最終話 ペアリングを買いに行ってみたら嫉妬された

「こういう店に来るのって初めてだけど、カップルばかりなのね」


 ほう、と感心のため息を漏らす愛しのカノジョ。

 こういうお店には疎いみやびはきょろきょろと落ち着きなくあちこちを眺めていて、でもそんな様も愛らしいなと思える。


「雅はどういうリングが欲しい?」


 性格的に、事前にリサーチはしてくるはずだと踏んでるのだけど果てさて。


「……笑わない?」


 少し思案したかと思えば、何故かおずおずとそんなことを聞いてきた。


「笑うわけないだろ。俺がプレゼントしたいわけだしさ」


 視線の先を見ると、ああやっぱりと思える代物で雅らしいなと思える。

 でも、別にそういうのもペアリングのデザインとしては普通のものだし、気にしなくてもいいのに。

 

「あっちにある……無限っていう名前がついたリングなんだけど」

「やっぱりな」


 昨夜、雅ならどういうのを好みそうだろうなと考えたけど、予想通りだ。


「わかってたの?」

「雅なら風景モチーフのよりも、そういう理系ぽい単語好きだろ?」


 春風。紅葉。そよ風。などなど。このペアリングの店はそれぞれのリングに銘柄があるのが特徴だ。雅ならきっとこの「無限」という言葉に惹かれるだろうと思ったが当たっていてやっぱりと頷く。


「どうせ私は交際契約書なんてものを作ってくる女子だもの」


 そっぽを向いて拗ねる様子も嬉しいんだけど、ほんと不器用なことで。


「気にするなって。交際契約書を更新してくのも楽しいもんだって」


 惚れた弱みというのもあるかもしれない。でも、交際契約書なんてものに込められた雅の想いは嫌という程わかるから、むしろ嬉しいくらいだ。


「……やっぱり私ばっかり好きになってる気がする」

「そんなこと言われても。俺も好きだって」

「じゃあ、なんでそんな落ち着いてるのよ。キスしたら変わると思ったのに」

「だって、そこで拗ねるところも雅らしいっていうかさ」

「いいわ。もう、早く買っちゃいましょ?」


 分が悪いと思ったのだろうか。手を引いてお目当ての品があるところまで連れて行く雅に引っ張られる俺。


「お客様はペアリングをお探しですか?」


 十くらいは年上だろうか。大人の色香を漂わせたお姉さんな店員さんが朗らかな声で話しかけてくる。雅とはまた違う綺麗さがあって、少しだけ見とれてしまう。と思ったら、手をつねられた。


(いたっ。なんだよ)

(店員さんに鼻の下伸ばしてた)


 一瞬見とれたのは事実だけど何故わかった。


(別に変な意図はないって。仕方ないだろ)


 雅以外は目に入らないよ、なんていうキザな台詞を言える人間でもないし。


(どうだか)


 あれ?割と本気で不機嫌になってる気が……。


「お客様?」

「は、はい。すいません」


 ヒソヒソ声で言い合っているのを何事かと思ったんだろう。怪訝な目で見つめられている気がする。


「はい。実は俺たち付き合い始めたばかりでして。で、そこの「無限」が気に入ったんだよな?」

「試しにつけてみてもいいでしょうか」

「もちろんです。「無限」は気にいるお客様も多いんですよ」


(だってさ)

(……やっぱり店員さんのこと見てる)

(いやいや、会話の流れだろ)


 今までにないくらいヘソを曲げられて俺としては困惑するばかりだ。


「ほら。とにかく試しにつけてみようぜ」

「……そうね」


 相変わらずぶすっとしているけど、店員さんの前で不機嫌になっても仕方ないと悟ったんだろう。


 先に説明を受けつつ、まさに無限を象った∞の形に似たくびれのついた指輪を、少し微笑みながらおっかなびっくりと嵌めている様子を見て


(ようやく、少しは機嫌が回復したか?)


 とほっとする。


(お客様。ひょっとしてその……彼女さんと喧嘩でも?)


 別の、さっきの人より少し幼い感じのする店員さんが雅の方をみやりながら小声で話しかけてくる。


(喧嘩というか……急に不機嫌になったんですよ。あちらの店員さんに見とれてたとか言い始めて)


 別に喧嘩したいわけじゃないんだけどなあ、と少しため息をつく。

 と思ったら、何やら店員さんが生暖かいような視線を向けてくる。


(それ、単に嫉妬してるんだと思いますよ?)

(嫉妬、ですか……?いやでも、学校でも女子と話すことはありますけど、そんなことは一度も……)


 だから困惑するしかないのだ。


(まあ、その内彼女さんも機嫌が治ると思いますよ?)

(だといいんですけど)

(彼氏さんは付き合って長いんですか?)

