第三話
熱いコーヒーを飲みながら、今聞いたことについて田島と話し合う。
「やっぱコーヒーのお供はカントリーマアムに限りますね」
「え? 豆菓子じゃないか?」
「コーヒーって豆っすよね。なんで豆with豆なんですか。もうちょっとバリエーション欲しいです」
「カカオも豆じゃないか」
「小麦粉も入ってるからいいんです」
「それはさておき、だ」
「うっす」
鑑識に問い合わせたところ、確かにキャリーケースから濡れた痕跡が発見された。
「ケースの中に氷ですって」
「本物を追求し続けた職人魂が、偽物のはずの映像を本物に……。非現実的だな」
これは、そういうふわふわした話ではなく、現実に起きた殺人だ。
解剖が進んだ結果、被害者に睡眠薬が盛られていた形跡が見つかった、という報告も入ってきた。
「いやー、でもそういうのロマンですよね。僕は好きですよ」
「好きだからって、それで報告書書くわけにもいかないだろう」
「そうですねー」
しかし、だ。
「本人以外の物質にも影響があったってことは、思い込みで寒くなったって線は完全に消えたな。いくら寒いと思い込んだって、VRの氷を現実のケースに入れられるはずはない」
「状況的に、犯人は睡眠薬で眠らせた被害者をキャリーケースに詰めて閉じ込め、寒いところに放置した、ってところでしょうか。それで、被害者の呼気に含まれる水分から霜が発生した。そして、三島さんはそれが溶けた水を目撃した」
「そうだな。私もそう思う」
依然として、その寒いところ、というのがどこかはわからない。
「ちなみに、そのキャリーケースって誰のなんです? 被害者ですか?」
「いや、話に出てきた社長のものらしい」
「うわー。その社長めっちゃ怪しいじゃないですか」
「こら。そういうことを言うんじゃない」
時計を見る。次の参考人に話を聞く時間だ。
「よし、次行こうか」
次の参考人は村山拓海。被害者の務めるベンチャー企業の社長。旅行好きで、被害者と双璧をなす会社の中心人物。
どんな話をするのだろう。
第一印象は、子供っぽい人だな、という感じか。
背が低く、童顔。どちらかといえば愛嬌のあるタイプの男性。言われなければ誰も一企業の社長だとは思わないだろう。
「明太子スナック、いります? 土日に旅行してたんでお土産に買ったんですけど、こんなことになっちゃったから、社員に配るタイミングがなくて……」
村山さんがしょぼんとした顔で差し出したスナックを、田島は嬉しそうに受け取った。
「わー、ありがとうございます! おいしいですね、これ」
「犯人、捕まりそうですか?」
村山さんは、不安げに眉が下がった顔で聞いた。
「捜査中です。なにぶん、特殊な亡くなり方をされているので、捜査が難航してまして」
「ですよね。なにが起きたらあんなことになるんでしょう……」
「なにか、最近変わったことや気になることはありませんでしたか? 些細なことで構いません」
村山さんはうーん、と首をかしげた。
「そういえば、山本さん、最近悩んでる様子だったな……。でもだからって、特別なにかが起きたりはしてません。変わったことって言ったら、最近僕が思い切ってジェット機を買ったくらいで」
「ジェット機! それはすごいですね! 高かったでしょう!」
田島の驚いた声に、村山さんは嬉しそうに応える。
「ええ、そりゃあ高かったし、免許とか大変でしたよ。でも、ほら、これで旅行するのに飛行機取らなくてもよくなりました。移動時間も格段に短くできるので、旅先の滞在時間を増やせるんですよ」
「本当に旅行が好きなんですね」
私が言うと、村山さんは元気よく頷いた。
「ええ。日常を離れて、普段は縁遠いものを見に行く。こんなに楽しいことはありません」
なるほど。三島さんの言う通りだ。この人は相当旅行が好きらしい。
「一つ、お聞きしたいのですが、現場に残されていたキャリーケース。あれも旅行用ですか?」
「はい。あれ、たくさん入るでしょう? 旅行初心者だった頃に買ったやつでして。あれもこれも必要なんじゃないかって、とにかくたくさん入るのを選んだんです」
「我々はあのキャリーケースが犯行に使われたと見ています。普段はどこにしまっていましたか?」
「山本さんに貸してました。最近、自分も旅行してみたいって言うから、じゃあこれ使うといいよって。最初のうちは大荷物で行って、現地で必要なものを選んだ方が無難ですから」
そこで村山さんは、はた、と話をやめた。
「いや、そういえば金曜に「しばらく作業に集中するからその間は旅行しない」って返してくれてましたね。で、確かオフィスの倉庫に置いてたような……。なにぶん大きいので、持って帰るのもめんどくさくて」
「つまり、ここに出入りしている人なら、あのケースのありかを知っていてもおかしくないと」
「そうですね……」
村山さんは顔をしかめた。
「どうかしましたか」
私が聞くと、村山さんは目を伏せる。
「いや、彼がなにか悩んでる、って思った時に、相談に乗っとくべきだったなって思いまして」
「そんなに深刻そうだったんですか」
私が聞くと、村山さんは話を始めた。
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