第4話 成長

 初めてラブレターを貰った。休み時間も積極的に話しかけられるようになって、僕は正直浮かれていた。


 けれど、すぐに付き合うとかどうとか、そういうことは考えられなかった。なんていうか、自分が求めるものはそういうものじゃない。あの時みたいな笑顔が欲しいだけで。


 そんな、変わり始めた高一の冬。雪が降り出しそうな空、昇降口でばったり彼女と遭遇した。


「あ」


 僕はバツが悪いかと思って逃げようと思ったが、彼女は予想外にも反応して見せた。それも、どこかで見たことのあるような笑顔を湛えて。


「……久しぶり」


「久しぶりだね、”しょーくん”」


 その名前は、とても気持ち悪い感覚を伴っていた。まるで生温いゼリーでも投げつけられたみたいに。


 それ以降、何も喋らなかったが、家は同じ方向。少し距離を開けて、並んで歩く。


「しょーくん、変わったね」


「そうかな」


「変わったよ。すごくカッコよくなった」


 彼女の言葉が、妙に窮屈に絡みつく。白い息に身を寄せながら歩き続ける。今この瞬間も、彼女が何を考えているのか分からなかった。そうして、気づけば家の近くまで歩いていて。


 ふと彼女の方を見ると、いつもと違って見えた。きっと僕の身長が伸びたから。いや、きっとそれだけじゃない。


「……しょーくんと、バスケしたいなぁ」


「え?」


「今やっても、絶対負けちゃうけどね」


「……さぁ、どうだろ」


「あのね。しょーくん、あかりね」


「あのさ」


 彼女が何か言おうとするのを、遮って。


「お前も変わったよな」


「え、私?」


「うん。まあ……それだけ。じゃあな、古庄」


「あ、しょーくん!」


 そう言い捨てて、足早にその場を去っていく。


 カッコ悪いだろうか。いいや、気にするもんか。だってあれは、僕の知っているあかりじゃなかった。誰が何と言おうと自分の好きな事に興味を持って、目を輝かせてたあかりが、まるで品定めするみたいに。


 レンズを通さない彼女の視線は、僕の知らないものだった。


『いつか三重跳びとか出来るようになるかな』

『いや、流石に無理でしょ』

『出来るよ! あかりもしょーくんも、もっともっと成長したら!』

『……そうかな』


 余計なことを考えてしまう。寒い。気づけば雪が降り出していたみたいだった。


 帰宅し、自室まで駆け上がる。バスケットボールに触れて、思い耽る。


 彼女が必死にフリースローする姿。


「今更なんだよ……俺は」


 もっともっと、成長したい。凄い所を見せてやりたいって、その一心で。


 これから俺は変わっていくよ。


 ずっとずっと隣にいても、違う速度で変わっていくんだって。成長していくんだって。頑張ることの楽しさと一緒に、君が教えてくれたんだから。


「俺、だってさ」


 部屋に響く声が妙に低く聞こえて、自分じゃないみたいだ。


 俺はそう呟いてから、苦し紛れに笑っていた。


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名無しの成長期 eLe(エル) @gray_trans

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