幕間 ギルドナイツ&ギルドマスターside.1

 どこかの執務室であろう部屋に5人の人間の姿があった。


 造形のいい美しい彫りが散りばめられている木製のテーブルの周りに、二つの鈍い光沢を放つ黒革のソファ。そして、出入り口と反対の上座の位置に立派なドラゴンの皮の椅子。

 上座に白髪の老人が座り、ソファに白い鎧を纏った男女の姿があった。

 

 青い水晶玉から壁に光が投影され、どこかの景色が映し出されていた。

 この魔道具の名は『月影の宝玉』。

 使用者の魔力操作可能領域内であれば、ありとあらゆる現象を把握することができる代物だ。

子供機を使えば、正確にその場の状況を観察することが可能だ。


 ギルドマスターはこの魔道具で都市内の全域を監視し、読み取ったイメージを『記憶投影魔法』で再現するのが得意である。そのため、この街ではいかなる悪行も看破される。


 しかし……時には、それを恐れない勇者も現れる。


 水晶が映し出したのは、都市郊外にあるダンジョン前広場であった。

 ルーキーの冒険者が必ず攻略に挑む数少ない低ランクダンジョンであるが故に、そこにはたくさんの人で溢れていた。


 そして映像には、ナイフを片手にした少年がなんと刀身を鷲掴みにして相手の虚を突き、隙を晒した男に強烈なカウンターを叩き込んでいる様子が投影されていた。


 「ほっほっほ!あの少年中々やるではないか!」


 顎髭が特段長い老人、ギルドマスターが一人愉快そうに笑っていた。


 「ドンク・ロバートは人格的に問題点はありましたが、実力に関してはDランクと同等でしょう。Fランク程度の実力の者が勝てる見込みは薄いと考えるのが自然です。しかし……」


 ゆるふわのウェーブがかかった小麦色の髪の少女が口を開く。


  「ディラン・ヘンストリッジはFランクでありながら、苦戦の末に彼に勝利しました。ステータス的にもFランクの範疇を超えています」


 その少女、ソフィア・スカーレットは呟きながら自身の考えをまとめていた。


 「ははは!流石、俺の一番の親友だ!」


 その横で、スベン・ハイゼンベルクがその映像を見て満足気に笑っていた。

 

 「センスあるなぁー、でもまだ貧弱だなぁー」


 向かい側に座っているグレーの髪の眼帯を付けた小柄な少年、グレイ・ノースが肘をテーブルに付いてギラギラとした金色の目を向ける。


 「おやおや、見た目で判別つかないのはあなたで証明されてるんですがねー」


 その横に座る白髪の髪の長い細身の男、ユリウス・フォトンギアがグレイに軽口を叩く。


 「そうだねー、見た目で判断する奴は絶対この世界じゃ長生きできないよー」


 と、グレイはニッコリと不相応なわりかし厳しい言葉を吐く。


 この世界はスキル、ステータスの順で総合的な強さへの干渉が弱まっていく。

 例えば、いくら見た目が筋骨隆々の男であったとしても、ステータスの筋力値がほっそりとした少年の方が高ければ、腕相撲をしたら少年が勝つのだ。


 そして、スキルを持たざるものは絶対的に最下層のものとなる。

 いくら、ステータスを鍛えようともスキルの有無で勝敗は決してしまう。


 結果的に言ってしまえば、スキルの熟練度とステータス値が高いものほど有利を得るのだ。


 目の前の少年が先程やってのけた『初級剣技』《ヴァードガント》を打ち払った芸当。

 あれは少年のスキルとステータス値の合わせた力が剣士の男に優ったのだろう。


 そして、『獅子の牙』リーダー、ドンク・ロバートとの対峙。

 不利な状況でありながら咄嗟の判断で相手の虚をついてカウンターをする可能性溢れる戦闘センス。


 「ディラン・ヘンストリッジ……君の成長が楽しみだよ」


 グレイ・ノースは凄絶な笑みを浮かべ目を爛々と輝かせた。


 「しかし、彼は冒険者規則を違反してしまっています。先日、当該ダンジョンのマッピング・調査を依頼を引き受けてくれましたが、それも叶わないでしょう。ギルドマスター、いかがしますか」


 「ふむぅ……」


 ソフィアの指摘にギルドマスターは考えこむ。


 ディランの類い稀なマッピング能力は『迷宮の活性化ラビリンスイクシード』の状態にある『春の草原』攻略に必要であろう。

 地形を知ることで状況把握や戦略を組み立てることができるので、ディランが今冒険者規則違反を犯してしまったことは痛手だった。


 「その件なんだけどよぉ……ディランは因縁つけられて挙句に武器を向けられたんだ。自ら望んでナイフを抜いた訳じゃなく、あくまで護身のためだ。情状酌量の余地はねーか?」


 スベンがすかさずギルドマスターに訴える。

 流石に無罪放免とはいかないだろうが、ディランとドンクの両者の非を公正に判断するためにギルドマスターへ言葉を漏らした。


 「そうじゃのう……」


 「いいんじゃないでしょうか、ギルドマスター。様子を見てみても『獅子の牙』の方が先に抜刀していることですし」


 「ユリウス……」


 ユリウスが自身の長い髪を指でくるくるといじりながら言い、それにスベンが警戒するようにユリウスを射殺すような目つきで睨みつけた。

 瞬間、執務室の中の空気がゾッとするほど張り詰めた。


 「どういう風の吹き回しだ」


 「おやおや、そんな怖い顔しないで下さいよ。スベン、顔に皺が残りますよ?」


 「黙れ、お前は目に余る行動が多い。信用できると思うか?今度は何をするつもりだ」


 「これは酷いことを仰いますね。私は規律を守らない不届き者を罰しているだけですよ?」


 ユリウスも真顔で返しスッと見つめ返す。

 途端に、スベンが牙を剥く猛獣の如くすぐにでも襲いかかってきそうな覇気を噴出した。


 ユリウス・フォトンギア。ギルドナイト第11位、迷宮都市ケルオン支部最高指揮官。

 その性格は残忍で、規律を遵守する狂人だ。

 規律を犯したものには苛烈な私刑を加え、幾度となく人を殺めてきた爆弾だ。


 「お前はやりすぎなんだよ。いい加減理解しろ」


 「ふっ、私は何もやましいことはしてませんけどねー?」


 苛立ったように表情を変化させるとユリウスも空気が拍動するほどの魔力を放出し、スベンに叩きつける。


 両者は睨みあい、圧をぶつけ合う。並の冒険者であれば失神するほどの圧力だ。

ユリウスが魔力を編み出し、スベンが四肢に力を込める。

 張り詰めた糸がはち切れそうなほど、緊張が高まった瞬間ーー。



 「ほっほっ、二人ともそこまでじゃ」



 その時、ギルドマスターが清流の如く澄んだ魔力で空間を満たして、この場を制した。

 はぁっとため息をついて矛を収めるユリウスに、未だ睨みつけたままのスベン。


 「うむ、ディラン・ヘンストリッジの処遇は1週間の留置としよう。『獅子の牙』の面々は『審問裁判』にかけるとしようかの」


 ギルドマスターは魔力を霧散させて宣言した。


 「皆のもの、良いな?」


 「「「「了解しました」」」」



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外れスキル《栽培》でドーピングしまくって最強を目指す!ーーパワーに極振りした俺は「無能は消えろ」と追放してきた元パーティメンバーを粉砕する。 Axiom @Axiom

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