ハヴ・チェンジド・アット・オール ②

「あっ!?」


 どんがらがっしゃーん! と。

 足がもつれて、急に天と地とがひっくり返った。

 バランスを崩したわたしはダンボールをどこかへ投げ出しつつ、深川さんと一緒に床へ倒れ込んでしまう。

 そして静かな教室に二人分の悲鳴が響いた。


「いてて……」

「…………」

「ごめん、大丈夫?」


 一体何がどうなったのか、わたしは深川さんに覆いかぶさるようになっていた。

 わたしが押し倒しちゃったわけだ。頭を打ったりとかしてないといいけど……。

 深川さんはわたしの目を見た。


「うん、大丈夫。未莉亜の方こそ、どこか打ったりしてない?」


 その、深川さんの眼差しが。


「……………………」


 わたしの欲望に、火をつけた。


 顔が近い。

 もうそのことしか考えられない。

 深川さんの顔が近い。とても近い。10センチもないくらいに。

 長いまつ毛の本数まで数えられそうなくらい。息がかかってしまいそうなくらい。

 本当にふとした拍子に、白くてすべすべのほっぺたに口づけできちゃいそうなくらい……。


(ダメだ)


 こんなのは最低だ。

 頭では分かってる。

 でもそこにある深川さんの息遣いが、わたしの理性を火炙りにしていく。


「あの、どうしたの?」


 深川さんがわたしの顔を、目を、真っ直ぐ見つめてきた。

 心配そうに眉を下げて。


「大丈夫?」

「大丈夫──」


 あるいは、ぐつぐつ煮込まれるように。

 こんなことしちゃダメだって制止するわたしが、もう一人のわたしに溶かされていく。


「──じゃ、ないかな」


 教室にはまだ二人きり。

 廊下にも誰もいない。

 聞こえてくるのはただ、灼けるようなセミの声だけ。野球部やラグビー部の声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 わたしは深川さんの瞳を覗き込んだ。

 甘いチョコレートみたいな色の虹彩が、わたしの奥に眠る重油じみた感情に、気づいてか気づかずか……。

 この瞳を、もっと近くで見たい。


「……あ。分かった……」


 唐突に深川さんがそう言った。

 その目は少し細められてて、真っ白なほっぺたはほんのりと紅くなってて。

 分かった、っていうのが何のことなのか。

 わたしにもすぐに察せられて。


 ……ああ、もう。

 だめだこれ。


 深川さんがわたしの顔にそっ……と両手を添えてきて。

 あの快活でかわいらしいクラス委員長と同じ人とは思えないほど、色っぽい……溺れそうなほど妖艶な表情かおで、こう言った。


「未莉亜となら……あたし、いいよ……?」

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