コーヒー・オア・ダイ
桐山じゃろ
第1話
カフェインに覚醒成分が含まれることは、周知のとおりだ。
だから、コーヒーを飲む。それゆえに、コーヒーを飲まない。
どちらも有り得る話である。
私は今、窮地に立たされている。
飲めば、死ぬ。飲まずにいれば、死ぬ。
どちらに転んでも、私の前には死神が踊る。
ならば、欲望のままに。飲みたければ飲めばいいし、飲みたくなければ飲まなければいいじゃないか。
私とてそう思う。だが、ことはそうはいかない。
ことの発端は、数時間ほど前だ。
明日提出のレポートの存在に気づいたのは、夕食を食べ風呂にも入り、ア○プラであ○しンちをだらだらと聞き流していたときのことだった。
スマートフォンのアラームがけたたましい音を奏でる。
就寝時間を知らせるタイマーだ。私はよく時間を忘れてあたし○ちを見続けてしまうので、こうして自分を律しているのだ。我ながらものすごい自制力である。
アラームのスヌーズを解除し、○たしンちを見続ける。この話を観終わったら寝よう。
ふと、パソコンのモニタ横のカレンダーを見る。今日は確か、16日。日付が変わったら17日。
17日……?
やっべ。
あたしン○とか観てる場合じゃなかった。慌ててキーボードに向かう。
ワードを立ち上げ、書きかけのレポートを開く。殆ど終わってなかった。
更に拙いことに、提出期限は明日の午前10時だ。
現在午前2時。残り8時間。
うん、無理。
いや語尾にハートマーク付ける勢いで諦めてるんじゃねぇよ諦めたらそこでエンドオブゲームだよ私ならアイキャンフライだ頑張れ私乗り切れ書き上げろ尻尾を立てろ!
尻尾なんて生えてねぇよ!!
自分で自分を鼓舞し、勢いで数枚を書き上げる。残り3枚。時刻は午前3時。
よし、一旦休憩しよう。
あた○ンちでリフレッシュしようとすると時間を無限に吸われるので、Youtubeに切り替える。
オススメに表示されたのは、ふわふわのホットケーキ。
ふわふわの、ホットケーキ。
確か、ミックス粉買ってあったよな。卵も牛乳もある。
丑三つ時に、卵から卵白を分離させて一心不乱に泡立てる女子大学生がここに爆誕する。
片栗粉を混ぜるとふわもっちりが持続するらしい。
YouTuberの言う通りにホットケーキを焼く。
うん、ぺったり。
メレンゲづくりで腕が超痛い。もうYouTuberなんて信じない。
出来上がったふわふわしてないホットケーキを、皿から手づかみしてかぶりつく。
いつものほどよい甘み。少しだけもっちりしている、気がする。メレンゲはどこへ行ったんだ。
もしゃもしゃと半分ほど飲み込んだあとで、家にはさらに蜂蜜とチョコソースと業務用ホイップクリームがあったのを思い出す。
時刻は午前4時。ここまできたら完徹コース。完徹するなら、糖分を摂取しておかないとね。
残ったホットケーキに、ホイップクリームをもりもり載せて、そこへ蜂蜜とチョコソースをうわーっとかける。
カロリー計算? 知ったことか。私はこれを食べて、レポートを書き上げるんだ!
甘い!!
甘すぎる! 何これ!? 甘さの暴力! 暴力よくない! 口の中甘い! 甘いー!!
蜂蜜チョコソースはやりすぎだった! しかもホイップクリームに! 何考えてるんだ!?
慌ててインスタントコーヒーの瓶を手に取る。マグカップにガッと入れ……ない! 粉がもう1粒も残ってない!
そういえば、買っておいてって言われてて忘れてた……。つまるところこれは私の失態だ。
いや、口の中甘い!
コーヒー飲みたい!
コーヒーを淹れる手段はあと一つ……豆をハンドミル挽いてドリップする!
しかし私の腕はメレンゲ作りで死んだ。この上で豆を挽く力は残されていない……!
コーヒーを飲もうとすると、腕が死ぬ。
コーヒーを飲まねば、口の中の甘みで死ぬ。
私は一体、どうしたら。
「という、二律背反についてのレポートです」
私の渾身のレポートは、「水でも飲んでおけばよかったんじゃないですか?」という教授のコメントと、再提出の印と共に返ってきた。
コーヒー・オア・ダイ 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro
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