エピローグ
『福野さん……いえ、福野先輩へ。
暦の上では秋とはいいますが、東京では連日猛暑日が続いていると聞いております。
札幌のあの涼しい夏が恋しい頃合いかもしれませんが、体調は崩されていないでしょうか。
お手紙を書くと言ったのに、まずは一か月もかかってしまったことをお詫びいたします。ずいぶんと先輩のことを待たせてしまったと思います。
ですが、先輩のことを忘れていたのではありません。むしろ、先輩のことばかり考えてしまっていたと言ってもいいでしょう。
時計台の近くを通ると、先輩にライラックの髪飾りを渡したこと、そして返してもらったことが昨日のように思えてきます。
少し前にはあのすすきののバーに行きました。いつも一人ですごしていた場所です。確かに先輩がおっしゃった通りですね。あのお店はきっかけこそ岩崎先生に連れて行ってもらったところですが、最近は辛くなることはありませんでした。一人で落ち着くことができる、私の居場所になっていました。今ではどうでしょう。先輩とすごしたあの一夜のことがずっと頭から離れず、懐かしさがこみあげてくるとともに、寂しさも覚えてしまいます。
先輩、私はこのお手紙が届くまで、四日間の思い出を大事にしまってくださいと申し上げました。
たった四日、なのでしょうか。四日も、なのでしょうか。
まだまだ先輩と一緒に居たいし、もっともっと先輩のことを知りたい。過ごす時間が長ければ長くなるほど、あなたのダメなところも見えてくるでしょうし、私の欠点も晒すことになるでしょう。ケンカをすることだってあるでしょう。先輩の人となりを知るには四日では短すぎました。
でも、私は思うのです。一緒に過ごした人に対して、興味を持ち、この人のことを知りたいと思い、この人といると楽しいと思えるようになるくらいには、四日もあれば十分だったんだな、って。
先輩に少しだけ、種明かしをしようと思います。先程も書きましたけど、ライラックの髪飾りのこと。
二日目はファイターズの試合を見に行くこともあって服装を青に揃えたのです。ですから最初は青色の髪飾りにしようかなと思っていました。引き出しを開けた時に探していたものよりも先に目に入ったのが、あの紫色のライラックのヘアゴムでした。
先輩ならご存知とは思いますが、ライラックは札幌市の市木です。七月にはもう咲き終わっていて季節外れではあったのですが、道外からの観光客を迎える地元の人間としては洒落が効いているのではないかと思い、あのヘアゴムを選びました。
時計台で先輩にあの髪飾りを託したことは、先輩は不思議に思っていらっしゃるかもしれません。あの行動だけは今考えてもなかなか上手く言葉にできないのです。それくらい、咄嗟に身体が動いてしまった出来事でした。
自分でもわからなくて、次の日、先輩とちょうど離れ離れになっていた時間で、私はライラックの花言葉を調べました。意味を知ったときは、こんな偶然があるものかと思いました。私の行動は本当にそういうことだったのだろうかと自問自答しました。
先輩から髪飾りを返してもらったときにも言おうとしました。ですが、あのときはまだ心がぐちゃぐちゃになっていたのと、恥ずかしさもあって口にはできませんでした。
今なら言えます。
私はあの紫色のライラックを、花言葉と共にあなたに託していたのです』
ここまで手紙を書ききってから、私は大きく深呼吸した。
自分でも呆れるくらい冗長になってしまった。こんなことになるくらいなら、今すぐ会いに行って、直接口で伝えた方が早いのではないかと思う。
そうなったらそうなったで、緊張してもごもごする自分の姿が目に見えているのだけれど。
さて、覚悟を決めよう。私は彼に想いを伝える言葉を今から記す。まだまだこの手紙は長くなってしまうかもしれないけど、私達はここから始まるのだ。
『紫色のライラックの花言葉、
それは……
「恋の芽生え」、なんですよ』
完
恋の花、北都に咲く 九紫かえで @k_kaede
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