学校

私、新堂文乃は都内の高校に通うどこにでもいる普通の女子高生だった。特に美人なわけでもなく身長も普通でモデル体型というわけでも無い。特徴といえばソバカスと赤いフレームの眼鏡くらいの本当にごくごく普通の女子高生だった。

高校2年生の5月の終わり頃、ちょっとした事件に巻き込まれて私はちょっと変わった女子高生になった。

これは私が普通の女子高生からちょっと変わった女子高生に変貌するきっかけの事件の話だ。


「ねぇ文乃聞いた!?」


朝っぱらから高いテンションで話しかけてきたのはセミロングの髪を茶色に染めた私とは正反対の170cmの高身長でモデル体型のクラスメイト相澤美咲だ。どちらかといえばお堅いこの学校ではチャラチャラした部類に入る見た目だけど本人は成績も良く真面目な優等生だ。なんなら見た目だけなら真面目そうな私よりもよっぽど成績がいい。


「聞いたって何を?」


「新しい先生が赴任するみたいだよ!それも4人!」


「新しい先生?この時期に?」


今は5月23日。退職者もいないのに4人もこの中途半端な時期に教師として赴任する理由がわからない。


「不思議だよね〜。そうそう、男の人が3人いたんだけど3人とも凄いイケメンだったよ」


「不思議ってだけで済ませられないと思うんだけど…」


不思議とか言いつつも美咲は特に気にしていなさそうに見える。

美咲にとっては新任の先生がイケメンだったことの方が重要なんだろう。


「まぁ多分先生から説明あるだろうし今考えても仕方なくない?」


「いや、まぁそうだけどさ。気にならない?」


「どうせあとちょっとで朝礼だよ?」


咲に言われて時計を見ると時計の針が動きスピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。






「みんな席についてるな」


暫くして教室に入って来た担任の高峰先生は黒いビジネスバッグを持った男の人を1人連れていた。多分あの人が咲の言う新任の先生なんだろう。美咲の言う通りイケメンだったけど仏頂面でどこか話しかけにくい雰囲気を漂わせている。


「こちらは吸血種保安対策局から来られた藤村竜介対策官です」


「この度は吸血種保安対策局及び吸血種、つまり吸血鬼に関する講義を行うために本局より派遣されて来ました藤村です。

本日よりおよそ3ヶ月間吸血鬼保護活動と吸血鬼の危険性について講義することになります」


ニコリともせず淡々と話す藤村対策官からは仕事だから来たと言う雰囲気が滲み出ていた。ちょっとくらい笑えば女子高生からは黄色い歓声が飛びそうなくらいイケメンなのに勿体ない。


「今日から総合の授業の時間が吸血鬼に関する授業に代わります。早速一限目が総合ですので…藤村対策官何か用意した方がいいものなどはありますか?」


「筆箱だけあれば結構です。プリントをこちらで用意しますので」


「筆箱だけでいいそうです。皆さん藤村対策官に迷惑をかけないよう大人しく授業を受けてくださいね」


普段なら次の授業の準備をしたり友達と喋ったりとなるが今日は吸血鬼保安対策局の藤村対策官がいる。

これが愛想のいい対策官なら全然違ったのにこの人はさっきからピクリとも表情を変えない。正直こんな人を送り込んできたのは対策局の人選ミスだと思う。

とはいえどんなクラスにも1人くらいは空気の読めない人間はいる訳で、美咲がそんな雰囲気をものともせず藤村対策官に質問を浴びせかけた。


「藤村対策官は彼女とかいるんですか!?」


「…それは今聞く必要がある事なのか?」


今このタイミングでその質問をされる意味がわからなかったのか藤村対策官は困惑ているようだった。


「あります!」


この雰囲気を壊してくれたのは有難いけどもっと正直マシな質問があったと思う。吸血鬼に関する事とか。まぁ、そんな配慮する事が出来るのなら美咲がこの雰囲気の中質問する訳ないんだけど。


