火、私は疲れました。
「私が見ていたのは、あなたの悲劇の
新たに現れた寂れた玉座に、幻の魔女は腰を下ろしていました。
幻の魔女は、地獄から火をもらいに来たような目も当てられない姿で、何もせず座るだけでした。ほんとうに何もしていません。呼吸すらも、していませんでした。
幻の魔女は現実で生きる気力を失い、自身の生み出した幻の中で、生き続けていたのです。
火の魔女には、幻の魔女が
「あなたの気持ちは分かります。とても……痛いほど分かります。あなたにとっての火は、あの子だったのでしょう?」
火の魔女は道中で、幻の魔女が豹変する瞬間を垣間見たのです。それは、幻の魔女が火の魔女に一番に癒やしてほしかった苦痛だったのでしょう。
洞窟で横たわっていた骸骨は、幻の魔女にとって、大切な友達でした。
友達が死んでしまって、幻の魔女は自分も死ぬほどつらい気持ちになって、やがて、復讐に染まりました。もし旅の途中で火を失っていたら、火の魔女も、同じ道に進んだのかもしれません。
「火、そこにいますね?」
火の魔女が振り返ると、火は間違いなくいます。
「悪い夢は終わりました。外へ出ましょう」
火は最後に、要塞を燃やす大仕事を与えられました。それは幻の魔女をきちんと弔うと同時に、『三界は安きこと無し、なお火宅の如し』という、火の魔女なりの皮肉でもありました。
外は相変わらず周りに雪が積もっていましたが、風景はまったく変わっています。無限に続くように思われた銀世界は、幼かった幻の魔女の認識に基づく広さであり、ほんとうは、銀世界にだって果てがあったのです。
丸一日歩けば、港までたどり着きます。魔女は自分が魔女であることを隠し、火をランプの中に忍ばせて、定期船に乗り込みました。船の甲板から見えるのは、小さくなっていく銀世界の姿でした。その反対側は、延々と続く海でした。
「火、私は疲れました。もう眠りたくて眠りたくて、死んでしまいそうなのです」
船内に戻った魔女は、ベッドに横になって、火を見つめて言いました。
「もしまた目が覚めても、ひょっとしたらもうこの世界には、私を受け入れてくれる人も、他の魔女も、いないのかもしれません」
魔女は目を閉じました。
「でもそんなこと、もうどうだって良いのです。火、あなたさえいれば、どんな場所でも暖かくて、明るくなるからです。それだけで、私は幸せです」
船を降りてからの魔女の消息は、誰にも分かりません。魔女は、世間から隠れて暮らさなければならないからです。けれど、どこか遠いところで楽しく暮らしているのでしょう。
その隣ではきっと、いつでも火が燃えています。
おわり
火 鯛焼きいかが @oishiitaiyaki
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