞いたのはほんとうなんだけどなあ。


「僕がこの学校に来たのは今日を除けばここを見学した時と受験の時の二日だけだから、そのどちらかだと思いますが、両方とも先輩にお会いした記憶はありませけど」


「ホントにそれだけしか来てない? どっちも違うんだけどなー。まあいいや、それよりそのデマ流した奴教えろ! ブッとばーすから」


 握りこぶしを胸のあたりまで突き上げ物騒なことを言っているが、自然に笑みがこぼれており、傍目から見ればノリでやっている様にしか見えない。が、この人はやると言ったらやる人だ。


「ソースは秘密です。それより先輩、用が無いならもういいですか? 早く教室戻らないと間に合わないですし、初日から悪目立ちはしたくないですからね」


 本当はもう既に目立ってしまっているのだけれども、しかも明らかに巻き込まれた形で。


「そうそう聞いたよ、なんか式の前から奏君がやらかしたとかなんとかで、随分教室で注目されたとか」


 いやはやお耳のお早いことで。しかももう既に話がねじ曲がっているし。


「僕は何もしてません。巻き込まれただけですので。因みに誰から聞いたんですか?」


「アハッ、ソースは秘密です」


 自分でもやっといてなんだけど、これすごいイラつくな。今度から気をつけよ。


「別にいいですよ、さして興味あったわけじゃないですから」


 続けて「それじゃあ失礼します」と言いながら軽く頭を下げ、そのまま先輩に背を向け歩き始めると、思わず足を止めてしまう名前が先輩の口から出てきた。


「すももちゃんから聞いたんだよ」


 すももちゃん。


 おそらくというか十中八九、李沢さんのことだろう。同じ中学出身者を除けば唯一名前と顔が一致する同級生。


「それは僕と同じクラスの・・・・」


 足を止めただけでなく、その場で振り返りながら聞き返す。


「そだよ、奏君と同じクラスのすももちゃん、李沢ちゃんだよ」


 何か不思議なことでもあった? と言わんばかりの笑顔をここぞとばかりに見せつけてくる。


「先輩、彼女と知り合いだったんですね」


「おかしいかなあ? 君なら何となく想像出来ると思ったんだけどねぇ」


「・・・・・・分かる訳ないじゃないですかそんなの。僕は先輩の友達でもなんでもないんですから」


「うわー、あたしの心を平気でエグッて来る怖い後輩君だなー君は。こっちは友達だと思ってたんだけど、もしかしてベタに恋人とかって言っちゃう流れ? キャー!そうなのー?」


 何ひとりでこの人は騒いでいるんだか・・・・・。


「本当に時間ヤバイんで行きますから。それとソースはちゃんと蓋して冷蔵庫に入れて置くことお薦めしますよ。じゃないと使いたいときに見つからないという怪奇現象が起きる確率が跳ね上がりますから」


 我ながら中身のないアホなこと言ってるなと心の中で自虐していたが、


「知らないの? あれは常温で保存しておくと熟成して美味しくなるんだから」


 などと、どうでも良い真偽不明のうんちくで返された。


 まともに受け答えする気にもなれずそのまま踵を返すし歩き始める。


「奏君」


 先輩とのじゃれ合いはここまでにしなければキリがない。今度は止まりも振り返りもしなかったが、耳だけは先輩に傾けた。


「君もうちの部活に来たら?」


「入りませんよ。それに先輩が何やってるか知りませんし」


 前を向いたまま即答した。これが声を掛けた本当の理由だと何となく最初からわかっていたし、僕はとぼける気満々で構えていたからだ。


「もう可愛くないなー。でも気が向いたらいつでもおいでー、歓迎するからさ」


 はいはいと言わんばかりに手を上にヒラヒラさせ適当に流した。


 それ以上は声を掛けてくることはなく、断った手前僅かな罪悪感が生じたせいか、気になってチラリと後ろを見ると、既に背中を向け反対側に歩いて行く早坂先輩の姿が見えた。断られることは想定内だったのか、まるでスキップでもしそうなくらい軽い足取りに見えたのが無性に腹立たしく思えた。

 そして何よりこの先輩の言動に妙な胸騒ぎを感じたのは、あながち間違いじゃなかったと確信するまでそう時間は掛からなかった。




 その後教室に戻るとほとんどの生徒が席に着いていて、どうやら僕が最後だったらしい。その後すぐにチャイムが鳴るとHRが始まった。


 教壇から覇気がありよく通る声が聞こえてくる。声の持ち主は今年度他校から転任してきたばかりの女性教師だ。年齢は一番前に居た女生徒が興味津々という感じで質問していたが、先生は上手く話を逸らし誤魔化していたので詳しくはわからない。


