第四話

 僕ね、彼は自殺したんじゃないかって思うんです。

 遠くへ行きたい。って言ってたんですよ。最後に会った時。

 開発が行き詰まってるかって言うと別にそんなことはなくて、十分なクオリティで仕上がってるのに、なにか納得いかないみたいでした。

 じゃあ、旅行でもしてきたら、って言ったんですけど、彼は「そうじゃない」ってなんだかぶすっと機嫌悪そうにしてて。

 そうかと思えば、急に上機嫌になってVRの仕様を変えようとか言い出すんですよ。

「せっかくどこへでも行けるんだから、月とか太陽とかにも行けるようにしよう。そうだ、天国とかどうだ? 行ってみたいと思わないか?」

 って。僕は、その案を却下しました。

 僕としては観光地に行ければよかったので、そこまでしなくてもいいと言うか、やるとしても追加コンテンツかなー、くらいにぼんやり考えてました。

 今にして思えば、あの時話を聞いておくべきでしたね。本当に悔やまれます。

 友人が「あの世に行きたい」とか言い出したのに、後回しでいいやって思っていた当時の自分が本当に腹ただしい。

 どうやってあんな場所で凍死したのかは、僕にはちょっとわからないんですけど、彼らしいと思いますよ。

 好きなものを突き詰めて、頑張ってる最中にそのまま死ぬなんて。




 コーヒーを一気飲みして、田島が言った。

「絶対社長ですよ! 人が死んだ時に「悩んでる様子だった」とか「あの時相談に乗ってれば」とか言い出す奴にはロクなのがいないんです! あの話、絶対被害者が自殺をほのめかしてた、ってことにするためのでっち上げですよ!」

「なんかあったのか。そんなに荒れることないだろう」

 私もコーヒーを飲みつつ、豆菓子の入った三角の袋を開ける。

「荒れてません。絶対あの人だって思ってるだけです」

「そうやって決めつけるんじゃない。問題の殺害方法もわかってないんだしさ」

 たしなめてみても、田島は反省する様子はない。コーヒーに砂糖を入れながら、投げやりに話を続けている。

「社長が例の自家用ジェットでエベレストまで連れてったんじゃないですか? エベレストじゃなくても、他の寒い雪山とか」

「いいや。私もそう思って飛行機の発着所を当たってみたけど、事件のあった土日、村山さんは福岡に行ってたみたい。福岡空港に着陸して、そこから博多観光してた、って感じかな」

 手元にある空港の記録を見せながら説明する。田島は「うーん」と声をあげた。

「うーん。じゃあ、寒い地域に被害者を連れて行った、ってわけじゃないんですね」

「被害者の入ったキャリーケースを抱えて雪山を登ったとは考えにくいしなぁ」

 もう、ここまで出かかっている気がする。後ちょっとで、なにか掴めそうだ。

「コーヒー、濃いめでお願いしていい?」

「熱いのにしときます?」

「いや。普通で大丈夫」

 不自然な凍死。遺体のそばに転がっていたキャリーケース。旅行。ジェット機。

 モヤモヤと、頭の中で噛み合いそうで噛み合わない。

 どうやって殺したか。誰が殺したか。ふっと、田島の言葉が脳裏によぎった。自家用ジェットでエベレストまで連れてったんじゃないですか?

「どうぞ」

「うん。ありがとう」

 濃いめのコーヒーを喉に流し込む。なんだか頭がしゃんとするような気がする。

「どうやって被害者の体を凍死するところまで冷やしたか、それが問題なわけだけど……。田島の言う通りだ。村山社長には、人を凍死させる方法がある」

「マジですか」

「ジェット機で寒いところまで連れて行ったんだ」

 私が言うと、田島は不満げに口を尖らせた。

「えー、先輩が自分でそれは違うって言ったんじゃないですかー。それに、ジェット機の行き先は福岡ですよ? めっちゃ南の方じゃないですか」

「いいや。離陸さえしてしまえば、着陸場所はどこでもよかったんだよ」

「え? でも凍死させなきゃいけないんでしょ? だったら寒いところに行かなきゃ。福岡じゃちょっと暖かすぎますよ」

「行ってたんだ。飛行機が飛んでるような高度って、気温はマイナス五十度を切る。だから、犯人は被害者が入ったケースをジェット機の貨物室に入れて、貨物室の空調を切っておけばいい。それだけで、ケースの中の被害者は凍死する」

 実際、荷物を運び込んでいた作業員が貨物室に取り残されたまま飛行機が離陸、同僚が気づいたから助かったものの、危うく凍死するところだった、という事例もあるらしい。

「うわぁ……。あんまりしたくない死に方ですね……」

「それで、適度に福岡をぶらついてから日曜のうちに帰り、三島さんが出社してくる前に山本さんの遺体を現場に置いた。そういうことだろう」

 さて、ここからが本番だ。

「と、いうわけで色々調べに行くか。捜査令状を取るから、鑑識に声かけといてくれ」

「了解でーす」

 調べるのは、二つ。

 一つは、問題のジェット機の貨物室に、キャリーケースの痕跡が残っていないか。

 村山さんは大きいキャリーケースを旅行初心者向け、と言っていた。ジェット機を購入したのは最近の話だ。最近買ったはずのジェット機から、最近使っていないはずのケースの痕跡、例えばタイヤの跡などが見つかれば、それなりの証拠になる。被害者の痕跡が見つかれば御の字だ。

 もう一つは、空港の監視カメラ。

 カバーをかけるなりなんなり対策を打っているかもしれないが、どこかで一瞬でも村山さんが例のキャリーケースを持っているところが確認できればそれでいい。

 少しだけ残っていたコーヒーを飲み干して、私たちは諸々の手続きをするために席を立った。

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オフィス内エベレスト タイダ メル @tairanalu

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