ハヴ・チェンジド・アット・オール

江倉野風蘭

ハヴ・チェンジド・アット・オール ①

 高三の夏はとにかく忙しい。

 受験勉強もあるし、部活動もあるし、学園祭の準備もある。

 よその学校ならここは受験に全振りが普通だろうけど、うちの学校はどこかずれてた。

 だから正確には高三だから忙しいんじゃなく、うちの高校の3年生だから忙しい、ってことになる。


 そんな3年生のわたしは6時に起き、7時に支度を終え、7時半には学校へ着く。

 廊下にはまばゆい朝日が差し込んでる。校内に人気はない。

 せいぜいラグビー部とか野球部とかの掛け声が外から聞こえてくるぐらいで、わたしみたいにこんな朝早く登校してくるような殊勝な生徒はいないわけだね。


 ……いや、これは色んな意味で正しくないかな。

 何故ならまず一つめに、わたしは別に殊勝じゃないから。

 実はちょっぴり不純な動機を隠してたりする。

 そして二つめに、朝早いのは何も別にわたしだけではないから。

 わたしの他にもう一人、こんな時間に学校へ来てる熱心な子がいるんだ。


 わたしが朝弱いのにがんばって早起きしてるのは、その子に会うため。

 こうして学校に早く来れば、少しの間だけだけど、その子と二人っきりになれる。

 だからわたしは、こんなに胸を弾ませながら、教室に入るんだ──ね、不純でしょっ?


「おはよー」

「あっ、おはようっ、っ!」


 教室に入ると、その子と目が合った。

 身長150ない小さな身体。ぱっちりした瞳と茶髪のサイドポニー。作業用に着てきた私服のセンスはちょっと子どもっぽいけど、それがかえって加点になっちゃうようなかわいらしさ。まるでお人形さんみたいっていうのかな。


 そんな彼女ことふかがわさんは、このクラスの委員長。

 昨年度までは生徒会長だったけど、その役はもう後続に譲って、今はクラスをまとめて学祭の準備に取り掛かってる。


 学祭の準備。

 うちのクラスは──というよりこの高校の3年生はどのクラスも──劇をやることになってます。昔からの伝統でね。どこのクラスも力を入れまくってくるんだけど、それはもちろんうちのクラスも例外じゃなくて。

 たとえばほら、窓際に並べてある剣やメイスなんかの小道具たち。

 これは深川さんが自ら率いるものづくりチームが手作りしたものなんだけど……もう本物の武器にしか見えないよね。新聞紙とダンボールと竹で出来てるはずなのにすごい重厚感があるし。しかも男子が本気でチャンバラしてもそうそう壊れないし。

 すごいよね、力の入れようが。やばくない?


 ……なーんていうのは、実はとんでもない手前味噌だったり。

 だってそう言ってるわたし自身、深川さんのものづくりチームの一員だしね。


「今日は何作るの?」

「ヒロインのレイピアを作ろっかなって」


 そう言ってクリアファイルからA4サイズ手書きの図面を取り出す深川さん。

 わたしは材料を運んでくるために教室を出る。

 学祭の準備期間中だけあって、廊下にも色々な物が雑多に積み重ねられてる。

 そのてっぺんに死ぬほど大量に積み重ねてあるダンボールをまとめてよいしょと持ち上げて、カニさんみたいに横歩きで教室へ戻る。転ばないようにゆっくりと。


「あの、私も持つよ」


 と、深川さんが近寄ってくるのが聞こえた。


「ううん、大丈夫」


 とわたしは返した。もう教室に入っちゃってたし。

 それでそのでっかい資材を、教室の後ろ半分に敷いたブルーシートの真ん中に下ろそうとした。


 その時!

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