吸血鬼討滅史
墨山鉄久
出逢い
吸血鬼。それが人類の前に姿を表すようになったのは1960年代後半、カラーテレビが広まった頃だった。
それまでも奴らは歴史の影に埋もれながら密かに暮らしていた。それがテレビにより映像という形で姿が収められる事により奴らは徐々に表舞台に姿を現し始めた。
まず初めに存在が取り沙汰されたのは全身から血を吸われた変死体が発見されたことだった。そのニュースが報道されると現代の吸血鬼と代されその正体に迫るため特番が組まれた。ほんの数年で奴らは白日の元に晒され政府はこれをヒトの亜種、吸血種として発表した。
それから暫くの間は吸血鬼と人間による生存競争が繰り広げられたが人類は科学の力により徐々に吸血鬼を駆逐していった。
吸血鬼の発見からおよそ60年が経ち、2022年現在では人類は吸血鬼に狩られるものから吸血鬼を狩るものするものへと姿を変えつつあった。
◇◆◇
廃墟が立ち並ぶ東京のとある一角、そこにある5階建の廃アパートの屋上に、武器を持った三人の男と1人の女が集まり真剣な表情を浮かべていた。
「班長、本当にやるんですか?」
「何度も言わせるな。ここからなら対吸血鬼用ライフルが届き威力減衰も最小限。そして奴の
不安げに尋ねてくる男に班長と呼ばれた二十代半ばくらいの見た目の男はため息混じりにそう答えた。
「で、でも司令部はおろか隊長にすら報告してませんよね。本当に大丈夫なんですか?」
「グダグダうるさいわねぇ、江東アンタ男でしょ。ここまで来たらもう引き返すことなんかできないんだから黙って狙撃の準備をしなさいよ!」
不安げに反対意見を述べ続ける男にこの場にいる唯一の女性が強い口調で言った。
「いやいや叶ちゃん江東の意見は正しいよ。いくらなんでもSランクの吸血鬼と隊長の許可なく戦うのは独断専行が過ぎるっしょ」
髪を金髪に染めたホスト風の男が言った。
「アンタビビってんの?巡回中に吸血鬼の目撃情報があってそれがアレだった。別に独断専行でもなんでも無いでしょう?」
「そうだけどさぁ。それならアイツを後ろから尾行して寝ぐらを特定するだけでいいんじゃ無いの?」
及川の問いかけに彼女は言葉を詰まらせた。
「確かに及川の言うことは正しい。寝ぐらを特定して討伐部隊を編成し一斉に襲撃すれば最小限の被害で済むだろうな。だがその間に一体何人の罪なき人々が亡くなると思う?」
班長の問いかけに及川は言葉を詰まらせた。
「今ここには最高品質の対吸血鬼用ライフル弾がある。コイツはアイツと同じ危険度Sの吸血鬼討伐実績もある。やらない理由はないだろう」
「それはそうっすけど藤村さん、Sランクもピンキリですし防御力特化だった場合聞かないこともあり得ますよね」
及川の言葉に江東も不安げに頷いて同意を示した。
「奴は強力固有能力駆使して戦う。得手してそう言う奴らは防御力や他の攻撃手段が弱い傾向にある。それはたとえ危険度がSであれ関係はない」
そう言ってもまだ不安げな2人の様子にため息を吐くと班長、藤村はさらに続けた。
「それに仮にコレが効かなかったとしたらどんな規模の部隊をぶつけたとしても奴を倒すことはできないだろう。討伐できないなら今後それに見合った対応に変えれるし悪い事ではない」
確かな実力と引き際を誤らない戦況の把握能力の高さから若干26歳と言う若さで藤村は班長を任されている。
Sランクの吸血鬼を容易に倒せるとは思っておらず敵の戦闘能力を把握するために攻撃するつもりだった。
「つまり隊長は威力偵察を兼ねて攻撃すると言う事ですか?」
「そうだ。だから湊と及川はいざとなったら即座撤退ができるようバックアップ。江東がここから一撃を加える。俺はスポッターをやる」
藤村には危険度Aの吸血鬼の討伐実績もあり仮に狙撃に失敗し危険度Sの吸血鬼と対峙する事になったとしても逃げ切る自信があった事もこの作戦を実施する後押しにもなっていた。
「了解」
それが姿を表すまでそう長い時間は掛からなかった。
暗闇の中から、音もなくそれは姿を現した。
「来たぞ。
班長が双眼鏡を覗き込む先には足首ほどまである真っ黒なレインコートと同じく真っ黒なフルフェイスヘルメットを被った性別不明の人物がいた。
それだけならば吸血鬼かどうかわからないが、その手には真っ青を通り越し最早真っ白な顔色をした男の手首を掴み引き摺っていた事からその正体が吸血鬼である事は間違いなかった。
「うわぁ本当に来た」
人を積極的に襲い、また吸血種保安対策局との戦闘も厭わない危険度の高い吸血鬼[血雨]。四年ほど前から活動が確認されその間に殺害した民間人は判明しているだけで324人。吸血鬼が一年間に必要とする最低限の血液の量が成人男性3人分から5人分程度、リットルに換算しておよそ15リットルから25リットルと言われている。
必要以上に人に対して危害を加える吸血鬼は往々にして人に対して悪意を持っていたり血が極度に好きな偏食の傾向にあり危険度が高く対策局の積極的な駆除対象となっている。
その中でもこの血雨は別格だった。この吸血鬼の危険なところは民間人に対する被害だけではなく、吸血鬼を駆除する側である対策局とも積極的に戦闘を行う点だった。対策局の死者は現時点で判明しているだけで実に56人。これは単独の吸血鬼が殺害した対策局の人間の人数としては史上3番目の多さだった。
「距離は520メートル。風速は南東の風1.2メートル」
