第2話 約束。

「ふわー…」

 ・・・秋晴れのいい天気の朝。俺はあくびをしながら、ゆっくりと学校に向けて登校していた。

 

 現在地は駅前。時刻は7時40分。

 ・・・ゆっくり歩いても学校には十分に間に合う時間。

 

 周りには学生や仕事に向かう人など様々だ。

 朝の空気は随分と過ごしやすくて、少なくと汗をかくようなことにはならない気温だ。


「・・・・・」

 

 のんびりと駅前を通り過ぎる。ある種の予感を感じながら、でも気にせずに。普段通りに。

 この時間の学生たちはみな余裕があるのか、ゆったりと、会社勤めの人は若干ピリピリとしている。


 ・・・なんとなく視野に移る情景に、そんなことを思っていた。


 そんなことをしている内に、しばらくして誰かが近づいてくる気配を感じた。

 ある意味予定調和とも言える『ある種の予感』というヤツの招待。

 

 ・・・あえて振り向かない。気づかないフリをする。


 すると―――――


「よっ♪おはよ、悠!」

 後ろから声を掛けられる。・・・よく知っているヤツの声だ。

「おう、おはよ!」

 ・・・振り向いて挨拶を返す。

 そこには相変わらずの笑顔の弥生がいた。


「毎日だーいぶ涼しくなってきたねぇ~」

「ああ、過ごしやすくて何よりだ」


 明るい彼女に当てられて、俺の心も明るくなるのを感じる。


「・・・年寄くさいわねぇ~~」

 弥生が苦笑する。それを見て、俺も、へへっと笑った。


 そのまま、二人で肩を並べ、学校に向かう。

 

 ・・・今日の授業のこと、昨日のテレビのこと・・・

 とりとめのない会話をしながら。


 ・・・キッカケは何時だったか。いつの間にやら俺は弥生と一緒に登校するようになっていた。


 別にお互いに待っているとか、そんなんじゃない。約束もしてない。

 ただ、その時間に歩いていれば、なんとなく鉢合わせることが多いんだ。


 んで、『偶然』会ったからそのまま一緒に学校まで登校してる。


 ‥‥‥それだけだ。


 ‥‥‥‥‥もっともーーーーーー。


 「偶然」にしては毎日の登校時間がこの時間になるように調整されている気がするけれど。

 そんな自分の行動には言及しないことにしていた。


「どうしたの?なんかボーっとしてない?」

 弥生が俺の方を覗き込んで聞いてくる。

「なんでもねーよ」

 笑いながら返す。これはお互いの暗黙の了解みたいなモノだ。多分お互いに何となく分かってやってる。


 ・・・なんか、少し嬉しい。理由は分からないけど。


「ふぅーん?とか言って、ゲームし過ぎの寝不足じゃあないでしょうね~?」

 弥生がにぃーっと笑ってからかってくる。

「授業中にウトウトして叱られたりしないようにねぇ?ただでさえ最近注意されること多いんだからさ♪」

 そう言って、ふふ、っと笑う弥生。

「あのなぁ~、主に弥生の笑い声が大きいからとばっちりで叱られてんだろ!?」

 授業中のおしゃべり、確かに増えた気がするケド、叱れるのは原因は俺じゃあないぞっ?


「あれぇ?記憶にないケドなぁ~??」

 弥生がおどけて肩をすくめる。


 ・・・・ったく~!相変わらず愛嬌を振りまくのが上手なヤツ!!


 とか、なんとか言って、決して嫌な気持ちになっていないどころか、楽しんでいる自分のことは横に置いておく。


 ・・・そう、なんでかは知らない。


 授業で叱れることも、弥生とのこのやり取りも・・・

 決して嫌じゃなかった。


 そんなことを考えて歩いていると、横からフワッと風が通り過ぎた。


 ・・・・・心地よさと肌寒さのちょうど中間ぐらいの風だ。

 イチョウの葉がそれに合わせて空に舞う。


 秋晴れの空に舞う金色の葉は、とても色鮮やかで、光を反射しているようにサラサラと音を立てて目の前を彩っていく。


「・・・・・」

「・・・・・」


 思わず俺と弥生は二人して足を止めて、その様子をジッと見つめていた。

 そのくらいに綺麗だったから。


 ふっと、弥生のことを横目に見る。


 ・・風に舞うイチョウを眺める弥生の横顔は、いつもの元気で騒がしい彼女とはまた違った印象を受けた。


「・・・本当に、いよいよ秋も本番って感じ、だね?」

 弥生が前を向いたままそう呟いた。

 その口調は珍しく、落ち着いていて、穏やかだった。

「そ、そうだなぁ・・・」

 少し彼女の優しい口調に戸惑いながら答える。


 ・・・・席替えから2週間ぐらい。


 あの時、席替えをした時の俺は今の自分を想像することができただろうか?