(いわゆる幼馴染って奴ですけど、付き合い始めたのは最近ですね)


 なんかこの店員さん、やけに食いついてくるなあ。

 ペアリングという恋人同士のアイテムを扱うからなんだろうか。


(じゃあ、なおさらしょうがないですね。女性はそういうものですよ)

(……そういうものなんでしょうか)


 雅のことはそれなりにわかっていたつもりなんだけど。

 不機嫌の理由を察することすら出来ないのは少し凹む。

 前に別の女子に告白されたときでもそんな素振りを見せたことはないのだ。

 (※「幼馴染に告白したら、交際契約書にサインを求められた件。クーリングオフは可能らしいけど、そんなつもりはない。」参照)


 落ち着かないけど、とりあえず俺も試着してみるか。

 と「無限」を嵌めている雅のところに近寄ると。


「幸久……その。ごめんなさい」


 と思ったら、いきなり謝られた。


「別に怒っては居ないけど、どうしたんだ?」


 なんだろう。

 不機嫌になったと思ったら今度は妙にしゅんとしている。


「ううん。ちょっと自己嫌悪してただけ」

「そうか……なら、仕方がない」


 自己嫌悪、か。その言葉でようやくわかった気がした。

 激しく誰かを責めてしまったとき、雅はときどきそういう感じで凹む癖があった。 

「とにかく、気を取り直して。無限、気に入ったか?」

「うん……」

「じゃあ、それにしようぜ」

「でも……」

「いいから。しょげた様子とか見たくないしさ」

「そうね……ありがとう」


 ようやく少し機嫌を治した彼女と一緒に、結局「無限」のペアリングを買って帰ることに。


 夕陽に照らされた雅はじっと薬指に嵌められたゴールドのリングを見て、何やらニヤニヤしている。


「なんか嬉しそうだな」

「幸久は嬉しくないの?」

「そりゃ嬉しいって」


 さっきまでやけに凹んでたし、という言葉は飲み込んだ。

 思い出してまた凹んでも困るし。


「あの……さっきは本当にごめんなさい。なんだか胸がムカムカしちゃって」

「……」


 これが嫉妬、というやつなんだろうか。

 嫉妬というのはもっとどこか可愛らしいものだと思っていた。

 ちょっと頬を膨らませて拗ねてみせるみたいな、そんな甘い甘いものだと。

 本当の嫉妬ってのは、こんなにいたたまれないものだったとは。


「嫉妬、だと思う。嫉妬は醜いっていう意味がようやくわかった気がするわ」

「醜い、とは言わないけど、嫉妬は甘くないってことか……」


 これからは気をつけないと。


「ねえ。契約書に項目を追加しない?」

「いいけど、どんなのを?」


 言いつつもきっと何を言い出すかは想像がついていた。

 

 追加条項: 

 甲:羽多野幸久

 乙:湯川雅


 乙が甲を、乙以外の異性を見ていることを理由に非難した場合

 (以下、嫉妬と表記)


 1.乙は甲に対して誠実な謝罪をすること

 2.甲は乙に対して受けた精神的苦痛に相当する賠償を請求することができる


「まあ、謝ってくれるなら助かるけど、別に賠償とかまで気にしないでも……」

「だって。私の身勝手な不機嫌だもの。せめて何かさせて欲しいの」


 雅の気持ちもわからないでもない。

 でも、別にそこまでしてもらわなくても……いや、その方が彼女の気も晴れるか。


「じゃあさ。来週は一週間、お弁当作って来てくれよ」

「それ、私が作って来たいものだから賠償にならないと思うんだけど」

「俺が嬉しかったんだから、いいだろ?」

「わかったわ。喜んでもらえるように全力で好みの料理作るから」


 別にそこまで……なんていうのも無粋なんだろう。

 ほんと、恋人同士の関係はややこしい。

 長年一緒に過ごして来た相手でもこれだ。


「なんていうか、男女交際ってややこしいもんなんだな」

「そうね。契約を作ってきっちり話し合えば大丈夫なんて思ってたわ」

「実際には嫉妬して自己嫌悪してしまうと」

「彼氏がちょっと女友達と話していただけで嫉妬するのを見て「馬鹿じゃない?」って正直思っていたのだけど。全然笑えないわね」

「それ言ったら、俺も嫉妬ってもっと可愛らしいもんだと思ってたよ」


 実際には、理不尽な不機嫌をぶつけられるわけで可愛いよりもしんどい。


「難しいわね」

「難しいな」


 お互いに言い合って、はぁとため息をついたのだった。


「そのうち、契約書どんどん分厚くなっていきそうだな」

「そうね。二十歳になる頃には100ページを超えてるかも」

「流石にそれは勘弁」

「冗談よ、冗談」

「雅は真顔で冗談言うからわかりづらいんだって」

「うーん。なんでかしら」

「タイミングとか表情とか。そういうのだって」


 というか、別に無理しないでもいいんだけど。


「難しいわね。ちょっと今度友達に冗談のトレーニング頼もうかしら」


 そんなことを本気で言う雅だから、少し苦笑してしまう。

 でも、いつでも本気で、時々空回りしてしまうくらいだからこそ。


「じゃあ、次はいい冗談を期待してるから。頼むぞ?」


 ちょっとずれてるけど頑張り屋で最愛の彼女に、

 心にもない冗談を言った俺だった。


 これは、幼馴染に告白して、交際契約書にサインした後のお話。

 お互いに提案しあって契約書に約束を追加していくだけの、ただそれだけのお話。

 とか綺麗にまとめらればいいんだけど、まあそうなるわけもない。

 だって、俺の好きな彼女はやっぱりどこかずれているのだから。

 これからも予測していなかった変なことがきっと起きるだろう。


 そんなことをどこか楽しみにしつつ手を繋いで帰った俺たちだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

「幼馴染に告白して、交際契約書にサインした後のお話。」はこれにて終了です。

交際契約の話自体はもっと膨らませて長編にも出来そうなんですが、やっぱりこれは「その後のお話」なのでコンパクトにまとめたほうがいいだろうと。


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まああまあじゃね?:★★

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幼馴染に告白して、交際契約書にサインした後のお話。 久野真一 @kuno1234

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