「……彼女はいない」


「彼女はって事は彼氏はいるんですか!?」


この質問には流石の藤村対策官もその鉄面皮を歪めた。


「何故そうなる」


「え、だって彼女はって事は彼氏はいるのかなって思って」


「……何故そうなる?」


藤村対策官は本気で困惑しているようだった。いや、まぁ確かに私も"彼氏はいますか”って聞かれたら"彼氏はいません“って答える。それに対してじゃあ彼女はいるんですかって聞かれたら何言ってんだコイツはってなる。というかなった。

咲がそう言った感覚に対してすごく先進的というか、外国的と言うか…ともかくいい意味で日本人らしくない感覚を持っている。

現代日本においてはそれはマイノリティだから大抵の人は咲の言動を理解できない。


「彼氏もいない」


美咲の熱意に負けたのか、それともまともに相手をするのが面倒臭くなったのか、ため息混じりに藤村対策官は言った。

咲はじゃあフリーなんですねっ!なんて嬉しそうに言ってるけどそんな事言ってる場合じゃない気が…。


「俺が誰かと付き合っていようがいまいがそれが君何か影響を与える事はない」


藤村対策官は強い口調で言ったけど美咲の興味は別のものに移っていた。


「そういえば対策官って給料いいって聞いたんですけどどれくらいなんですか?」


「…それはこの後の授業で説明する」


急な話題転換に戸惑いわ見せながらも藤村対策官は答えた。


「じゃあ吸血鬼ってどれくらいいるんですか?」


「それもこの後話す。今日の授業内容が終われば質問時間をとるからその時に質問はしてくれ」


藤村対策官にそう言われて美咲はは〜いと気の抜けたような返事をして大人しく授業の準備を始めた。






「吸血種、一般的には吸血鬼と呼ばれるこの種族は人の血を食料としていてその力は成人男性の3倍以上とも言われている。その起源は明らかとなってはいないがかなり昔から存在し、日本にいる殆どの吸血鬼は日本国籍も保有している。

最近では世界的に吸血鬼に対する見方が変わり3年前から政府が中心となって期限の切れた輸血パックを配布するなどして吸血鬼が人を襲わずとも住める環境を作り代わりに人よりも高い身体能力を使って災害現場での救助任務や運送業で重たい荷物を運ぶなどさまざまな職種についている」


吸血鬼に対する宥和政策は当時すごい議論になっていたのを覚えている。テレビをつければどのチャンネルも専門家を招き、特番を組んでいた。本当、胸糞悪い。吸血鬼と人間が分かり合雨なんて無理に決まってるのに。その証拠に…。


「働いてるって吸血鬼見た事ないんですけど本当にしてるんですか?」


そう、その通り。委員長、高峰さんの質問は正しい。一体この国にどれくらいの吸血鬼がいるのかわからないけど現状吸血鬼が働いているところなんか見た事がないしそもそも仮に働いていたとしても吸血鬼が食欲を抑えられるとは思えないし人間が吸血鬼に対する憎悪を抑えられるとも思えない。


「現在はまだ我々吸血種保安対策局内で小さな仕事を請け負っているのが現状です。これを数年から10数年単位で民間にまで広げる計画となっているためまだ一般人が目にするには至っていない」


グルリと教室を見渡し質問がないことを確認すると藤村対策官は話を続けた。


「遺伝子的には我々人間と違いがななく、見た目も人と変わりがありません。そのため我々人間には吸血鬼とそうでないものを見分ける手段がない」


「ならどうやって対策官は見分けてるんですか?」


「現行犯か血を吸った傷口に付着した唾液からDNAサンプルを採取し虱潰しに探す事が多い」


被害者を出さないようにするのではなく被害者が出た上で行動する。なんというか囮に使ってみたいだなぁ。


「そんな事してたらいつまで経っても被害者は無くならないじゃないですか!被害者が出る前に、吸血鬼を捕まえれないんですか!?」


どうやらそう思ったのは私だけでは無かったようで委員長が責めるような口調で尋ねた。


「できないわけではない。だが過去に冤罪で民間人が多く死傷して禁止されている」


見た目は一緒、遺伝子も一緒となれば仕方のない事かもしれないけど人間からすればやるせ無い気持ちになる。


「詳しい吸血鬼の数はわかっていないがおよそ千人から一万人一人の割合で吸血鬼が混じっていると言われている。そしてその中でも人を殺す事により血を得ているのがざっと一割から二割と言われている」