 ・・・なんて、そう思う。


 ・・・この心地よくて、楽しくて毎日がワクワクする感覚。

 登校中も、授業も、給食も、少しアップテンポに過ごせてしまう、この日常を。


 まるで旋風のように舞い上がるイチョウと、心地よい風と、穏やかな天気と空。


 ・・・この少し幻想的な秋の景色と毎日の楽しい気持ちが、俺の口をひょんな風に勝手に開かせたんだ。


「・・・・なぁ、これだけいい天気だと、そのまま公園にでも行きたくならねぇ??」


「へっ!!?」


 俺の突然の言葉に弥生が素っ頓狂な声をあげる。


 同時に俺も自分で言っておいてハッとする。


(・・・今の、まるでデートに誘ってるみたいじゃんかッ!)


 ーーーーなんでこんなこと口走っちまったんだ!!


 ・・・・自分に突っ込みを入れる。


「あ!いやさ・・結構気持ちいいんじゃないかって!!」

 ・・・咄嗟にそう付け加える。


 唇と心臓が少し震えているような気がした。


 そんな俺を弥生が目を少し大きくして、にやぁ~っと見つめてきた。


「ふふ、なぁに~?デートのお誘い、ってことかなぁ~??」


 愛嬌のある笑顔でおどけて訪ねてくる弥生。大きな瞳は相変わらず俺を捉えている。

 不思議な痺れが心を襲う。

 

 ・・・何故か、嬉しくなる。・・・なんでだよ。


 ただ、なんだかコレは、この思いは弥生には気取られちゃいけない気がした。


 ・・・だから、平静を装う。


「・・・せ、折角いい天気だし、隣にいるヤツは暇そうだから言ってみただけだよ」


 ・・・恥ずかしさを隠すための強がりだ。

 心の甘い痺れはまだ抜けきらない。


だってそうでなきゃ、口元がニヤけるのを抑えようとして頬に痛みなんて走らない。

 

「あ~~っ!それがデートの誘い方かぁ~~~っ!?」

「へへっ!」

 

 弥生が俺の言葉に反応する。俺もおどけて笑う。

 ・・・朝の少し涼しい空気が心地よかった。


「・・・まったく♪♪」

 弥生はそう言うと、一息ついてからクスっと笑った。


「・・・ま、いつかの休みにでも考えといてあ・げ・る♪悠のデート相手をしてげる女子なんて私ぐらいのモンだからね?・・・泣いて喜びなさい♪♪」

 

