火、燃やしなさい。

「待っていました、火の魔女」


 玉座には、誰かが座っています。


「あなたは、誰ですか?」

「名前など、誰も呼んでくれないものだから、忘れてしまいました。人には、幻の魔女と怖がられていました」


 幻の魔女は、スッと立ち上がります。背丈は、火の魔女とまったく同じでした。


「幻の魔女、私がここへ来た理由は、分かっていますね?」

「ええ。そして、私の答えは『ダメ』です」

「ではなぜ、わざと来させたのですか?」

「あなたを招いたのは、外へ出してあげるためではなく、もっと素敵な提案をするためです。……ねえ、私とあなたで、友達になりましょう? そして、魔女だけの世界を作るんです。魔女が迫害されない、孤独に心を痛めることのない楽園を」


 幻の魔女は、フラフラと火の魔女に歩み寄ります。


「魔女ではない者は、どうするのですか?」

「殺します」


 幻の魔女は、冷たく答えました。


「魔女は、この世界に何人いるのですか?」

「私とあなたの二人だけです」


 幻の魔女は、微笑みながら答えました。


「二人きりでは、寂しくありませんか?」

「けれど、敵となりうる者は誰もいない、永遠に平和な楽園です。あなたが寂しいと思ったときには、私が幻を見せてあげましょう。そうすれば、寂しいと思うことはなくなります」


 幻の魔女は、火の魔女の全てを受け入れる意思を示すために、目の前で両手を広げて言いました。

 火の魔女は、幻の魔女をじっと見つめて話を聞いていました。幻の魔女の考えを理解します。火の魔女を大切にしたい気持ちもよく伝わってきます。

 ですが、火の魔女は、幻の魔女を拒絶します。


「残念ながら、私はあなたとは友達になれません、幻の魔女」


 幻の魔女は、信じられないという様子で目をきました。


「どうして……? あなたは噂に流される愚かな人間たちに捕まって、生きるのも困難な銀世界に連れてこられ、追手に追われて、飢えに苦しんだ。やっとのことでたどり着いた人里でも、怖がられ、迫害され、殺されかけた。その間ずっと、ずっと一人でつらかった。えんえん泣いてしまったのでしょう? 死にたくもなったでしょう? あなたの魔女としての苦痛をほんとうに共有できるのは、同じ魔女で同じ経験をした、私だけなのですよ? いま私を受け入れないなら、心の中で一生癒えない孤独を背負ったまま、死ぬまで生きるのですよ?」

「あなたの言葉がすべて真実だったとしても、だからといって私は、あなたの孤独を癒すためだけのお人形さんにはなれません」


 幻の魔女は怒り狂って、火の魔女からつかず離れず行動する火を睨みました。わっと迫って、両手で火を握り潰そうとします。火は慌てて火の魔女の後ろに隠れました。

 幻の魔女の表情は憎しみに満ち、もはや人間とは思えないほど恐ろしいものに変貌しています。血色が悪く、眉は吊り上がり、裂けるように口が開きます。まるで、怨霊おんりょうのようでした。


「そうね……まだあなたは私とは違う。だから私以外に希望を見出せるのでしょう? 私が経験したうち一つだけを、あなたは経験していない。あなたの目の前でその火が力尽きたとき、きっとあなたは、私と一緒になれる……」

「火、新しい仕事を与えます」


 火の魔女は、見るに堪えない幻の魔女から目を離さずに、冷静に火に告げます。


「幻の魔女を燃やしなさい」


 火は幻の魔女に飛び掛かり、すぐに全身を焼き尽くしました。あまりに呆気ないですが、実際に要塞のあるじは、跡形もなく消えてしまったのです。


「幻の魔女、あなたはあまりに愚かです。あなたは魔女ではない人間たちを恐れる前に、自分自身の中にある狂気を恐れるべきでした」


 火の魔女はきびすを返しました。そしてなぜか、以前追手からくすねた銃を構えました。


「はじめは、誰だって悪くないのです。あなたも、あなたを迫害した人間たちも、あなたを残して死んだ、あなたの大切な友達も。私たちはズレた運命の歯車に巻き込まれ、翻弄されて、転がり落ちてしまっただけ」


 銃声が鳴り響き、火の魔女は反動で尻もちをつきました。

 火の魔女がいた世界は、ガラスのように割れていました。銃弾が撃ちぬいたのは、幻の世界そのものだったのです。

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