 まあ公立の十年ルールを考えれば大体の予想は出来るけど、正直興味はない。強いて言うなら僕らの親世代より完全に若いことは間違いないだろう。


 黒板に丁寧な字で書かれた天海美稀という四文字、それが先生の名前だった。なんか古いドラマで女王とか呼ばれていた名前みたいな気もするが、パッと見はそう言われてもおかしくはない雰囲気はあった。凛然とした立ち姿で隙の無いオーラを身にまとっているそれは女王もしくはそれと同系統の人種と言えるだろう。それだけ目立つ容姿をしているということだ。


 先生はプリントを使いながら今後のスケジュールや学校生活における注意点などの説明を事務的に進めていく。そしてそれらもあらかた終わり、欠席でもしない限り避けることの出来ない通過儀礼がついに始まった。そして何より確実に僕が変な目立ち方をしてしまうことを思えばちょっとだけ気が重い。


「じゃあ今から皆に自己紹介してもらおうと思うけど、順番どうしようか? ベタだけど出席番号一番の石田君と最後の蓮寺さんでジャンケンして勝った方が選ぶってことでいいかな?」


「いいと思いまーす」


 さっき先生の年齢を聞こうとした女子が間延びした調子で答えると、周りからも同意の声が聞こえてくる。そして先生の物腰は見た目よりかは柔らかく、近づき難い感じではなかったせいか、生徒の口調も緩くなっていた。


「決まりね、それじゃあ悪いけどみんなによく見えるように立ってジャンケンしようか」


 結果石田君が勝ち選択権を得たが、彼は男気を見せトップバッターを志願した。現在『そうば』である僕にとってどちらから始めようが大した差はない。問題なのは自分の順番が回ってきた時だけだ。

 だがその前に李沢さんの自己紹介が先にある。既にこのクラスの多くの生徒が彼女に『キレる女』というレッテルを貼っていることは間違いない。とは言ってもまだ初日だし、貼り付けた粘着剤もまだポストイット並みの粘着力なら充分剥がせるはずだ。


 頑張れ李沢さん。僕は君の味方ではないけど、君のせいで僕はクラスから最低な奴だと思われかけているけど、まだ睨まれた時の後遺症が残っているけど、カテゴリーではある意味僕と同じ被害者なのだから僕は君を応援するよ。


 そして李沢さんの番がとうとうやってきた。前の人が自己紹介を終え席に座ると緊張しているのか、ガタッ!と椅子を鳴らし勢いよく立ち上がると、そこまで終始和やかだった空気が一気に張りつめ、あちらこちらから聞こえていた小さな雑談がピタリと止まった。


「す、李沢響里です。え、えーと中学の時は美術部で油絵とか描いてました・・・・・・」


 へえ、李沢さん絵も描くんだな。そう感心していると彼女は続ける。


「趣味は読書で、特技は・・・えっと特にないです」


 無いなら何で自分で話を出したんだ? 別に皆が特技をカミングアウトしている流れでもなかったし、もしかしたら本当は言いたいことがあったんじゃないか? とか思っているとどうやらそこで自己紹介は終わりみたいで彼女は席に着く。

 どうやら皆が想像していたのとは違ったせいかクラスの半分くらいの生徒が呆気にとられた表情を浮かべていた。僕自身、もっと刺々しく威圧的な態度で臨んでくることを想像半分期待半分で待ち構えていたのだが、実際は年老いた柴犬くらい大人しかったので拍子抜けしてしまった。

 それでも周りからの拍手は前の人達より二割ほどまして大きかったので、みんな彼女に気を遣っていることは窺えた。当の彼女は恥ずかしいのか顔を真っ赤にして俯いていたが、僕の視線に気付いたのか徐に顔を上げ目が合うと「アッ」と言った様な感じでまた下を向いてしまった。きっと朝の件をすごく気にしていて本当に申し訳ないと思っているのだろうな。


 そして数人を挟んで僕の番になり、名字の読み方の訂正と当たり障りのない自己紹介を済ませたあたりでまた空気が緩くなり、あちこちで雑談する声がまた聞こえ始める。どうやら僕の名字の読み違いは然程話題にもならず、先生の「ゴメンこっちのミスだね」の一言で終わった。何かもう少し弄られるのかと身構えていたのだが、どうやら僕の杞憂に過ぎなかったみたいだ。周りから僕と関わり合いたくないオーラが見えていたのはきっと気のせいだ、たぶん。

