第3話 お返しを考えてみた

 交際初日の夜。

 やることを済ませた俺はベッドに寝転んで考え事をしていた。


「お返しか……」


 正直、雅がしてくれたことは凄く嬉しい。

 カノジョにあそこまでされて嬉しくない彼氏はいないと断言出来る。

 ましてクソ真面目だったあいつがあんなに情熱的に迫ってくるのだ。

 きっと鏡を見たら不気味なニヤケ顔に違いない。


(でも)


 勢いで言ってしまったけど。

 雅がしてくれたことに見合うだけのお返しなんてすぐに思い浮かばない。


「普通にプレゼントって手もあるか」


 たとえば、あいつが好きそうな書籍……はないな。

 もうちょっと彼氏カノジョぽいのを考えたい

 アクセサリーとかどうだろう。


「雅の好きなアクセサリーって意外と知らないな」


 髪留めはシンプルなのが好み。

 イヤリングやネックレスをしてるのは見たことがない。


(よっぽど妙なものを送らない限り喜んでくれそうだけど)


 せっかくなら雅がとびっきり喜んでくれるものを送りたい。


「方向性を変えていい感じのデートスポットに誘ってみるか?」


 プラネタリウムや水族館は雅も好きだし喜んでもらえそうだ。


「いや、まだ弱いな……」


 変な意地と言われればそれまで。

 でも雅があそこまでしてくれたわけで、彼氏としてはそれ以上を返したい。

 

「ペアリングはどうだ?」


 校内では身につけられない。

 でもお互いを身近に感じられるアイテムとしてはなかなかだと思う。

 貯めたお小遣いがほぼ吹っ飛ぶけど、安いもんだ。

 デザインなんかは一緒に選ぶとして、雅ならきっと喜んでくれる。


「よし!ペアリングの線で行ってみよう!」


 そうと決めたら雅に連絡だ。


【まだ起きてるか?】


 LINEへの反応は思いの外早かった。

 というか一分もしない内に返ってきた。


【起きてるわよ。どうかした?】

【ちょっと話したいことあるんだけど、通話いいか?】

【うん。ちょっと幸久の声聞きたかったもの】


 うぐぐ。なんて可愛い台詞を。

 俺だって雅の声が聞きたくなってくるじゃないか。


 プルルル。プルルル。


「そろそろ寝るところだったか?」

「ううん。ちょっと色々思い返してたの」

「思い返して?」

「今日は色々楽しかったなあって……って、ごめんなさい」

「別に謝らなくても」

「今日はあなたのことばっかり考えてしまって。呆れてない?」


 少し自信なさげな声だけど、そんなわけがない。


「俺だって色々お前のこと考えてたんだぞ。呆れるわけがないって」

「良かった」


 ほっとしたような声。うん。やっぱりこっちの方がいい。


「あのさ。明日の放課後、駅前のショッピングセンター行かないか?」

「デ、デートっていうこと?」

「それもあるけど、ちょっとしたプレゼント渡したいんだ」

「プレゼント?ちなみにどんなのか聞いてもいい?」


 何やら急にはずんだ声になった。

 やっぱり彼氏からのプレゼントというと気になるってことか。


「そのさ。せっかく付き合うことになったわけだろ。指輪とかどうだ」

「ゆ、ゆびわ?」

「え。そこまで驚くことか?」


 ペアリングは恋人同士のアイテムでは珍しくない。


「そ、その。幸久の気持ちはう、嬉しいけど、こ、婚約はちょっと早くないかしら」


 きっと電話の向こうの顔は真っ赤に違いない。

 それくらいあわあわとしている。

 こんな様子も可愛いと思ってしまう辺り毒されているな。


「待て待て、婚約はまだ先だよ。もちろん、いずれは……って思うけど」

「脅かさないでよ。びっくりしたじゃないの。でも、それなら指輪って?」

「ペアリングだよ。恋人同士でお揃いの買う奴。知らないか?」

「え。そういうのって普通、なの?」


 聞き返して来た声は純粋にびっくりしているようだった。


「最近だと割と普通だと思うぞ。てか、いくら雅でも知らなかったのはビックリだ」


 いくら彼女がちょっと浮世離れしているとはいえ。


「……ペアリングは普通みたいね。こういうところ、女の子っぽくないのよね」


 たぶん検索したんだろう。ため息が聞こえてくる。

 落ち込んだりはしゃいだり浮き沈みが激しいんだから。


「そういうのも好きで付き合ってるんだから今更だろ。それでどうだ。明日?」

「うん。恥ずかしいけど、こういうときでも思い出せるかもだし。行きましょ!」

「よし、それじゃ明日行こう。一応言っとくけど、指輪代は俺が出すからな」


 見栄と言えば見栄。でも、俺から持ちかけた手前だ。


「駄目。ちゃんとお互いの分はお小遣いから出しましょう?」

「いやいや。俺から言い出したんだし、出すって」

「私も欲しいって思ったんだからきっちりと折半しましょう」


 雅の言うことには一理ある。でも……。


「俺としても男の見栄ってやつがあるんだけどな」

「そういうのは古い考えだと思うわ」

「そうだな。わかった。どうせなら契約書にでも書くか?」


 冗談めかして言ってみる。


「そうね。せっかく作った契約書だもの。早速書き足してみるわね」


 そのつもりだったのに、雅は至って真面目だ。

 言うや否や、何やらカタカタとキーボードの音が聞こえてくる。

 

 追加条項: 

 甲:羽多野幸久はたのゆきひさ

 乙:湯川雅ゆかわみやび


 甲が乙に物品を買い与える時または乙が甲に物品を買い与える時


 1.申し出た者が費用を全額負担する 

 2.受領者から費用を折半する旨の申し出があった時はそれに従う


「ペアリングを買いに行くって話がえらく事務的になったな」


 ちょっと噴いてしまいそうになる。


「私も書いてて思ったわ。でも、こういうのも私達らしくてよくない?」

「雅らしくていいけどな。そのうち、契約書がどんどん厚くなってかないか?」

「そういう時は両者協議の上で改訂しましょうよ」


 そんなことを言う彼女はとても楽しそうで、とても愛おしくなる。


「そうだな。じゃあ、また明日」

「うん。そ、それと……大好き。お、お休み!」


 言ったきり、電話はプツっと切れてしまった。


「大好き、か……」


 俺も返そうと思ったのに電話切りやがって。

 プルルル。プルルル。


「ど、どうしたの?」

「言い忘れてたけど。俺もお前のこと大好きだから……お休み」


 よし。俺も言ってやったぞ。

 これで今夜悶々とせずに済むと思ったら。


【こういうのは卑怯だと思うの】


 雅からのLINE。


【それ言ったら雅が一方的に大好きとか言ってきたんだろ】

【それとこれとは別!】

【どう別なんだよ】


 結局、明け方近くまでそんなやり取りを続けてしまったのだった。

 俺たち、ちょっとアホじゃないか?

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