第一話 Enjoy Days

 …あれから1週間がたった。


 新しい席にもすっかりと慣れて、俺は自分でも驚くほど賑やかしい毎日を送っていた。


 ・・・それは、隣の席にいる同級生の影響があったから、なのかもしれない。


「‥‥」

「‥‥」

 朝のホームルーム前の教室。

 俺は弥生と真剣ににらみ合っていた。


 ‥‥やっているのはユビスマ。

 

 ルールは単純。


 ①プレイヤーは順番に数を宣言する。

 ②全プレイヤーはその宣言に合わせて好きな数だけ親指を挙げる。0本、つまり挙げなくてもいい。

 ③宣言と挙がった指の合計数が合っていれば、宣言者は片手を減らす。

 ④先に両手が無くなれば勝ち。


 張り詰めた緊張感の中、弥生がゆっくりと口を開く。

「いっせぇ~のぉ~で‥‥」

「‥‥ゴクリ」

 俺は息をのんで親指を上げる準備をする。まるで、西部劇のガンマンがリボルバーを手にするように。


 …一瞬の緊張感。お互いに腕は残り1本。


 今日の給食のデザート、クレープを賭けたこの戦いに負けるわけにはいかない。


 そして――――

 

「2っ!!!」

「ヌオッ!!?」


 彼女の言葉と同時に上がる俺の悲鳴。

 目の前には俺と彼女の親指が合わせて2本。


 …それは、俺のクレープが無くなることが決定された瞬間だった。


「やりぃ♪♪これで3勝0敗、私の勝ち~!!」

 喜びの声が教室に響くと同時に、弥生が飛び跳ねる。

「ぐぬぬっ・・・・!」

「約束通り、給食のクレープは頂くね~~♪」

 弥生が秋晴れの空も負けるような、心地よい笑顔を浮かべる。


 クレープ、食べたかったのに・・・。

 なんとも言えない悔しさが俺の心を襲う。

 

 ・・・・・・

 ・・・けど。


 一方で、心のどこがで『なんだか楽しい』…そう思っている自分がいるのを感じていた。


 表面では悔しがっているけど、どこか芯の部分で心が笑っているような感覚だ。 


 「あ、松川君に弥生、おっはよ~!」

 そんな、どこかくすぐったい気分を味わっていると、藤野さんが教室に入ってきた。

「ああ、藤野さん」

「おっはよ、彩♪♪」

 俺たちも挨拶を返す。俺の真後ろの席の彼女も、給食の時間は同じグループで、すっかり仲良く話すようになっていた。


「まーた、二人で給食のデザート賭けて勝負してたの?」

「まぁね~♪」

 藤野さんの言葉に弥生がご機嫌で頷く。


「ふふ、それで松川君は今日もデザートを巻き上げられたワケだね?」


 藤野さんが肩をすくませて俺の方を見てくる。弥生のテンションでどちらが勝ったのか察したようだった。


「つ、次は負けねーよ!」

 なんだかんだでこの状況を楽しんでいることを見透かされた気がして、強がって言葉を返す。それを聞いた弥生が自信満々にこちらを見る。


「無駄よ無駄っ♪♪脳筋の柔道部が演劇部に心理戦で勝てるワケないでしょ♪」

 弥生が、にぃっ、っと不敵な…でもどこか魅力的な笑みを浮かべる。

 

「なんっつったって、こちとら『役の気持ちになりきる』ことが日常だからね?単純明快な悠の心を読み切るなんてチョロイもんなのよ♪」


「んだとぉ~!?」

「フフ、悔しかったら勝って証明してごらん?いつでも受けてあげるよぉ~??」


 弥生のいたずらな笑顔。


 挑発されているのに、なぜか一瞬ニヤけそうなる。なぜだろう。


「今に見てろよぉ~!!!」


 なんて、俺の全然悔しそうじゃない負け惜しみが教室に引き渡ったのだった―――――。


 ・・・・・・・


 そんなこんなで。


 給食を交換して、休み時間にはくだらないことで盛り上がって、授業中にはおしゃべりをして叱られていたら、あっという間に放課後になった。


 掃除を終えた俺と弥生は一緒に玄関に来ていた。

 玄関の匂いと外から入る秋の風が混ざりって鼻腔をついた。


「んじゃ、張り切って買い出しに行きますか♪」

「・・・だな」

 

