化け猫道中 猫又巡り

和宮玉炉

化け猫道中 猫又巡り

 吾輩は猫である。名前は野良なのでたくさんある。好きに呼べ。


ただし地域に溢れたそこらの野良ネコと一緒にされては困る。何せ吾輩、ペリーの黒船騒動で国の動いたなんか、あの維新な時代をうっすら記憶している位の長寿な猫なのである。

 尻尾はとっくに二又に割れている立派な猫又なのだ。人語だって理解できるし、何なら話せる。そこらの人間よりよほど理性的で博識な知能だって持っている年の功があるのだぞ。敬えにゃん。


 とはいえ時代が変わろうが吾輩の生き方は変わらない。のらりくらりと人には媚びぬ、自由気ままな野良暮らしよ。野良ネコの生活なんて過酷そのものと言われればその通りなんだがなんせ吾輩、既に猫又だから。人間寄りの思考ってやつは可愛げはないが人間社会をうまく利用出来ればこっちのものよ。猫又老後は快適ってね。


 それにしても最近はずいぶん猫のペット人気が高いって? 一昔前は庭先でお犬様がデカい面して人間様のパートナーNo1ってかんじだったのに。

 猫なんて放し飼いでいい加減な扱いされていたってのに近頃はずいぶんこちらに平伏してくる人間も増えているみたいだねぇ。ペットへの意識が高まったのもあるが、お仲間の地域猫が人間の家に迎え入れられて、室内で優雅な暮らしで至れり尽くせりな光景もあるあるなんだよなぁ。動画配信ってので年収一億稼ぐ猫ってやつもいるもんだから負けてられないよ。まあ、下僕が出来るなら、一回飼われてやるのもいいかなって思わなくはない。・・・・・・羨ましいってわけじゃないよ。


「あれ、ニャンギラスじゃん。久しぶり、生きてた? 」

「猫又に生きるも死ぬもないぞ」


 さて、この吾輩に珍妙な呼び名をつけて話しかけてくる変わり者の人間はこの地域の小学生、猫林ねこばやしはじめ坊や(小5)である。その歳のわりに、動物に話しかける癖の抜けないファンシーな性質を持っているというわけではなく、こやつはとにかく霊感ってやつが鋭い子供のようだ。吾輩の尻尾が割れているなんて普通の人間では気づかないことに目ざとく気づき、以来見かけ次第構い倒してくる困った少年である。ガキの相手は苦手なのだが。


「相変わらずつれないなあ。おれはニャンギラスを撫でまわしたりはしないだろ?」

 

確かに距離感は心得ているようだ。触ったりしないのは誉めてやろう。


「我が家がこんな血筋じゃなきゃ、ニャンギラスをお迎えできたんだけどな」


「・・・・・・」


 そう淡々と語るはじめ坊やの目は狩りの時の猫のように黒目がまん丸で大きく、それでいて闇の淵のようにどんよりしている。そう、猫林なんて変わった苗字をしているがその実、彼の家は猫の祟りに侵された呪われた一族なのである。



 まだ江戸の頃、藩士家系だったその家は、大層な愛刀家の当主を抱えていた。その当主はあろうことか刀の切れ味を猫で試したというから不届きものである。それでもなけなしの罪悪感から猫塚なるものを作って供養らしいことはしてくれていたのだが、後々武家としては傾き断絶。浪人を経て御一新の廃刀令が出た頃の世代は刀から離れて、かつて犠牲にした猫たちのこともすっかり忘れて猫塚を放置しだした。それはいけない。猫は執念深く、七代祟るといわれているだろ?


