⑦ 理子の感謝

 誘拐事件が発生して2日、星羅は一人、学生食堂にいた。


 その日、救急車に運ばれた後、軽く医師の診察を受けたものの、大丈夫だと言われ、その後警察の事情聴取も受けたが、そのまま自宅に返される事となった。

 衛は星羅に対し、いつも通り兄として接してくれた。しかし、星羅にとっては、救急車の中で衛が言った「忘れろ」と言う言葉が何処かで引っ掛かっていた。

 あの時、星羅に何があったのだろうか。誘拐犯は今どうなっているのだろうか。

 しかし、思い出そうとする程6年前の悪夢が蘇り、邪魔をしてくる。


「だからお兄ちゃんは忘れろって言ったんだろうな……」


 星羅は一人呟いていた。



「ごめん、隣いいかな」


 ふと、星羅に声を掛ける人がいた。


「……! 理子!?」

「また元気が無さそうじゃないの、どうした?」


 理子だって、誘拐事件に巻き込まれ、怖い思いをしたはずだ。それなのに、ここまで元気そうにしているなんて。星羅は驚いていた。


「理子!? 大丈夫?」

「私は過去の事は気にしないようにしているからね。例えどんなにひどい経験をしたとしても、その次の日は明るく生きようと思っているの」

「そう……」


 理子は精神的に強い。星羅はそう確信した。


「そしてごめんね。星羅の事を救えなくて。私の能力は懐中時計に封印されている十二支を召喚するというものなんだけど、まだ未熟で1体しか召喚できなくて……それでその1体がダメージを受けて消えると失神してしまうんだ」

「そ、そうなんだ……」

「……パパなら12体一度に召喚できたんだけどね……パパ、理由は分からないけど去年、異能が使えなくなっちゃたんだ。それで私がパパの懐中時計を受け継いで、私が異能を使っているんだ。だから私はまだ異能者としては半端者。もっと私がしっかりしないと……!」


 理子の家庭事情については分からない星羅だったが、何か重い物を背負っているというのは感じ取れた。しかし12体もあれを召喚できる理子の父って凄く強いんじゃ……と星羅は思った。

 だが、次に理子の話した言葉に、星羅はとても驚いた。


「そして星羅、ありがとう。私を救ってくれて」

「!!!? 」

「私は失神していてあの後の事は分からないけど、状況的に星羅が何とかした事だけは分かる」


(理子を助けた!?  私は異能者の誘拐犯が許せなかっただけ! しかもその後の事は思い出せない!)


 星羅は戸惑うばかりだった。


「どうしたの星羅」

「……いや、何でもないよ!」

「私は星羅に感謝しているの。あの時、星羅が動いてくれなければ、私達は殺されていたかもしれない。売られていたかもしれない。それを避けられたのは、星羅だと思う」

「……」


 星羅が覚えているのは理子と共に捕らえられている時、手に大鎌が握られる感触があるところまでである。

 その後の事はどす黒い感情に押しつぶされ、何も覚えていない。

 しかし、いきなり手に大鎌が握られる筈が無く、それが指すところは……。


(もしかしたら、私、あれだけ憎んでいた異能者かもしれない……!!)


「う……うう……」


 星羅はいきなり泣き出した。


「どうしたの星羅!」

「私が異能者に両親を殺されたって事は分かるよね」

「うん、その話は聞いた」

「それで私、異能者を憎んでいるんだ」

「それも知っている」

「それにも関わらず、もし私が異能者だったら私はどうすればいい!?」


 星羅の悲痛な質問に、理子は少し悩んだのち、口を開いた。


「うーん、別に普通に生きればいいんじゃない?」

「え?」

「確かに星羅には辛い過去があるかもしれない。異能者を憎んでいるかもしれない。けど、それが自分が異能者である事を否定する必要は無いと思うんだ」

「けど!」

「きっと、星羅が私を助けたのは、その異能があったからだと私は思っている。星羅が望むなら、異能の事を忘れてそのまま過ごすのもよし。異能者として人助けをするのもよし。まぁ、あの様子だと星羅もまだ異能を使いこなせていないみたいだから、特訓が必要になると思うけど」


 理子がそこまで言った途端、星羅はふと思い出した。


……


「や……やめろ!」

「いきなり首を切り離す事はしない。もっと傷を作ってからあの世に送ってあげる……」


……


 あの時、誘拐犯の雲居の身体を惨たらしく切り刻んだ事を。


「う……うぐっ!」

「どうしたの!? 星羅!」

「……ごめん、私は調子が悪いから一旦帰る! 理子はそのまま残って食事をしていて!」

「わ、分かった!」


 嫌な事を思い出し、気分が悪くなった星羅にとって、これ以上異能の話を聞くのはきつかった。

 星羅は一人、学生食堂を後にする。


(仮に私が異能者なら、私自身が人を傷つける存在じゃない! いくら理子を助けたとしても、そんなの嫌だ!)


 星羅は心をぐちゃぐちゃにしつつ、大学内を走るしか無かった。


――――――――――


 同時刻、俊介は拘置所にてある人物と面会していた。


「お初にお目にかかります。私は小松川興信所の所長、瑞浪俊介と申します」

「お……俺は虻田だ。何だ? 誘拐の事か?」


 誘拐犯の一人、虻田だ。もう一人の誘拐犯、雲居は傷が深いため、病院で治療中だ。


「まぁ落ち着いて下さい。私は警察ではないので何故誘拐したかという詳しい事は聞きません。教えて欲しい事は一つです」

「……一体何が聞きたい」

「誰、いや、何処の組織に言われて誘拐を行ったのですか」

「……それを聞いてどうする」

「貴方がたがやった事は、理由を語る事はできませんが、東京を壊滅させ兼ねない行為でした。しかし、虻田さんの一言によって、大きくその手がかりが進む可能性があります」

「何だと! 東京を壊滅させるなんて聞いてないぞ!」


 虻田は驚愕していた。


「だから教えて欲しいのです、何処から言われて誘拐を行ったという事を」


 しばらく間を置いて、虻田は口を開いた。


「……俺も詳しい事は分からねぇ。だが、確か上は自分達の事を『まつろわぬ民』と呼んでいたような記憶がある」

「『まつろわぬ民』……ありがとうございます。私が聞きたかった事は以上です」


 その言葉に何処か引っ掛かりを感じつつ、俊介は拘置所を去った。

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カフェ『シャーロキアン』の事件簿 Range @dreamphoto33

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