第162話 クリスマス・スペシャルだよ
S−TV【精霊専用チャンネル】
深夜ドラマ・やっぱり首なし馬が好き
出演者
墓掘り魔人 ヤット
元使い魔 エテ公
ゲスト
ソフィー・ジャスミン(BBBアナウンサー)
第162話 クリスマス・スペシャルだよ
ショートブレッド色の月が見守る冬の夜。ネイビーブルーのパンツスーツの上にキャメル色のダッフルコートを着込んだアンカー(アナウンサー)がマイクを手に立っている。
「皆さん、いかがお過ごしですか? BBBテレビジョンのソフィー・ジャスミンです。私は今、メロンバルブ市にあります墓地に来ています。そう、あの人気深夜ドラマ『やっぱり首なし馬が好き』の舞台となっている場所です。今夜はドラマに登場する精霊さんたちに集まってもらい、生の声をお届けできたらと思っています。ドキドキしますね」
ソフィーとカメラが墓地の門をくぐると、地面にシャベルを突き立てた墓掘り魔人・ヤットと、殺ぎ屋のトラマサ、元使い魔のエテ公(テナガザル)が待ち構えていた。
「こんばんは! はじめまして、ソフィー・ジャスミンです」
ヤットの顔は
「こんばんはっス」とトラマサは反対に愛想笑いを浮かべていた。
「キュキュッイカ!(わー、テレビの撮影だ!)」エテ公も上機嫌で、長い腕を上下に振る。
ソフィーはパッキンゴム大学出身であった。校訓は「恐れるな、世界はすでに足の下にある」である。まさに、閑散とした墓地であっても世界には変わりないというように臆することなく彼らと向き合う彼女。さっそくインタビューを開始する。
「皆さんのご活躍、いつもテレビで拝見しております。今夜のインタビューの模様はクリスマスの特別番組として放送される予定です。精霊の皆さんは、クリスマスを一体どのように過ごされるのでしょうか?」
「クリスマスというのは?」とヤット。
「人間たちが十二月にやるお祭りのことです」トラマサがこそこそと教える。
「ご存じないのですね。では、ご説明いたしましょう」ソフィーはクリスマスについて彼らにもわかるように噛み砕いて説明した。パッキンゴム大学で学士号を取得した才女にとって、それくらいの知識の披露は朝飯前であった。「……と、こんな感じで、家族で七面鳥やミンスパイを食べたり、プレゼントを交換したりするんです」
「プレゼントは欲しいっス! ちゃんと用意してあるっスよ」トラマサは自慢の戦利品──大好きな日本からちょうだいしてきたfuku○keの靴下──を取りだし、カメラの前にぶら下げた。
「まあ!」ソフィーが驚く。「この靴下、手袋みたいに五本指がついてるわ!」
「かっこいいでしょ? 日本製は丈夫で信頼できるっス。だからコインをたっぷり詰めてもらっても構わないっスよ。まだまだいっぱいあるっス!」
トラマサの後ろに積み上がった段ボール箱が五つもあった。
ソフィーが尋ねる。「これ全部、靴下ですか? もしかして今宵はあなたがサンタクロース? 視聴者にプレゼントしてくださるとか?」
「プレゼントはしないっス」トラマサはその発言にがっかりする。「せっかく工場から盗んできたのに」
「おぉ、それは……」パッキンゴム大学出身の才女もさすがに面食う。「良くないことです。日本ではどうかわかりませんが、イギリスでは良くないとされています。というか、犯罪です。その靴下は全部返した方がいいと思います」
「はあー、そのご意見は……持ち帰って検討するっス」トラマサはさらにがっかりし、ため息まじりに言った。日本人を尊敬するトラマサは「検討する=お断り」であると理解していた。「気に入らないで返したみたいじゃないっスか。さすがにそれは日本企業のプライドを傷つけると思うっス」
「あなたはそうお考えで? とても残念ですわ」ソフィーの表情にはパッキンゴム大学出の説得力をもってしても力及ばすであった、という悲しみが滲んだ。犯罪統計には当然人間のそれしか含まれないはずである。ということは、