 猫塚の怨念はその一族に容赦なく降り注いだ。


 生まれてくる子供は畜生腹かというほど多産。

 ほとんどが死産でその容貌はまるで猫の胎児のような奇形をしている。精神疾患の発生率も高く、当時は狐憑きなんて呼ばれていた症状もどことなく興奮した猫を思わせる挙動をするものが多く、とうとう猫に憑かれているなんて噂になりだした。そこでかつての先祖の悪行が見直されて、子々孫々忘れぬように一族はその名を ”猫林” と改めたのだという。


 視えるものが視ればその一族に付き添う者たちが見えるのだ。

 ニャーニャー、なごなごとお囃子をあげる大勢の・・・・・・ねこ集会が。


「我が家の怨霊可愛すぎだろ」


 令和の現在、その呪いはすっかり薄れて微かな腹いせとばかりに猫林の血筋に連なるものは皆、大層な猫好きであるのに猫アレルギーで近寄ることが出来ないという何とも地味な落としどころで呪いは膠着している。


 そんな呪われし一族の末裔、はじめ坊やは暢気なものだ。いや、過酷な呪いの中で生き延びた一族の精鋭だから図太いのかもしれない。一族の中で彼だけがその強い猫の怨念を認識できる霊感を秘めている。少年は怪異に満ちた奇妙な日常に生きているのだ。今みたいに。


「吾輩がその気になれば、下僕など引く手数多。こちらは選ぶ側なのだよ、気安くお迎えできるだなんて思いあがるんじゃないぞ」


 にゃごにゃご。住宅街の塀の上、高みからの目線を以って正しい距離感で吾輩は少年に身の程を教授する。


「ふむ。ニャンギラスの老後をサポートする心優しき由緒正しきお家柄の飼い主を募集中と」


「老後とは何だ。猫又ともなると人間を看取ることの方が断然多いのだぞ」


 猫は家に懐くなんて言うが、長生きする猫などその家の者たちにとっては次第に不気味に思うものだからな。結局飼い主を転々とすることになるのだ。人間に老いぼれ扱いはされたくない。


「まったくその通りでごぜえます」


 ぬらっと現れたのは黒ぶち柄の何だかおむすびみたいな配色をした通り猫。いや、尻尾が二股に割れているこいつはどうやら猫又のようだ。


「お、ニューフェイス。最近増えたよな。猫又」


 そういってはじめ坊やはスマホでおむすび猫を撮影した。記録でも作ってるのか?


 昔から言われるように、猫は10年以上も生きると言語を操り不思議な力を身に着け、尻尾が二股に分かれてくるという。これがいわゆる猫又と呼ばれる怪異である。

 その話を真に受ければ、近頃の飼い猫達は10年以上生きるものも珍しくない。まあ、そう滅多にある話ではないがこうして猫又化している飼い猫も稀に、近頃は結構いる。こいつとか。


「にゃにゃ、お前飼い猫か? こんな昼間に屋外に出て来るとは珍しい。家人は家を開けているのか?」


 飼ってるくせに日中家にいないで留守番させるなんてこれだから人間は。吾輩の下僕になるやつは一日中側仕えさせてやらねば。いや、それも煩わしいな。気が向いた時だけ構って欲しい。


 しかし猫又とはいえ、こっそり家を抜け出すなんて夜にやることだ。怪異の力は夜に発揮されるものだし、ここら辺のねこ集会は夜開催である。ん、そうかこいつは。


「お前、3丁目のべーくんか」


 3丁目にある古株の一軒家住みで確か爺さんと暮らしていた猫だ。最近集会でも見かけないと思っていたがいつの間にか猫又になっていたのか。ふむ、お赤飯だな!


「おめでとう。これで君も立派な化け猫。猫又化は大人への第一歩だ。夜中に手拭いを被って踊るといい。それが嗜みというやつさ」


「普通にバズりそうな光景だな」


 スマホ片手にそわそわするはじめ坊や。けしからん、見世物ではないのだ。言語習得と二足歩行は猫又必修科目なのだぞ。しかし吾輩の紳士アドバイスをよそにべーくんは大きな目をじんわり涙目にして俯く。


「長らくごあいさつできませんで申し訳なかったです。あっしのご主人が寝込んじまって側を離れがたくって。先日大往生いたしまして無事看取ったところです」


「う、うむ。それは大変だったな。お悔やみ申し上げる」


 こればかりは猫又化しなければそうそう立ち会わない飼い主看取り問題である。子猫のころからお世話になったご主人に先立たれるなど、いくら気ままな猫の身だって辛い別れに他ならない。一匹身の吾輩が気安くかけてやれる言葉はほぼ無かった。


