三年蟻

高黄森哉

僕、和樹は密林へ向かった

 東南アジアの熱帯雨林には、未だに、名前もついていないような、珍しい生き物が沢山いる。それらは、大抵は地味で、発見されても日の目を浴びない。そもそも発見に気が付かれない。しかし、興味深い生態を持っていることもある。僕はそれらの中の一つ、三年蟻を調査しようと計画していた。


 僕は一刻も早く、インドネシアに着け、と願った。インドネシアの無人島、希少な生き物たちの宝箱と呼ばれる島、に一刻も早く辿りつきたかった。セスナからの眺望に、青々と茂るジャングルが広がる。緑の一つ一つは、枝にスポンジをくっつけたような、細かさである。


 ジャングルを、蛇のように大河がのたうっている。この川は、しばしば氾濫する。氾濫すると、生物相がまるで変わってしまうという。三年周期でそれは起こり、多くの生き物が、新たな住処を獲得する。中には、その周期を生活史に取り入れた生き物もいる。三年蟻だ。


 この希少な蟻は、普段は川に住んでいる。河原や川辺ではなく、川の上である。川の中でもない、水上に住処をつくって過ごしているのだ。彼らは、茎が中空になっている植物を重ね合わせた浮島をつくって、そこを住処とする。幼虫に糸を吐かせ、茎同士をつなぎとめる。


 川の流れは普段は緩く、住処が流されることはない。それに、近くに生えている雑草に、巣を固定している。この際は、幼虫の糸だけではなく、彼らの身体を使う。女王蟻を頂点とする社会階層の最底辺に、巣を繋ぎとめているだけの役職があり、彼らが鎖のように体を嚙み合って、巣と茎まで渡している。


 そうやって、出来た橋は幼虫によって何重にも補強され、中に埋め込まれた蟻は飢えで死んでしまう。僕はこの生態を、人柱とよんでいる。巣が出来てから、茎へつなぎとめるのか、それとも、茎から水面への連絡が出来てから、住処をつくるのか、そのプロセスは、はっきりとしていない。


 モンスーンの季節が近づくと、雌の幼虫の中から選ばれた、発育の良い個体が、特別な餌を与えられ、不完全な雄に育つ。この雄は、普通の蟻とは違い、羽が生えていない。後述する、洪水お見合いがあるので、わざわざ羽を使うことに資源を割かない方向で進化をしたのだろう。


 羽がない代わりに、この蟻のオスには巨大なペニスがある。卵管が発達したものだと考えられていたが、これは誤りであることが、最近の研究で明らかとなった。生殖器は常に露出しており、繁殖期間中には、体長の三倍までに膨れ上がる。


 洪水お見合い、と言われる儀式は、雨期の終わりに始まる。川の増水によって住処は、川の終わりまで流されてしまう。つまり名のない湖まで流されることになる。そこでは、多くの茶色いパンケーキのようなものが浮かんでいる。これが彼らの巣なのだが、お互いが衝突すると別のコロニーへ雄を送り込む。大半の雄は、相手の巣の兵隊に殺されてしまい、一パーセントも女王蟻にたどり着くことはできないようだ。


 女王蟻は、雄蟻の精子を使い、次の世代の女王を産む。アリたちは、お見合いが終わると、元居た位置へ戻るのだが、この方法が変わっている。魚と協力するのだ。それは淡水生のフグで、この魚は巣を上流へ運ぶ代わりに、蟻たちから生贄を貰っている。運ばれている間は、一日、十匹が犠牲になるという。





 そろそろ到着なので、一旦、切り上げるとする。



 

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三年蟻 高黄森哉 @kamikawa2001

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