「ではここで、当番組で行いましたキャラクター人気投票の結果をご紹介いたしましょう!」
文字が書かれたボードをソフィーが全員に見えるように掲げる。
「やっぱり首なし馬が好き」出演キャラクター人気投票
1位 エテ公……51票
2位 首なし馬……30票
3位 西の魔女・レシ……22票
4位 ヤット……17票
︙
︙
9位 墓地……5票
10位 トラマサ……2票
「エテ公、おめでとう! あなたが一位よ」ソフィーがマイクを向ける。
「カクキュキューッキュキャ、キャ!(すごくうれしいよ。投票してくれたみん
な、ありがとう!)」エテ公はぴょんぴょん飛び跳ねて喜びのダンスを踊った。
トラマサはこの結果を不服とし、靴下の箱を抱えてどこかへ行ってしまった。
ソフィーがインタビューを再開する。「ところで、エテ公は料理がとっても上手よね? 今夜は腕前を披露してくれないのかしら?」
エテ公が頭をトントン叩きながら答える。「キャイキキッキキュカキューキュウ(ごめん、なにも準備してないや。冬は食べ物が少ないからね。木の実を探すのも一苦労だし、昆虫もあんまりいないしさ)」
ソフィーは黙って頷いていた。この回答は後ほど、精霊研究に
〝木の実をふんだんに使ったクリスマスプディングがあれば、おいらとしちゃ最高じゃよ。デュラハンがそれに血をぶっかけて、人魂の炎でフランベするんじゃ。ケッケッケッ〟
※クリスマスプディング……イギリスの伝統的な菓子。
※デュラハン……アイルランドの伝説的な妖精。
※フランベ……伝統的かどうかわからない炎による調理法。
ソフィーは続いて、ヤットにもマイクを向ける。「ヤットさん、あなたはなにか、視聴者に向けてメッセージはございますか?」
ソフィーから向けられたマイクにじっと視線を落とすヤット。「さっきからその棒に声を送っているが、中になにか入っているのか?」
「いいえ」その質問にも冷静に対応するソフィー。「あえて言うなら、〝機械〟が入っています。あなたたちからすれば、魔法のように感じるかもしれませんわね。音の波を電気信号に変換すると言いますか──」パッキンゴム大学出身であれば難なく説明できるものである。
「じゃあ、この機械はなんのために向けているんだ!」ヤットはいきなり撮影カメラに掴みかかった。「大砲かと思ったら口にガラスの蓋がしてある。レーザー光線か? 出せるものなら出してみろ!」
こんなこともあろうかと、予備のカメラが用意されていた。第二カメラがヤットと群がるスタッフたちを捉える。暴徒と、それに立ち向かう機動隊のようであった。
「ヤットさん、落ち着いてください。我々人間はあなた方に危害を加えません」
「おれたちが機械を恐れると思ったか!」ヤットは力ずくでカメラを奪い取り、地面に叩きつけた。
エテ公が悲鳴を上げる。「キィイイー? キカッキュ!(あぁ、誰が弁償するの? ぼくは知らないからね!)」
ソフィーはもちろん、報道に携わる人間としてそれくらいでは怯えない。パッキンゴム大学出身であることとは関係なしに視聴者へメッセージを送るべきだと思った。
「テレビの前の皆さん。このように、月の裏側から追いだされた精霊たちは地上の生活になじめず、大変苦労しています。どうか精霊たちへ温かいご支援をいただけませんでしょうか。今宵この墓地で、私が感じております身の震えは、決して死者が眠る場所であるとか季節のせいばかりではないと思います。どうか、彼らのような存在も我々と同じ世界にいることを忘れないでください」
この呼びかけにテレビ局には、世界中から12ポンド3ユーロ2ドル464円の寄付金が集まった。それらは全額精霊たちに渡されたが、エテ公が「キュキュイッキュ(テレビカメラの修理に使ってください)」と言って返した。まるで足りなかった。
やっぱり首なし馬が好き 崇期 @suuki-shu
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