「しかしあの御仁は歳のわりに元気がいいと思ったが。奥さんは確か早くに亡くなっていたな。君が来る前に。それでもひとりであの家で暮らし続けていたんだから大したものだ」


「いえ、最後の方は子供さんたちが戻って面倒を看ておりました。看取るのも葬儀も全部やってくれて。ご主人は子供さんたちが独立したら家から遠ざけてたんですが最後は賑やかに過ごせたもんです」


「ははぁ、そりゃ今時何よりだ。後を頼める家族がいたなら心安らかに逝けただろう。君のことだって気がかりだっただろうが安心したんじゃないか?」


 猫の身では死に際を看取ることはできてもそれだけだ。人の世の往生の作法は複雑だからな。それにそんなしっかりした子供がいるならそのまま面倒見てくれるのでは?


「そうもいかねえですよ」


 おや? 子供は猫嫌いなのだろうか。


「君の引き取り手にはならぬとでもいうのか? 薄情ものか」


「お嬢さん達はそんなんじゃねえですよ! 家を継いであっしを引き取ってくれるってそのつもりなんです!」


「そ、そうか。それなら何よりじゃないか。君の主人もそれを望んでいただろうし、君にとってもそれが一番いいんじゃないか? 何がダメなんだ? 」


 ワッと飼い主家族を擁護するべーくん。ちょっと情緒が不安定だ。まだまだ若いな。


「あれ? その3丁目の爺さんって川原かわらさんの家? そういえば葬式の看板立ってたな」


「はじめ坊や、よく見てるな。知り合いか? 」


「クラスメイトのおじいさんだな。先週休んでたからその子ん家かなって」


「ぐすん。へえ、ご主人は川原雄三かわらゆうぞうで孫の坊ちゃんは雄馬ゆうまくんですね。あっしをそりゃ可愛がってくれてるんですよ」


「ゆうちゃんか。ビンゴだぜ」


 どうやらはじめ坊やの友達らしい。こいつ、友達いたのか。それなら猫又なんかに構ってないでまっとうに遊んでいてほしいんだが。


「飼育委員の動物好きで優しいやつだぜ。優良飼い主じゃん。将来性もある。何か不満でもあるの?」


「だからですよぉ! 今でさえ老いぼれ猫で通ってるんです! これからあの子が成長してもずっとあっしがいたら怪しむに決まってるでしょ! 長いことご主人一家とは仲良くやってきたのに、これじゃあ先々絶対上手くいきません。いずれ追い出されるくらいなら自分から身を引いた方がいいかなって」


「あ、もしかして家出中だった? 」


「はじめ坊や、構うな」


 人と怪異のナイーヴな問題である。別れの辛さは場数踏むしかないんだよな。


「まあ、君も今や人語を理解する賢い猫又だ。一匹でも屋根なしでも十分やっていけるさ。しばらくは気ままな野良も悪くないぞ。この町には吾輩もいるさ。つかず離れずの都合のいい餌やり人間パトロンも紹介してやる」


「ニャンギラスさぁん」


 その名前は定着してるのか。


「でも、向こうはそんなつもりは全くなさそうだぜ。ほら、愛されてる」


「へ?」


「べー!そこにいるの? 僕だよ!おいで!」


 塀の角から現れたのは、はじめ坊やと同い年位の優し気な少年だった。手元にはべーくんの写真がプリントされた紙の束を持っている。いなくなって探し回っていたようだ。

 固まっていたべーくんだがハッと気を取り直すと俊敏に去っていってしまった。


「あ!」


 猫が住宅街で走り去ってしまえば人間などにはどうしようもない。塀を越えて彼方に消えたべーくんの行方をゆうちゃんとやらは呆然と見送るしかない。


「おっす、ゆうちゃん。あの子が探してるって言ってたべーくんだよね? 写真、撮ったぜ。可愛くね? 」


「・・・・・・猫林くん。こんなに近くにいたなら捕まえてくれても良かったんじゃないの? 」


「おれ、猫アレルギーだから。触れなくてごめん。許してにゃん」


「・・・・・・」


 あのどんよりした黒目の無表情で同級生をおちょくるはじめ坊やとゆうちゃんはどうやらそんなに仲が良いわけではなさそうだ。ゆうちゃんに対して猫林くんとかお互い呼び方に距離感を感じる。一歩引いたような目線で苦手意識を隠しきれていないゆうちゃんはそれでもはじめ坊やに頼るしかなさそうに観念して話し始めた。


