⑥ 復讐の大鎌

「さて、蛇毒でしばらく眠ってもらおうか」


 虻田と呼ばれた誘拐犯の1人は、2人にゆっくり近づいた。

 だが、圧倒的優位の中、完全に油断をしていた。

 星羅に握られた大鎌によって、雲居と呼ばれた男性の出した紐のようなものを切断したのだ。


「!! ……貴様、まさか、異能者だったのか……!」


 思わぬ出来事に驚く誘拐犯。


「だが、俺の腕で噛んで毒を流せばおしまいよ!」


 虻田は星羅に向け、蛇の腕で噛もうとした。

 だが、その直前で、星羅は虻田の肩に大鎌を突き刺していた。

 すると、虻田の腕が元に戻っていった。


「!! 馬鹿な! 俺の腕が!」

「……異能者は許さない……」


 星羅はそれでも攻撃を続け、虻田に幾度となく大鎌を突き刺した。


「グッ! ウグッ!」

「……異能者は地獄の様に苦しんで死ね!」


 虻田の様子を見て、雲居は焦った。


「虻田! 今助けるぞ!」


 雲居は星羅に向けて、白い紐のようなものを飛ばし、星羅の大鎌を奪おうとした。

 しかし、星羅は大鎌を振るい、紐のようなものを自分から逸らした。


「貴方も異能者なのね……」

「!!」


 星羅に睨まれた雲居は怖くなり、一瞬動けなくなった。

 そこに星羅が一気に雲居に近づき、彼の肩に大鎌を突き刺した。


「ぐっ! だが、俺の能力で捕えれば……!」


 雲居がそう思うも、いくら腕を伸ばしても白い紐のようなものは出てこなかった。


「な……何故異能が使えない!」


 その隙に、星羅は今度は雲居の腹に大鎌を突き刺した。


「ぐ、ぐわっ!」


 雲居はその場に倒れ、すかさず星羅はその上に乗り、雲居の動きを封じた。


「や……やめろ!」

「いきなり首を切り離す事はしない。もっと傷を作ってからあの世に送ってあげる……」


 星羅は雲居の腰に大鎌を刺した。


「ぐっ!」

「まだまだ……」


 星羅は雲居の胸に大鎌を刺した。


「ぐわっ!」



「ひ……ひぃ!」


 あまりに凄惨な様子に、ある程度軽傷だった虻田はその場から逃げ出した。

 そして、雲居は完全に意識を失っていた。

 更に雲居を痛めつけようと星羅は思うも、ある事を思い出した。


「そう言えば理子も異能者だったよね……」


 そう星羅が言うと、星羅は雲居を痛めつけるのをやめ、理子に向けて近づいた。


「友達を殺すのは不本意なんだけど、私は異能者を消さなければならないの。ごめんね……」


 星羅は、理子に向けて大鎌を振り下ろそうとした。



「やめろ! 星羅!」

「!!」


 そこには衛がいた。

 衛はピアノ線を自在に操る異能を使い、星羅の首に巻き付け、強く締めた。


「すまん……星羅……」


 星羅は意識を失い、その場に倒れた。



「ようやく偽救急車の位置が分かり、行ってみたらこの有様か……」


 現場に残された衛は、冷静にその様子を分析していた。

 血に染まり、意識不明の誘拐犯、雲居。血には染まっていないものの、過労らしき症状で意識を失った理子。そして、先程衛が暴走を止めた星羅。

 探偵業にある程度慣れた衛でさえ、この現場は凄惨だと感じていた。


 まず衛は最も重症である雲居の様子を確認した。息はある。生きている。

 理子も一時的に意識を失っているようで、命に別状は無さそうだ。

 星羅も乱暴に止めたとは言え、特に問題は無いだろうと衛は感じていた。


「おそらく、誘拐犯は星羅のトラウマを刺激したんだろうな……これは警察よりも先に小松川さんに連絡した方がいいだろう……」


 衛は携帯電話を取り出し、小松川に電話を掛けた。

 その後、衛は現場の状況と、星羅が暴走した話をした。


『遂に恐れていた事態が発生したか……。衛、事後処理は俺に任せろ。とりあえず警察と救急車を呼べ』

「分かりました」


 衛は電話を切り、警察と救急に通報した。


――――――――――


 星羅が再び目を覚ました時、救急車の中だった。


「!!」


 偽救急車で誘拐されたばかりの星羅は、ビビっていた。


「悪い、諸事情により付け回させてもらった。事情は大体分かっている。安心しろ。今回の救急車は本物だ」


 救急車の中には、救急隊の他、衛が乗っていた。


「理子は! 理子は無事なの!?」


 星羅は泣き叫んでいた。