 ・・・そう言って弥生はウィンクを一つ。


 心が軽快なリズムを取る。身体がそれに反応しそうな気がしていた。


「・・・・おお!バケツ一杯泣いてやるよ!」

 楽しいやり取り。俺もやっぱりおどけて返す。


「ほんとに口の減らないヤツ~~!!」

「お互い様だろ♪」

 二人で笑って小突き合う。・・俺も彼女も心から笑っていたと思う。


「さ、そろそろ行こうぜ、遅刻しちまうよ♪」

「・・・そうだね、いこっ♪」


 そして、再び二人で少し足早に学校に向かった。またとりとめのない会話で盛り上がりながら。


 ・・・・・・・・・・・

 ・・・・・


 ・・・途中、ふと弥生と公園を散歩することを想像した。


 ・・・・冗談半分のつもりだったのに、

その時が待ち遠しく感じてしまっていた――――――


 ・・・・・・


「少佐、ヤツだ。赤いヤツが姿を現した」

「予定通りね。いいわソイツは私が仕留める。悠は隣の紫のをお願い」

 給食の時間。俺と弥生はお互いの皿に乗る獲物に狙いを定めていた。

 各々の宿敵である。


「了解だ。いけよ、ポイントマン。後ろは俺が固める」

「ええ、いくわ」

 俺の声に弥生がクールに答える。

 一瞬して、お互いに顔を見合わせて頷く。


「「突入っ!!」」


 掛け声と同時に、トマトを弥生の皿へ、そして茄子は俺の皿へとお互いに交換する。

「♪♪任務完了だ、少佐流石だ」

「悠もね。さ、のんびりやるとしましょう♪」


 お互いの健闘とたたえ合い、一仕事終えた達成感を牛乳で乾杯する。


「弥生も松川君も、トマトと茄子を交換するのに、そんな大げさな演出、いる??」

 このやり取りの一部始終を見ていた藤野さんが呆れながら聞いてきた。


「アレ??彩、この間の攻劇機動隊TVスペシャル見てないの??」

 弥生がご機嫌で藤野さんに尋ねた。


「いや、私SFアニメはあんまり・・・」

 苦笑いをする藤野さん。


「えー!面白いのに~もったいないよね、悠?」

「うん、藤野さん、あれは見るべきアニメだよ!」

 弥生が俺に同意を求めてきたので、力強くうなずく。


「・・・はは、興味がわいたらね・・・」

 藤野さんが相変わらずの口調答えた。


「是非、お勧めするわ♪・・って、あ!・・私ストローない!取ってくる~」

 弥生は自分のお盆をみてそう呟くと、立ち上がってストローを取りに行った。


「賑やかなやヤツだなぁ・・・」

 俺はヤレヤレと笑顔で弥生のことを見送る。本当に元気なヤツだ。


「・・・松川君、本当に弥生と仲良しになっちゃたねぇ?」


 藤野さんがふと、そんなことを聞いてきた。


 ・・・・・なんか、ドキっとした。事実なのに、「何か」を見抜かれた感じ。


「・・・まぁね。おかげで給食の時間は快適だよ」

 なんだか気恥ずかしくって、そんな風に答えた。

「・・・そう♪」

 藤野さんは静かに、でもにっこりと頷いた。


「やー、今日はデザートのお替りもあるみたいよ?」

 そんなことをしている内に弥生が戻ってきた。・・・おかわりの量を確認してきたようだ。


「お、いいね!さっさと食べてゲットようぜ!」

 ・・・今の藤野さんとの会話から生まれた空気を察せられないように答える。


「うん♪」

 弥生も笑顔でうなずいた。 

「食べ過ぎてつっかえないようにね・・・」


 藤野さんの本日何度かの苦笑いを受けながら、俺たちは給食を口に運んだのだったーーー。


 ・・・・・・


 そんな給食の時間を過ごして、俺と弥生は5限目の移動教室に向けて、理科室に向かっていた。

 上の階からは生徒たちの賑やかな声が少し遠くに聞こえてきて、廊下の外からは少し暖かい日差しが差し込んでいた。


「・・・そういえばさ、悠。今日の放課後とか空いてる?」


 弥生がふっとそんなことを聞いていた。


「???まぁ、特段予定は無いけど?」

 本当にそうなので、そのまま答える。

 

「やった!だろうと思ったよ♪」


 …それを聞いた弥生がへへっと、笑う。

 ・・・・おいおい、人を暇みたいに。


「あのなぁ・・・」

「冗談、冗談♪」


 俺の言葉に彼女はウィンクで謝ってくる。

 廊下をそのまま歩く。コツ、コツと歩く音が響く。


「あのさ・・・・」

 弥生が足を止める。俺も足を止める。彼女を見ると

 少し困ったような、恥ずかしそうなそんな表情をしていた。


「???なんだよ?」

 ちょっとあまり見ることのない彼女の表情に何かあるのかと思いながら聞く。

「・・・」

 一瞬、押し黙る弥生。何か躊躇するというか、やっぱり気恥ずかしそうな、そんな顔。


「悠、手伝ってほしいことがあるんだけど・・・・・」


 ーーー弥生が躊躇いを振り切るように、ゆっくりと口を開いた。


 ・・・それは給食条約に次ぐ、とある「お願い」。そして、そこからもうひとつの「約束」だったーーーーー。


 ・・・・・・・・・・・・

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トマトと茄子と、君と恋。 ゆーゆー @miniyu-yu-

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