 先生曰く、「近いうちに席替えをするからそのままでいいでしょう」とのことで、反論する理由もないので了承した。

 そしてしばらく人の自己紹介を適当に聞き流しているうちに、李沢さんに朝から付き纏っていた男子に順番が回る。


「三ツ川中から来た松川大智。中学はバスケやってたんだけど、この高校結構レベル高いみたいだからどうしようかって悩んでいて、もしどこか面白そうな部活あればそっちに行くかも。あ、松川より大智って呼ばれる方が多かったんで、出来ればそう呼んでくれれば嬉しいかな。それから勉強の方はあまりだけど、遊ぶ方は得意なんで遠慮なく声掛けてくれな。ゲームは当然だけど、アウトドア系も結構いけるし、すぐそこの湖で釣りなんかもしょっちゅうやってるから興味ある奴は声掛けてくれれば一から十まで教えちゃうから。もちろん男子でも女子でも全然OKだし、何ならクラス全員で行くのもアリかなって・・・」


 どうやら松川君というらしく、彼はそんな調子でしばらく話を続けていたが、さすがに見かねた先生が制止した。


 注意された後「すいません、ちょっとだけ話長かったかも」と言ったまでは良かったが、それじゃあ最後にと前振りした後「そこにいる李沢さん共々これからもみんなよろしく」と言った瞬間、ピキッという音が聞こえた気がしたのと同時に、教室内の体感温度が三度ほど下がった。

 

 うわ、こいつ本当にヤバい奴じゃねーか。バカなのか? アホなのか? 飛んで火に入る何とかか? というよりせっかく燻っていた炭をウチワで扇ぎ、再び火力を強めようとしているのと同じだ。

 

 とにかくこいつのせいでクラス全体の温度が下がったのとは対照的に、僕を含めた李沢さんの周りだけは異常に暑く感じた。


「・・・・・・・」


 松川君の言葉に李沢さんが最初どう反応していたのか見ていなかったが、今見た限り知らんぷりを決めていた。しかしプルプルと小さな体を震わせ一生懸命怒りを抑えているのは見て直ぐ理解出来た。

 松川君はそんな様子に気付いていないのか、にこやかに彼女に向け手を振ってから椅子に座った。位置的に彼女の視界の端にその様子が写っていたと思われるのだが、なんとか持ちこたえた様だ。


「じゃあ次の人」


 先生は手に持っていたクラス名簿とおぼしき紙に目を落としながら進める。さっきまではそんなことしていなかったので、おそらく二人の関係性を確認したのだろう。


 そして最後の一人が終わると先生は一息ついてから「みんなありがとう」と笑顔で言う。その顔につられたのか何人かの生徒が「疲れたー」とか「緊張した」などと思い思いの言葉を口にした。「はいはいそこまで、もうちょっとだから少し静かにね」と先生はパンパンと手を叩きながら言うと教室内は静かになった。


「みなさん、これからの一年色々とあると思いますが、決して後悔の無い学生生活にしてください。松川君みたいに趣味に全力に打ち込むのも私は全然良いと思ってますし、勉強一筋に頑張るのもその人の自由だと思います。この学校に目的を持って入った人も、反対に何となく選んだだけの人も、我々教師側からしてみれば皆等しくこの学校の生徒でしかないということをよく覚えておいてください」


 ん? なにか引っかかる言い回しだけど、別に怪しい感じはしない。だけど何でだろう? 釈然としない気持ちになるのは・・・・・・。


「えーとソウバ君だっけ? 早くプリント受け取ってくれないかな」

 

 先生の言葉に気を取られているうちに前の席の女子生徒からプリントが回ってきた。よそ事を考えていた僕が悪いので名前が間違っていることは指摘しないでおこう。僕は寛大な男だから。


 えーとなになに、部活動についてのお知らせだな。色々と細かく書かれていたが、要約すると今年度から全生徒対象に部活動への入部が強制になりましたと言うことだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・え、強制?


 一部の生徒からブーブーと文句が出てきている。僕も声に出さないけれど彼らと同じ気持ちだ。

 そもそもこの学校は割と自由な校風で、伝統的に部活は強制出なかったと認識していた。僕がこの学校を選んだ一つの理由でもある。

 嘘だろと思いながらも再度読み直していくうちにある事実が判明した。部活動の強制参加はどうやら去年の生徒総会で決定されたらしく、その理由や根拠として挙げられたのが、健全な学校生活を送るために部活動は必要不可欠らしく、実行できれば学校全体の学力もアップするとか書いてある。


「先生、これは決定事項なんですか?」


 髪を明るく染め、見た目がとても爽やかな、いかにもモテそうな男子が手を挙げ言った。


「これはあくまで生徒達で決めたことだから学校側としてはあまり口出ししないようにしているけど、そう思ってもらって構いませんよ」


「本当に絶対なんですか? 少なからず強制じゃないってことでこの学校選んだ人もいると思うんだけど、説明会の時はその辺の話全然なかったじゃん。もしかして意図的に隠してたとか?」