「それも安心しろ。命に別状は無い。別の救急車に乗って病院に運ばれている」

「そう……」


 星羅は一安心し、落ち着いた。

 その様子を見て衛は星羅に、真剣な目をし、質問を投げかけた。


「星羅、誘拐された事以外で何か覚えていないか?」

「ええと……異能者を消せとどす黒い感情が流れ込んできて、何故か知らないけど大鎌を握った時の先の事はよく覚えていない」

「……その事は忘れろ」


 衛は冷たく星羅に言い放つ。


「え?」

「その事は星羅にとって思い出してはいけない記憶だ。忘れた方がいい」

「……分かった」


 訳の分からない星羅だったが、彼女としてもこれ以上どす黒い感情に支配されてはいけないと感じ、納得する事にした。


――――――――――


 事件の夜、シャーロキアンで会合が開かれた。

 参加者は、小松川、衛、蘭、俊介といった星羅の関係者、更には小松川の関係者が十数人集まっていた。

 皆、異能者サークル『ベイカー街』のメンバーだ。

 小松川が発起人となり、異能者や情報提供者が集まり、人知れず警察だけでは手に負えない異能事件を解決してきた。

 星羅の監視についても任務の一つ。と言うより、星羅に平穏な生活を送らせる事がベイカー街の最も大きな任務である。

 また、ベイカー街のメンバーには警察もおり、世間に影響の大きい事件については公表を控えることができる位の力がある。


 参加者が集まったのを確認し、小松川は重い口を開いた。


「皆、今日集まったのは他でもない。瑞浪星羅の事だ」


 瑞浪星羅、その話を聞いた時、参加者は皆、悲しい顔をした。


「今日の昼、瑞浪星羅とその友人、桂理子が誘拐され、その過程で星羅の異能が発現し、誘拐犯に重傷を負わせた」


 そこに俊介が話を挟んだ。


「星羅の異能は6年前、弟の隆二……星羅にとっては父になりますが……彼が異能者に殺された事により、発現した能力です。星羅にとって、異能はそのトラウマと結びついているため、異能発現時には異能者を決して許さないと感情で満たされます」


 その時、俊介にこみ上げてくる悲しみがあった。それでも俊介は話を続けた。


「星羅の能力は、能力で大鎌を発現させます。その大鎌で傷を付けられた者は、異能が使えなくなります。異能者と戦うに当たって強力な能力ではありますが……私は星羅に……異能の事を忘れて欲しかった……」


 そこまで言うと、俊介の目から涙が流れてきた。その様子を慮ってか、小松川はその場から離れるよう指示した。

 他の参加者も、トラウマを呼び覚ましてまで、星羅に異能を使って欲しいなんて思うはずもなかった。

 俊介が離れると、小松川は話を続けた。


「星羅の事件については関係各所と連絡し、星羅に害が行かないように調整することができそうだ。その後、再び通常通りの生活ができるようになるだろう。だが、今回の事件で星羅は6年前のトラウマに近づいている。衛と蘭は今まで以上に星羅の気持ちに寄り添って欲しい」

「かしこまりました!」


 小松川の言葉に、衛と蘭は強く答えた。

 小松川は時間を少し置き、別の話題を出した。


「さて、実は問題は星羅だけではない。星羅の友人、桂理子にもある。あらかじめ渡した資料にあるように、理子は六大守護家、桂家に属する者だ。そして若いながらも家宝を受け継いでいる。しかし、彼女は能力者としては未熟だ。……そこを誘拐犯は狙ったのだろうな」

「東京で災厄を起こそうとしている者達にとっては、今が恰好のチャンスですからね」


 衛が小松川の言葉に補足を入れる。


「当然、この件については六大守護家にも話をしている。向こうも誘拐事件は重く見て、今度、六大守護家の一つ、九条家の異能者がベイカー街に派遣される事になった。しばらくは八王子に住む事になるらしい」

「ま、これは仕方が無いですよね。新しい人と上手くやれるといいのだが……」


 衛は九条家から派遣される人の事を思っていた。


「ベイカー街の方針については、星羅と同様、理子も全力で支援するつもりだ。異論は無いか?」


 小松川の問いに対して異論を出す者はいなかった。


「俺から伝えたい事については以上だ。今日はこれで解散にしよう」

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