第二話
参考人は、被害者の同僚の三島大吾。パリッとしたスーツに、ワックスで固められた髪、靴も腕時計も人に見られることを意識しているのが見て取れる。無理に見開いているのでは? と思うほど目が大きく、しゃんと伸びた背筋のおかげで、細身の体格の割には少しばかり威圧感がある。会社では広報を担当しているようだ。
彼がこの事件の第一発見者である。一番乗りで出勤したところ、死んでいる山本さんを発見したそうだ。
開発にはさほど関わっていなかったそうだが、新しい会社で社員も少なく、違う部署ながら被害者のことはそれなりに知っているらしい。
「彼、凝り性でしたからね。本当に寒さを体感できるようなVR、作れちゃったのかもしれません」
冗談半分、と言った調子で話す。口の動きがとても大きい。職業柄だろうか。
「いやいや、まさかそんな」
「いやー。僕にはああいうの、真似できないですね。何時間も何日もずーっと集中して作業してて。彼がいなくなっちゃったんじゃ、このプロジェクトは潰れるかもなぁ」
ぼやくように呟いた言葉に、田島が応える。
「そんな重要人物だったんですか?」
「ええ。うちで一番ネットとかパソコンとかに詳しい人でしたから。社長が環境を整え、山本さんが中心になって開発をする。そういう風に回ってたんです。山本さんの代わりが簡単に見つかるとも思えないし……」
その社長、村山拓海も参考人の一人である。
「現場を見たとき、気になることとか、なにかありませんでしたか?」
田島の質問に、三島さんは少し悩んで、首を傾げてから答えた。
「……ない、ですね」
「些細なことでもいいですよ」
「いや、些細なこと、というか。多分僕の思い違いなので、警察の方に話すようなことでは」
私は、できる限り穏やかに見えるように笑みを浮かべる。
「多少非現実的でも、我々は笑ったりしませんから大丈夫ですよ。案外、捜査してみたら枯れ尾花かもしれませんしね」
三島さんは少し悩んでから、おずおずと言った。
「いいですか?」
私は頷いた。
執拗に作り込まれた偽物は、本物になり得る。虚像でも、現実を侵食することが、あるのかもしれません。
特に彼は細部にこだわるので、彼が作るものは本当に本物みたいだったんです。
山本さんは、ネットや電子の世界を愛していました。
所詮は偽物、ってアナログ派の人はよく言うんです。お年寄りとか特に。アバターの服とか買うと「現実のものじゃないのに、なんでお金出すの?」とかね。
僕はまあ、しょうがないかな、くらいのつもりでそういう話は流すんですけど、山本さんは結構本気で悔しがってまして。
「本当に体験したのと変わりないようなコンテンツを作ってやる」
「見た人が現実だとしか思えなければ、それはもう現実と変わりない」
「虚像と現実の境目ってどこだと思う?」
って常々言ってました。
で、事件の日なんですけど、最初は、寝てるのかな、って思ったんです。
開発チームの人って、どうしても生活が不規則だし、徹夜とかよくしてるし。
その日は月曜日だったんですけど、金曜日に山本さんが「あとちょっとだから泊まってく」って言ってたのを聞いていたので、ぶっ続けで作業してて疲れたのかなって。
山本さんがVRゴーグルをつけたまま作業机のそばに転がってて、「休憩室で寝た方がいいですよ」って声かけるつもりで肩を揺すったら、冷たくて。
凍死だったそうですね。僕が触った時にはもう溶けていたのか凍ってたりはしてなかったので、普通に心不全かなにかだと思ったんですけど。
すぐに警察を呼んで、待ってる間は気が気じゃなくてオフィスの中でうろうろしてました。
もうね、びっくりするやら心細いやらでしたけど、社長に連絡しなきゃとか、この後出勤してくる人たちに事情を説明しなきゃとか、やること考えて気を紛らわしてました。
連絡入れたらみんなびっくりしてました。社長なんかは、特にびっくりしてて、大慌てでしたね。
土日は旅行に行ってたらしくて「月曜にお土産持ってくるから楽しみにしてて」って言ってたのに、それどころじゃなくなっちゃいました。
あの人旅行が好きで、暇を見つけちゃどこかへ行ってるんですよ。
連絡取れないと困るから、せめて電話の取れるところにいて欲しいんですけど。
今回のVRも社長の発案で、というか社長が欲しいから作ってるようなもんでして。
最近は山本さんも、少し旅行をしてみてるって言ってましたね。VR映像にリアリティ出さなきゃいけないから、実物を見に行ってた、って話でした。
自分の趣味に興味持ってもらえたのが嬉しかったみたいで、社長ってば山本さんに自分の旅行用品を貸したりとかしてました。仲間を増やすチャンスと思ったんでしょうね。同好の士が増えるのは嬉しいものですから。
すみません、話が逸れましたね。
死体を見つけた時にね、山本さんのそばに、いつもは無いものがあったんです。
あんまり現場を荒らしちゃまずいかな、とも思ったんですけど、気になってつい触っちゃいました。
旅行用キャリーケースでした。すごく大きかった。きっと長旅用なんでしょうね。仔牛くらいの大きさの、プラスチック製でした。
それが、ぱかっと開いてて、今ちょうど旅先から戻ってきて、荷物を出した後、みたいな様子で転がってるんです。
僕はあれがずっと気になってて。
中がうっすら濡れてたんです。後で死因が凍死だったって聞いて、僕、とっさに山本さん、ついにやったのかって思っちゃって。
エベレストの氷があそこに入ってたんじゃないかって、一度想像したら頭から離れなくなっちゃって。そんなことあるはずないのに。
VRの仮想世界と現実が繋がることって、あると思いますか?
ないですよね。あるとしても、SFじみた遠い未来の話であって、今じゃないはずです。
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