「別に隠すような事でもないんですが、順番に話をすれば説明会の時点では案として出されていただけで決定していなかったということよ。総会で決まったのは十月で、説明会は夏休みの八月。つまりその時点では決まっていなかったので、伝えるも何も無かったっていう話なだけなの。理解してくれたかな?」


 爽やかな男子生徒は渋々ながらも返事をしたのだが、そのすぐ後ろの女子生徒はまだ納得がいかないのか少し怒気のこもった声で発言する。


「それじゃあバイトの件はどうなってるんですか? 校則では書かれてないけど一応OKってなってるはず。でも部活に強制参加させられたら難しくなるじゃないですか。確か成績が平均以上なら問題ないというルールがあるって先輩から聞いてるんですけど、そこんところどうなんですか?」


 彼女がどんな理由でバイトをしたいのかは知らないけど、僕にとっては死活問題だ。生活費を稼げなければ学校を去らなくてはならないかもしれない。これは本当に重要事項だ。ていうか何で突然そんなことが決まったんだ?


 女子生徒は結構な迫力で先生を問い詰めていたが、当の先生はいたって冷静に「あのね、まず最初に言っておくけど」と前置きしてから続けた。


「バイトに関して本来学校側としては認めていません。しかし昔と違って生活状況も大きく変わってきているのと、生徒の自由を重んじる当校としてはそれを尊重した上で一定の成績を修めた生徒に関しては黙認するスタンスなの。バイトの報告義務も無い代わりに当人の自己責任と言うこと、つまり全ての責任を君たちに押し付けてるってこと、これを良く理解してね。だけど学校側も無責任に生徒を扱うわけにはいかないから、成績の芳しくない者に対してはキチンと話し合っていくつもりだから。だって生活に困って学費が払えないならバイトをするか奨学金を受けるしかないでしょう。その時々で対応は変わっていくかもしれませんけど、基本相談してくれれば何かしらの指導なりアドバイスは出来ると思うから」


「バイトのことは私もそれで良いと思います。だけど私が今言ったのは部活に入ればバイトする時間が無くなるってことですよ。高校生だから働ける時間決まっちゃってるし」


 そうそう、このちょっとだけギャルっぽい人、俺の言いたいこと言ってくれて助かる。背デカイし声もデカイ。あとお胸もたぶんあるっぽいな。とにかくインパクトが人一倍デカイから、あまりお近づきになりたくないかな。いやいやそんなことじゃなくて、先生どうなんだい?


「何度も言うようだけど、そこに関しては生徒の管轄だから私達教師は口を出すことを控えてるの。もちろんこの案を決める際学校側も最終承認をしたけれども、それは内容に無理が無いか判断しただけで、実際の運営は生徒会に一任されているの。その上で言うけど、学校側としては原則バイトは黙認、生徒会の決まりごとについては生徒同士で解決すること。以上が私の口から今言えることね。冷たいようだけど、まずは自分たちで考え行動することを私はお勧めするわ。でもどうにもならないようならちゃんと相談に乗るからその辺は安心して」


 分かったようでわからない。それが僕の率直な答えだ。デカイ女生徒もまだ納得していない様子に見える。

 つまりバイトをしたいなら自分たちで何とかしろって言うのは分かったけど、そう上手く事が進むとは思えない。それにさっき早坂先輩に会ったとき感じた胸騒ぎがここで繋がった気がする。きっと先輩はこの事を知っていたから僕を自分の部活に入部させることが出来ると思っていたのかもしれない。例えそうではなくても半分、いやそれ以上に面白がっていたのは間違いない。


 とにかく自分で何とかすればいいだけの話だし、極論適当な部活に入って幽霊活動すればいいだけの話だ。きっとあのデカイ彼女もそこに行き着くはずだろうしな。


「以上で説明は終わりだが、何かわからないことがあれば随時聞いてくれればいいから。それじゃあちょうど時間になったから今日はここまで。日直は明日から出席番号順で二名ずつ交代で。今日のところは幻の出席番号一番の君、号令をお願い」


 ここでその話持ち出すのは止めてくれよなあ。


「起立、礼」


「「さようなら」」


「はい、さようなら。みなさん気を付けて帰ってくださいね」


 そう思いながらも流されるまま号令を放つと皆それに乗っかり挨拶した。


 今日は早速バイトの面接がある。大体の時間でしか指定されていなかったので特に急ぐ必要は無かった。とはいえ学校に残っていてもやることと言えば、日直としての仕事、それもおそらく黒板を綺麗に消すくらいなので、直ぐに終わってしまうだろう。


「なあアイバ、少し時間ある?」


 取り敢えずやるか、と黒板を消しに重い腰を上げたところで、この学校に入って初めて本当の名前で呼ばれた。

 僕の名を最初に正しく呼んだ(早坂先輩は下の名前だったし)のはデカイギャルだった。



 


 

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