尸/BODIES

 戦争以来、復興通りルネサンス・アベニューの両脇には大陸からの移民が開いた店が立ち並んでいる。店先から香辛料の香りを含んだ煙が上る飲食店があれば、おそらく非正規品であろう衣料を所狭しと並べている屋台がある。業種も人種もまるでばらばらで、その統一感のなさがかえって一帯を特徴づけている。怪しいインプラントを扱う店も多く、大抵は「動く必要がなくなった人」から回収したパーツを安くで売りさばいているような店だ。白と黒に身を包んだ二人はあるテントの前で足を止め、そのすべてが拝借されたものであろう壊れかけの電子部品の山を見ていた。


「言っとくが、ボスはあんまり出さないぞ」


「いくらぐらいだ?」


程度だな」


「気をつける」


 湿気と重みでひしゃげた平積みの段ボールから、くすんだ銀色に光る右手が飛び出している。さながら土中の墓から甦ろうとする死者のようだ。ファルコン-5。戦前に大陸のファルコン社が発表し、世界中の肉体労働者に広く普及した強化肢アドヴァンス・リムのシリーズでも一番売れた製品だ。これを装着していた人物は元建設か港湾関係といったところだろう。八はガラクタの山から腕を引き抜いて、眼前で手に取り検める。


「借金のカタか、それとも……」


「死んだ?」


「かもな」


 店主は立ち上がるつもりなど微塵もなさそうなほど椅子に沈みこんでいたが、新聞からちらりと目線を上げてせいいっぱいの不自然な笑顔で客に愛想を振りまこうとした。しかしモノトーンに身を包んだ客たちの反応は冷たく、八は銀腕を箱の中に放り込んでポケットに手を戻してしまった。


「全部美品ですよお。しかも合法クリーン、うちは死人から盗ったのは扱ってませんで」


「バカ言え、B品だよ」


 落胆した店主が紙面に目を落とした瞬間、八の頚椎ソケットになにかが差し込まれた。すぐに秘匿回線が開き、訝しげな様子の七の声が頭に響く。無論、データのやりとりに音声など存在しないはずだが、神経接続ごしにするさいに相手の声を幻聴するのは脳が補正しているためだ。


「どうも怪しい、遺体から盗ってないとしたらボロすぎる」


「俺も思ってた。こんなもん、差し押さえてもはした金にもならん」


「シメてみるか?」


「任された」


 単分子線モノケーブルが巻き取られていくかすかな音ともに八は前に出る。店主の目線が紙面から離れることはない。容易に死角から近づいていき、新聞を取り上げる。


「よう爺さん、何読んでんだ?」


 時を同じくして七は露店の裏へ回り、八の行動とタイミングを合わせて老人の肩を掴む。関節が外れない程度に、しかし抜け出せない程度に力を入れた指は、まさに尋問のための手さばきだった。


「全部美品ですよお」


「ボケちまったのか?さっき聞いたっての」


 八は貧相な胸ぐらに掴みかかり、老体には堪えそうなほどに揺さぶりをかける。店主は力なくぐらぐらと前後に揺れ……その首を地面にぼとりと落下させた。


「全部美品ですよお」


落ちた頭部は表情ひとつ変えずに紋切り型の台詞を繰り返す。首の断面からは電子部品が伸びるばかりで、生物が破壊されたとき漏れるであろう種々の物質は一切見えなかった。


「マジかよ」


「人形だ」


 通行人たちが異常な光景を目撃して驚きの声が漏らした瞬間、七は視界の端を素早く横切る影を捉えた。このような事件に野次馬は集まっても、現場から逃げ出すものは犯人のほかにない。逃げる方向へ人混みをかき分けながら、八へと呼びかける。


「あいつが操偶師人形使いだ!上から追え!」


 返事よりも早く彼は身を翻し、雨どいを伝ってコンクリートの壁を駆け登る。雑居ビルの屋上からであれば、雑踏の中にいる逃走者を見つけることはたやすい。即座に白いジャケットの男に目星をつけ、映像フィードを七へと転送する。


「白ジャケット、短髪の男!」


「そんなの何人もいる!」


 河原の石を伝うようにビルの屋上を次々飛び移る八の視界に、逃亡者と同じ方向に動くもうひとつの影が飛び込んだ。人の形をした陽炎のようなそれは大通りを挟んで反対側のビル上を駆け抜け、敵味方どちらであれ下の二人と並走しているのは明らかだった。


「七、向かいのビルにもう一人いる」


「あいつのお友達か?」


「もしくは同業者かもな。とにかく見張っておく」


 男が人混みの合間を縫うようにすり抜けるたび、少しずつ七は距離を空けられていく。武器を持ち出せない状況をもどかしく感じているうち、次第に前方には踏切が見えてきた。もし列車が通りがかったなら、男は好機を逃さず乗り込んで姿を消してしまうだろう。危険を冒してでも武器を抜くべきか、巻き添えを危ぶんで取り逃がすか、七は一瞬のうちに逡巡を覚えた。


「八、踏切だ!このままじゃ逃げられる」


「クソ!攻撃するしかない」


「それはまずい……どうにか捕らえるさ」


間の悪いことに遮断機が下りだし、雑踏の隙間からは男のにやけ面が目に留まった。もはや万策尽きた。観念して隠し持った武器に伸ばしかけた七の手を止めたのは、八の言葉だった。


「屋上の三人目がそっちに行くぞ!」


 頭上を見れば、陽炎のような、人型の液体のような風景に溶け込んだ人物が建物の縁からふわりと跳躍する瞬間だった。文字通りにおぼろげな姿ではあるが、両の手を大きく広げて飛翔する鳥のような姿勢だ。七と八、二人は揃って武器に手をかけたままその落下を見守り……


……逃亡者が頭上から手痛い一撃を食らうのを目撃した。


「……どうやら同業者らしい」


「手間が省けたな」


離れた位置から二人が呆然として顔を見合わせている間、地面に引き倒された男は弱々しい抵抗を見せる。


「誰か……おい!警察呼べ!」


騒然としたままの現場で最初に応えたのは、他でもなく頭上の攻撃者だった。


「その警察があなたを追ってるとしたら、どうします?」

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不是故郷人 もけ太郎 @moke_taro

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