「了解」
江東はスッと息を吐きスコープの照準を血雨の頭部に向けると…引き金を引いた。
ドーンと言う大きな音と共に吸い込まれるように頭部に向かった弾丸は対象の約10メートル手前でピタリと動きを止め甲高い金属音を響かせ落下した。
「失敗したか。撤退する」
その光景を見た藤村は即座にそう判断すると階段に向かって歩き始めた。
「了解。銃をしまうんで30秒待ってください」
「待てん。銃はケースに入れずそのまま待て」
Sランクの吸血鬼となればその身体能力も相当高く、数秒が惜しい。
「はいすぐに死にますね」
「ああそうしろ」
あっさりと返ってきてた返事に思わずそう返したが返事がおかしい。
「何を言って」
振り返った藤村の目に飛び込んできたのは靴と靴下を抜ぎ、足の親指を今にもライフルの引き金に掛けようとしている江東の姿だった。
「何やっているんだ!江東!!!」
叫びながら江東を組み敷きライフルを遠くへ蹴り飛ばした。
「なにするんですか班長。俺はこれから死なないといけないのにこれじゃあ死ねないじゃないですか」
それがさも正しい事かのように言う江東に藤村は驚きを隠せなかった。
「なにを馬鹿なことを…!?」
『班長早くそこから逃げてください。奴が!』
その通信と共に視界が赤黒い霧で包まれた。
「は〜い。こんばんわ」
くぐもった、しかしどこか楽しげな女の声が背後から聞こえた。
「血雨…」
危険度Sランクの吸血鬼"血雨"。初めて対策官がその姿を確認した時、真っ黒なレインコートは とヘルメットはまるで血の雨で濡れたかのように濡れていたことからその名がついた。
「嫌だなぁ、その呼び名。可愛くない」
身長はおよそ170センチくらいだろうか。女性にしてはやや高めの身長が血塗れの姿にさらに迫力を加える。
「…意外だな。その身長で可愛いなどと意識するのか」
この窮地を脱するためにはとにかく時間が必要だと判断した藤村は血雨に問いかけた。
「女の子は身長年齢関係なく可愛いものが好きなんです〜」
問答無用で殺されなかった事に藤村は最初の賭けに勝った事に内心喜びながらさらに続けた。
「人の血を喰らう化け物が女の子を語るか」
藤村はそう言うとフッと鼻で笑った。
「最近じゃあ政府も吸血鬼との融和を図ろうとしてるのに政府の手先の君たち対策官がそんな差別的なこと言ってもいいのかな?」
力の弱い吸血鬼や人に危害を加えていない吸血鬼に対して政府は宥和政策を図りその手足となって動いているのが吸血種保安対策局だった。
「300人以上人を殺しているお前は最早他の吸血鬼とは別物だ」
「私たちにとってはそれが食べ物だからねぇ。君たち人間が牛や豚を食べるのと一緒だよ」
「必要以上に食べている事をどう説明する」
「私達は君たち人間と違ってそれがないと生きていけないもん仕方ないよ。君たちこそ、本来ならサプリとかでも十分栄養は取れるのに一体どうして牛や豚を殺して食べるの?」
その問いかけに藤村は答えられなかった。理由などそれが美味しいから、食べたいからと言うので間違いはない。しかしそれは血雨の行動を肯定することになりかねなかった。
「ふーん。答えないんだ。
今まで何度かこの質問をしてきたけどみんな陳腐な答えばっかりだったからそんな奴らに比べれば君はよっぽど利口だね」
曰く人と家畜は違う。曰く同じ言葉を喋るもの同士が殺し合い、あまつさえ食料とするなど正気の沙汰ではない。
「おかしいよね。家畜だって同じ命には変わらないのに。
同じ言葉を話すもの同士で殺し合うのは人間はいつの時代でもやっているし食料とするのだって国や文化が違えば当たり前に起こる事なのにね」
藤村はその問いかけに何も答えなかった。
その様子に血雨は再びクスクスと笑うと楽しげな様子で言った。
「もうちょっと話していたいけど長居しすぎると人が集まってきそうだしそろそろ帰らせてもらうよ」
「…殺さないのか」
「久しぶりに対策官と話せて楽しかったからね。お礼に君とそこにいる君の部下と、隣の建物にいる2人の命は助けてあげる」
圧倒的な強者の立場から繰り出されるその言葉に、藤村の数々の吸血鬼を駆除して来た対策官としてのプライドに小さな傷をつけた。
「ここで殺さなかった事、必ず後悔させてやる」
気付いた時にはそんな言葉を放っていた。
「フフフ。楽しみにしとく」
藤村の負け惜しみとも言える言葉に楽しげにそう返すとスタスタと屋上の端に近づいていった。くるりレインコートの裾をはためかせながら振り返ると藤村に小さく手を振り、まるで小さな段差から飛び降りるかのように軽やかにジャンプして屋上から姿を消した。
「…そのフェイスヘルメットを引っ剥がしてやるから覚悟しとけよ」
この時血雨は一つミスをしていた。相手が普通の対策官ならばそれはミスと言えるものでさえなかった。
しかしここにいた藤村竜介が普通対策官ではなかった事がそのミスを致命的なものへと変えていた。
藤村が若いながらも班長を務めているのはその実力もさることながら捜査能力も対策官でトップクラスに高かったからだ。藤村はどんなに小さな手がかりも見逃さず吸血鬼を探し出して討伐、あるいは捕獲して来ておりそんな藤村だからこそそのミスを見逃すことは無かった。
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