ハヴ・チェンジド・アット・オール ③

「──そして、二人はお互いの初めてを捧げあったのでした。めでたしめでたし☆」

「その妄想、よく本人の前で披露できるわねー」


 目前15メートルに立つ元クラス委員長は、ため息交じりにえんを吐いた。


「何食べてたらその図太いメンタル手に入るの? ねえ、未莉亜?」

「11年も経てば誰だって変わるよ。深川さんだって昔とは見違えたじゃん?」


 私はかつてクラス委員長だったそいつへ──ふかがわなつへ言い返した。


「似合ってないよその制服」

「余計なお世話でーす、自覚あるのでー」


 今年で29歳になった彼女は白い軍服に身を包み、紙巻きの煙草を咥えていた。

 茶髪は青ざめた銀髪に染められ、眼は碧い義眼に入れ替えられていた。

 どれも全然似合っていない。

 全く似合っていないであろう迷彩服を着込んだ私も、スキットルに口をつけた。

 流れ込むウォッカが口腔を灼く……あーあ。

 田舎こきょう都会とうきょう、ぼろい学校と摩天楼、朝と夜中、子供と大人。

 何もかもがすっかり変わりきっていた。

 私たちの関係さえも。

 つまり。


 私は超高層ビルを武力で占拠し、一千もの人質を取る、凶悪な女テロリストとなり。

 深川さんはそんな私をさつがいせんと送り込まれた、ある特務機関の執行官エージェントとなっていた。


 アルコールの微熱と酩酊が、薄汚い現実と美しい思い出の間で私の心を揺さぶった。

 気持ちがいい。

 今なら。

 今なら、ちゃんと言えそうな気がする……。


「ねえ、深川さん」


 私はウォッカを半分だけ残した。


「何?」


 深川さんが返事をした。


「愛の告白でもしてくれるの?」

「そうだよ」

「聞くだけ聞いてあげる」

「深川さんのこと、ずっと好きだったよ。恋人同士になりたいなーって本気で思ってた」

「あらそう、ごめんなさい」


 あっさりとしたつれない返事。

 11年間温めてきた私の気持ちを、彼女はタバコの吸殻のように投げ捨てた。

 ……まあ、こうなるだろうと分かってはいたけど。


「でも」


 私はスキットルの蓋をしっかり閉め、深川さんに向かって放った。

 深川さんはそれを的確に、片手でパシッと受け取った。


「間接キスぐらいならさせてくれるでしょ?」

「そんなことで諦めがつくの?」

「つくかもしれないし、つかないかもしれない」

「何よそれ。まーいいけど、惚れさせた責任は取るから」


 スキットルを開けて中身をあおる深川さん。

 あの品行方正、明朗快活、優等生で誰からも愛されていたクラス委員長とは思えぬ姿。

 11年前の彼女自身に見せたらどんな反応をするんだろうね。ホント、私も人のこと言えないけど、あれから一体何があったの?

 深川さんはスキットルを空にしてしまうと、スカートの尻ポケットにそれをねじ込んだ。

 代わりに右のポケットから煙草のボックスを引っ張り出して放ってくる。


「……セッター吸ってるんだ」

「冥土の土産よ。シガーキスでもしとく?」

「いや、いいよ」


 私はそれをポケットにしまいながら返した。


「もう未練とか全部なくなったからさ」

「そ」


 深川さんの碧い義眼が、夜闇の中で淡く光った。


「それじゃ、こっちもマジでお終いにしよっか」


 その拳が私の胸に向けられる。

 私を殺すのに武器なんていらない。

 深川さんも変わってしまっているのだから。


「最後に何か言うことは?」


 そう問われた私の脳は、表情筋をぎこちなく動かした。

 それは笑顔を形作り、声帯を震わせてこう言った。


「さよなら。大好きだよ。地獄でもずっと愛してる」

「それだけ?」


 私は頷いた。


「そ。じゃあ、永遠に思い出と愛し合ってなさい。さよなら」


 一瞬の後。

 深川さんが音よりも早く私の胸に飛び込んできて。

 心を、鷲掴みにされた。


 ……ああ、どうして。

 どうして、こうなっちゃったんだろうなあ……。

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ハヴ・チェンジド・アット・オール 江倉野風蘭 @soul_scrfc

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