第3話 命尽きるまで

 彼女の頬に流れる雫は、一回性の宇宙を残念に思うほど美しかった。それは告白する。

「……そんなこと、思ってくれてたんだな」

「当たり前でしょう」

 彼女の頬にキスをした。その言葉は愛そのものだった。俺にとっては、あなたが光だと、柔らかな耳に囁いた。

 

 通りすがりの男が舌打ちをする。途端に、脇腹に強い痛みが走り、物陰で確認すると、稲妻のような形状の痣が疾走っている。俺はため息をつく。回収は今日も順調だ。俺が生きているだけで、この世は浄化されていくらしい。目の前が暗くなる。この後可奈と待ちあわせなのに。ここで倒れてはいけない。物陰で荒い呼吸を繰り返す。そんな。ここで死ぬのか。こんな偶発的に、

「龍くん!」

 鮮やかな光が現れた気がした。手元が暖かくなる。途端、激痛が嘘のように消えた。

「……可奈?」

「よかった、間に合って……橋場さんに頼んだかいがあった」

「なんだって! 行ったのか!?」

「そうだよ。私が龍くんの苦しみを取り除けますようにって。そうしたら、やっぱり叶えてくれたんだ」

「そんな……代償は」

「それはね……」

 恥ずかしげに微笑む。

「君と私の挙式を橋場神社で挙げること」


   ○


 白無垢の彼女は、息を呑むほど清らかで麗しかった。彼女の覚悟を甘んじていた自分を恥じた。なんと芯のある人なのだろう。彼女の晴れがましい顔が眩しくて、直視するのもやっとだった。

「龍さん。私の命が続く限り、あなたを支え続けさせてください」

「可奈。……ありがとう。こんな俺の側にいると心に決めてくれて」

 神が祝福してくれているのだろうか。あたりに蛍が緩やかに飛び交っているのに、しばらくして気づいた。親類たちが見守る中、俺達は神の所在を意識しつつ、お互いの手を優しく握った。小声で話す。

「もし、私が死んだら、龍くんはまた橋場神社に行く彼女を見つけるんだよ」

「そんな。痣をそのままにして君の後を追うよ」

 可奈が、自分が痛いみたいに顔を歪めた。

「ダメだよ。君は生き続けてほしい」

「君のいない世界に生きる価値なんてないよ」

 手を少し強く握った。可奈は頬を染めた。彼女の命が続く限り、彼女の側に居続けられる幸福を思って、俺は全てに感謝をした。

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翠遥か はる @mahunna

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