第5話 死神と桜葉華奈

暗い部屋の中で、デュアルモニターから発せられる光が人物を照らしていた。

着崩したパーカー、ボサボサの髪、目の下にはクマがあり、瞳はまるで死んだ魚のようだ。

彼女はカタカタとキーボードを細い指で叩きながら、モニターをずっと見ている。

ネットにある検索マークの横には『死者蘇生の方法』と書いてあり、今正に彼女がそれを調べていた。


「雫くん、雫くん、雫くん、雫くん・・・待っててね。今──蘇らせるから」


三ヶ月前、交通事故で幼馴染──桜葉華奈を助けて身代わりになり死んだ少年の名を何度も口にしてネットの書き込みを眺めていた。

そんな桜葉華奈はたった三ヶ月で狂ってしまったのだ。


漆原雫が死んでしまった翌日は学校を休み、警察署へと向かって事情聴取をされた。

交通事故が起こる前の状況や、起こった時の状況。

色々と聞かされ、精神的に疲れた華奈はその日は家に帰ると直ぐに部屋へ入り就寝した。

次の日は学校へ行けたものの、友人達から漆原雫が死んだ事について色々と聞かされた挙句、大好きだった人への悪口を直に受けて気分が悪くなった。


──あいつ、死んだんだって?桜葉さんもこれから苦労しなくて良かったね──

──あぁいうのは死んだ方がみんなの為になるんだよ。調子乗ってたし──

──桜葉さんってさ、あの男と帰ってたんでしょ?なんなら今日一緒に帰らない?──

──カラオケとか寄ろうぜ。なぁ俺達と遊ぼーよー!──


気持ちの悪い笑みを浮かべながら自分の体へと手を伸ばす男子生徒達に恐怖を覚えた桜葉華奈は、吐き気を催して走りながらトイレと向かった。


「お”ぇ・・・う”ぁぇ・・・」

「ちょ、ちょっと大丈夫!?華奈っ!」


都合のいい事に仲良しの女生徒に見つかって保健室に一緒に行ってもらい、その日は早退して家へと帰った。

その日も家へと着いたら家にいた母親に事情を話し、自分の部屋へと入って寝た。

夜中に起きて水分を取ろうとリビングへ向かう途中、父親と母親が寝る部屋から声が聞こえた。


「ねぇあなた、華奈は大丈夫かしら」

「・・・学校で嫌な事があったらしいな。学校から電話で聞いたぞ」

「そうなのよ。事故の事で色々と聞かれたみたいでね」

「仕方ないさ、人間は知りたがる生き物だからな。でもあの子にとって死んだ子は好きな子だったんだろ?そりゃ辛いさ」

「どうしたらいいのかしらね・・・」

「華奈が学校に行きたくないのであれば、無理に行かせるつもりは無い。今のあの子にとって周りの幸せは毒でしかないからな。自分の幸せを取られた人間は、他人の幸せに嫉妬する。だからあの子のペースでやらせないと・・・ある程度は時間が解決してくれると思うんだけどな」