「今朝、学校でも話してたの聞いたでしょ?あの猫、べーっていうんだけどうちのじいちゃんの猫でこれからうちの子。でも逃げだしちゃって。じいちゃん家に僕たちが住み込んだのが気に入らないのかな」


 学校でも迷い猫の呼びかけをして探し回っていたのだな。いい心がけだ。そしてはじめ坊やには直接話しかけていない口ぶりからして友達ではないんだな。


「ゆうちゃん、べーは猫又なんだ。長生きしてるだろ? 人間との寿命の差を嘆いて身を引いてるんだよ」


「は? いや、そういうのいいから」


 いきなり何話しているんだこの子は。ゆうちゃんは辛辣な目を向けている。優しい奴じゃなかったのか。ジトっとはじめ坊やはこちらに目を向けてきた。・・・・・・致し方ない。


「少年よ。べーくんは吾輩と同じ猫又なのだ。そこは分かってくれ」


「えっ! しゃべった!? 」


「このご時世、長生きする猫も珍しくない。中にはこうして猫又化もするし、飼い主に気を利かす猫だっている。君がこうして驚くように共に生きていくのは難しいんじゃないかってべーくんは嫌われるのを怖がっているんだよ」


「え、そんなことない。べーは家族だよ」


「そうはいってもな。慰めなら普通の猫を飼った方がいいんじゃないか? かわいい猫種で子猫でも育てて動画投稿すればいいじゃないか。一億円稼ぐ猫といつまでも長生きする猫どっちがいい?」


「いちおk」


「長生き! 100年だって生きててほしいよ! 大事な家族だもん! 猫又だろうが一緒にいたい! 僕だってこれから100年生きるから! 」


 無駄に正直なはじめ坊やを跳ね除けてゆうちゃんははっきりと訴えた。


「だってさ、べーくん。出て来いよ」


「え? 」


「雄馬ぼっちゃぁん」


 いなくなったべーくんは塀の隙間、足元から身を乗り出してこちらに聞き耳を立てていた。


「本当にいいんですか? しゃべりますよ? 踊りますよ? 長生きですよ? 側にいますよ? 」


「最高じゃん! お願い、僕も長生きするから、ずっと一緒にいて」


 こうして少年は猫又を抱きしめた。イイハナシダナー。


「もう今どきは認知させる方向で行こうぜ。動画配信で一億以上稼げるって!」


「ちょっと、やめて。うちの子は見世物じゃないんだよ猫林くん」


 こんな非日常を共有してもはじめ坊やとゆうちゃんの友情は芽生えなかった。


 こうして一匹の猫又に快適な飼い主ができてめでたしめでたしなのであった。


「ニャンギラス、ありがとな。正体まで明かしてくれて」


「なに、仲間の為だ。お前の為ではないぞ」


「ツンデレをありがとう。おれはニャンギラスの飼い主にも下僕にもなれないけどずっと友達でいたいんだ。これからも声かけていい? 」


「・・・・・・好きにすればいい。話し相手がいれば人語が鈍らなくてすむ」


 理想の下僕はしばらくご縁が無さそうだが珍妙な友とはこれからも長い付き合いになりそうだ。


 猫を斬りまくった一族は、それは深い怨恨を背負うことになった。


 何を隠そう吾輩の母猫もその刀で嬲られ殺されたのだから。

その腹から出てきた胎児の子猫こそ吾輩の始まり。出生から恨みに満ちていた。

しかし何の気まぐれか一命を取り留めた吾輩を一族のものが庇護して育つことになる。


 それ以来、ずっと見ている。懐きもしないまま、きっと、これからも末代まで。

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