 二人で下駄箱から靴を取り出して玄関を出る。


 これから二人で調理実習の買い物にいく予定だ。 

 同じグループの藤野さんは別の用事があって、俺と弥生の二人で、と言うことになっている。


 薄暗い玄関から外に出ると、光が差し込み、少し暖かい空気が身体に触れる。


「…明日の調理実習、気が重たいぜ…」

 俺はボソっと呟いた。


「あれ?そうなの??野菜炒め、楽チンじゃん♪」

 俺の言葉に弥生がご機嫌で聞いてくる。花壇に植えてあるパンジーが健気に咲いているのが目についた。


「別に料理が嫌なワケじゃねーよ」

「??じゃあ何が嫌なのさ?」


 弥生が不思議そうに首を傾げる。


「…エプロンをつけるのがイヤなんだ」

「はぁ~~??」


 弥生が素っ頓狂な声を上げる。


「‥‥俺、エプロンが壊滅的に似合わないんだよ」


 以前、少し小さめのエプロンで、最高にみょうちくりんの姿をクラスメイトに笑われたことが、若干のトラウマになっていたワケだ。


「あっはは!そ~~んなコンプレックス持ってたの~?意外~~!」

 俺の呟きを聞いた弥生が吹き出した。


「~~!!んなに笑う必要ねぇだろ~~!?」

「だって~~!そんな真剣な顔してたら『何があるんだろ?』って考えちゃうでしょ~??」


 ケラケラと気持ちがよくなるぐらいの笑顔を浮かべる弥生。


「同じ格好をするならピエロの方がまだなんぼかマシだよ」

「え~、私は見てみたいけどな♪」

 弥生が横目で俺にそう言ってくる。


 なんでだろう。不思議と弥生にならそう言われても、嫌な気はしなかった。


「い、一番からかいそうなヤツが何をいうか・・・」

「笑わないって♪」

 相変わらずの笑顔でそう言う弥生。


 ・・・あるいは、弥生になら笑われても別にいいような気がした。


 俺たちの間にある空気なら、楽しく笑える空間に変えられるような感じがあったからかもしれない。


 そんなやりとりをしながら、校門を出て商店街に向けて歩き出す。


 ・・・アスファルトが一日中、陽を浴びた熱を発している。

 ・・・そこに、ほんのりと消えつつある残暑を感じた。


 …少し歩いていくと、弥生が「あ!」と思いついたような声を上げた。

 

「でもさ!調理実習、いいこともあるんじゃない?」


「…いいこと??」


 俺は首を傾げる。なんだよ、ソレは?

 訝しげな表情をする俺に、弥生がにっ、っと笑って人差し指を立てる。


「ほら~、女子のエプロン姿が見られるワケよ?『いつもとは違う女子の姿に胸キュン!!』とかあるかもだよ~?」

 弥生は「ねっ!?」とでも言いたそうな表情だ。


「…発想が斜め上すぎんだろ?」

 思わず呆れて言葉を返す。


「ちょっとぉ~!そこは冗談でも、『弥生のエプロン姿か!!』っとかドキドキするところ何じゃないの~!?」


 弥生が笑顔で小突いてくる。

 ・・・何故かそれが嬉しくて、俺は思わず笑って答える。

「図々しいヤツだなぁ~」

「なにぃ~!私のエプロン姿だよ!?激レアだよ!!?」

「激レアってことは普段全然使ってねーってことじゃんか」

「・・・うぐっ!」

 弥生は核心を突かれたような表情を浮かべる。…見ていて面白かった。


「どーせ、家でも全然手伝いとかしないんだろ?」

「…た、たまにはするよ!!」


 ちょっと焦る弥生。


「なるほど、「ちょっと」か。確かに激レアなワケだな?」

 俺も弥生のように、にぃっと笑って返す。

 ・・・日向の熱と、秋の風の涼しさが心地よかった。


「う、うるさいよっ!?」

 もう一度弥生が小突く。俺もへへっと笑う。


 ・・・なんて、二人でふざけ合っていたら、調理実習も悪くない気がしていた。


「・・・ま、お互いに激レアなエプロン姿を晒すとするか」


 そんな思いが言葉になる。


「…ふふ、だね!」


 頷く弥生。……二人で笑い合う、取りとめない会話が楽しかった。


 ……気づけば商店街は直ぐそこまで来ていて、

 俺たちは、相変わらずふざけ合いながら買い出しを済ませたのだった――――。


 ‥‥‥‥

 ……なんかさ、弥生と隣の席になってから、学校が楽しくなった気がするんだ。


 …別に今までがつまんなかったワケじゃ無いけど。


 なんつーか、胸が弾むって言うか、バカをやるのが楽しいって言うか、さ・・・


 ………次の日の調理実習は楽しかった。弥生と藤野さんと、なんやらかんやらしながら野菜炒めを作ってさ。


 俺のエプロン姿に弥生は吹き出したけど、想像通り嫌な感じは無くて、なんか笑いあえた。


 それから、「新調した」という弥生のエプロンは鮮やかな赤色で。

 彼女の笑顔とマッチしているなぁ、なんて思ったりもした。


・・・・・・


――――楽しい。よくわからないけど、何をしていても。楽しい。


――――そんな時間が、過ぎていったんだ――――。

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