数にするとざっと十三万人から一万三千人の間ってところ。これを多いと見るか少ないと見るか絶妙な数だ。


「じゃあそれ以外は政府の配給で生きてるって事ですか?」


「全体の約半分は血液パックの殺到や死体を漁る事で血液を得ていると言われている。

政府が保護しているのは約三割と言ったところだ」


3年前から続けて三割かぁ。危険な吸血鬼を保護対象に入れないとしてもまだ半分以上残っているわけだ。


「吸血鬼は危険度によってランクが分けられている」


細かい条件があるけど藤村対策官の説明を簡単に言うとこうだ。

E 人に危害を加えていなくて血を輸血パックの窃盗や死体漁ることで血液を得ている個体。

C 基本は窃盗や死体漁りで血液を得ていると考えられるけど場合によっては危害を加えた事がある個体。

B 食事の際に人を襲う事で血液を手に入れる個体。人に積極的に危害を加える。ただし対策局からは基本逃亡している個体。

A Bランク個体と違い対策局とも積極的な戦闘を行う

S 強力で危険度の特に高いAランク個体。


さっき言っていた一割から二割の吸血鬼はBランク以上になるらしい。

ただCランク個体は人を襲う事に慣れるとすぐにランクがBに上がるらしくてここの差はあってないようなものだとか。


「この近辺にもSランク吸血鬼が潜伏しているという情報もある。あまり夜は出歩かないよう気をつけるように」


げっ!マジか。


「すみません!私結構遅い時間までバイトしてる事があるんですけどその場合どうしたらいいですか?」


家の都合上結構遅い時間までシフトを入れてるけどバイトに言って死んだりしたら洒落にならない。


「時間の変更やバイトを辞めればいい」


「家の事情でそれはちょっと…」


正直バイトを辞めるのはちょっとキツイ。


「ならできる限り人の多いところを通って帰るようすれば多少は安全だ」


「多少…ですか?」


「基本吸血鬼は夜人気の少ないところで反抗に及ぶからな」


なんか言い方に含みがある気が…。


「ここの付近に潜伏沙汰あると思われるS ランク吸血鬼[血雨]は昼間でも人が少なければ反抗に及ぶ事がある。十分注意するように」


「集団で行動した方が良かったりしますか?」


高峰さんが恐る恐るそう尋ねた。


「殆ど関係ない。人が何人集まろうが奴にとってはただの餌だ。吸血鬼は人の常識では測れない」


藤村対策官は苦々しげに表情を歪めた。


「吸血鬼に襲われない一番の対処法は吸血鬼に合わない事だ。

夜遅くに出歩かない、人気の少ないところに行かない、後は知らない人について行かない。この三つを守るだけでも吸血鬼に襲われる事は少なくなる」


「小学生じゃないんだからそんな無理っすよ」


冗談だと思ったのかお調子者のクラスメイト、松本優が笑いながら言った。


「冗談ではないぞ。暗闇に紛れて襲う、人気のない場所で助けを呼べない人間を襲う、そして最後にナンパ、この三つは吸血鬼が人を襲う時の常套手段だ」


初めの二つはなんというか吸血鬼らしさみたいなものがあったけどナンパって言葉で急にチープな感じになった。もうちょっとなんかこう…それっぽいかっこいいのはなかったのだろうか。


「どうやら吸血鬼は美形が多いらしく男女関係なくナンパされてついて行ったら殺された話は後を絶たない」


後を絶たないって…引っかかる方ももうちょっと警戒心を持った方がいいんじゃないだろうか。


「小学生の時に教えられた事は人間の不審者と会わないためのものだけではなく吸血鬼と遭遇しないためのものでもあり君たち自身の身を守る事に繋がる。吸血鬼の餌になりたくなければこの三つを守る事だな」


二番目と三番目はともかく一番目はバイトの関係でどうしても守れないなぁとひとりごち、私はため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吸血鬼討滅史 墨山鉄久 @tekkyu75

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