その会話を聞いた後、飲み物は飲まずに華奈は部屋へと戻った。

ベッドへと体を投げ、顔を枕で埋めて何も考えない様にした。

しかし、どうしても大好きだった漆原雫の顔が脳裏に浮かび、気づけば華奈は涙を流していた。

華奈にとって雫は生きる意味ですらあった。

小さな頃から出会い、一目惚れして、ずっとずっとこの人一緒にいたいと──そう思うくらいに。

大学に行ったら二人で暮らす約束を交わした直後の交通事故。

もし二人暮しが実現したのであれば、食事や洗濯をしてあげたいと思っていた。

雫自信が華奈の体を求めるのなら全力で応えるつもりだった。

でも・・・もう華奈が愛する男はこの世にいない。

そう考えると自然とある言葉を口にしてしまう。


「──死にたい」


精神的に病んで、自殺願望がこの時目覚めた。

この日を境に桜葉華奈は何度も何度も自殺未遂をするようになった。

母親が料理中に持っていた包丁を奪い、首を自ら切ろうとしたり。

父親が趣味のDIYをしていると使っていたノコギリで腕を切ろうとしたりしていた。

他にも首吊り、お風呂でわざと溺れようとしたり、食事を取らず餓死しようとしたり等。

流石に桜葉華奈の両親はこの行為に恐怖を覚え、精神病院へと連れて行った。


「あまりに重症ですね。こちらで暫く面倒を見ますので取り敢えず安心してください」


一人の若い医師が桜葉華奈の両親へとそう告げた。

その後は鉄格子の病室で二十四時間体制で監視されながら桜葉華奈は過ごした。

目には目隠し、両手は縛られ、食事の際だけ外される。

食事の後は精神安定剤を投与され、偶に鎮静剤等も投与される日々が一ヶ月続いた。

勿論、鎮静剤の効果が切れれば叫び散らす。


「あぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」

「先生!鎮静剤が切れました!!」

「雫くん!雫くん!今会いに行くからね!!私も死んで会いに行くから!!雫くん!!」

「体を抑えてくれ!」

「やめてぇぇぇえええ!!!触らないでぇぇぇぇええ!!!いやぁぁぁぁぁああぁぁぁあ!!!!!」


医師が鎮静剤を首元に打つと、先程まで叫んでいた桜葉華奈が別人のようになる。


「──あ、あぁ・・・うぁ、あぁ」


涎を垂らしながら口を開け、目は死んでいる。


何度も、何度もそんな生活が続いて一ヶ月後──自ら自殺するような事はなくなり、桜葉華奈は自宅へと戻った。

自宅へと帰ってきた華奈は普通に会話は出来る程に精神的に回復したが、まだまだ問題が山積みであった。

まずは学校についてだが、桜葉華奈本人が学校に行けば漆原雫を思い出してまたおかしくなるかもしれないと言い出した為、高校中退を余儀なくされた。

そして精神科の医師からは家から一歩も出してはならない。

もしどうしても出たいのであれば親が同伴して精神的安定剤を事前に服用させる等、色々とルールを設けられた。

それから今の生活の基礎が出来上がる。

寝起きは遅く、昼に起きて冷蔵庫にある作り置きのご飯を食べてシャワーを浴びる。

その後は部屋へと戻り、パソコンと睨めっこし有名なゲームをしたり動画を見たりと好きな時間を過ごして、夜には家族でご飯を食べてまた部屋に戻り、同じように過ごす。

そして眠たくなったらアラームはセットせずに寝てまた昼に起きる。

他の人からしたら贅沢な生活だと思うが、華奈にとっては嫌な生活だなと思っていた。

外に出たいが出られない。それだけでも嫌になってしまうのだ。

外に出て、アルバイトなんかして親に迷惑をかけない様にしたい。

そんな華奈本人の思いというのものは現実は叶えてくれない。


「暇だなぁ。このゲームもやる事やったし、ゲームとか飽きちゃった」


体を伸ばしながらそう独り言を呟く。

華奈にとってゲームは暇つぶしに最高の物だった。

ゲームをしてればいつの間にか時間は過ぎてるし、母親から食事だと声をかけられるまでずっとやっていたり。

たまに動画なんかもずっーと長時間見ていたりする事もあった。


「んん?なんだろうこの書き込み。『死者蘇生について─愛する人を蘇らせる─』?」


デュアルモニター越しに華奈は興味深々でその書き込みをマウスでスライドさせながら見た。


「これだ・・・雫くんを蘇らせればいいんだ!あっはは♪」


この日から桜葉華奈の人生は完全に漆原雫を蘇らせるという色に染まってしまう。

暇さえあればネットで現実にありもしない魔術や魔法について調べて見たり。

しかし華奈自身は両親の前では何事もないように振舞っている。

そうしなければまた精神病院へと連れていかれると思ったからだ。


そんな毎日を続けて今日に至る。

暗い部屋でただただキーボードの叩く音とマウスの音だけが響く部屋に華奈は椅子に三角座りでいた。

今までと違う点と言えば、漆原雫が死んだ時に助けた猫の一匹が部屋にいるという事。

どういう訳か母親が拾ってきたと言い、それからは華奈の部屋に入り込む様になった。

猫は親猫の方で、子猫はどこに行ったのか華奈は気になっていたが、それより雫を蘇られる事の方が重要でいつの間にかそんな考えもなくなっていた。


「あっ、間違えてクリックしちゃった」


華奈はモニターを見ながらそう呟く。

広告へ誤ってクリックしてしまい、すぐに前のページに戻ろうとするが──


「あれ、なんで戻らないの?もしかして壊れたかな」

──壊れてなんかないさ──

「っ!?だ、誰!?!?」


自分と猫しかいない空間で別の誰かが声を出した。

しかもはっきりと会話の様なやり取りをしたから尚更驚いてしまう。

声は少年の様だった。まるで声優が演じるとても心地が良い声で、どこか吸い込まれそうな声でもある。


──君、見てて滑稽だよ。そんなに好きだったかい?漆原雫の事が──

「黙って・・・馬鹿にしないでよ」

──まぁ無駄話はやめて本題に入ろうかな。君さ、漆原雫に会いたい?──

「え、会えるの!?」


誰かも分からない声は華奈にそう言った。

一方で華奈は漆原雫に会えるという言葉だけで興奮が表へと出ている。

会えるのかと言う質問に早く答えて欲しいとうずうずしていた。


──あぁ会えるとも。方法を知りたい?──

「教えて!早く教えてよっ!」

──そうか、そんなに知りたいんだ。・・・いいよ。教えてあげる──


声は死んでしまった漆原雫に会える方法があるという。

早く会いたい、愛する人にずっと好きだった想いを告げたい。


──君も死ねば会えるよ──

「死ねば・・・会える?」

──そうだよ。そして君は既に僕とお話が出来ている。つまりは半分死んでいるだ。僕はね、死神なんだよ──


少年がそう言うと、華奈は腹部に違和感を覚えた。

ゆっくり、ゆっくりと視線を落とすと──ズブリと血で濡れた黒塗りの剣が刺さっていた。


「あ、あ・・・い、たい・・・痛い!!」

──当たり前だろ?死ぬんだから痛いに決まってる──


ズジャッと音を立てて勢いよく腹部から抜かれる剣。

抜かれたと同時に血が溢れ、桜葉華奈はその場で倒れた。


「はぁはぁ、い・・・だぃよぉ・・・雫、くん」


剣を抜いたせいで思った以上に血が溢れている。

大量出血死してしまうであろう量の血が八畳の部屋をどんどんと赤く染めていた。

徐々にブラックアウトしていく視界。

手足は痺れたように力が入らず、息もまとも出来ない。

桜葉華奈はゆっくりと目を閉じた。


──それでいい。死を受け入れるんだよ。そうすれば漆原雫に会えるよ。そうだ、君にプレゼントを贈ろう。いきなりあの世界に来ても力がないと即死だしね。僕の祝福と加護、あとは君の事を刺した剣もプレゼントしよう。大事にしてよ、それ神界に一振しかない代物なんだから──


声はずっと語り続けているが、既に桜葉華奈は息をしておらず、ただ血を流し床に倒れている。


──猫ちゃん。君も一緒に行きなよ。あの子に着いて行けば、大切な子供に出会えるよ──


その言葉に猫は動き出し、死んだ桜葉華奈の横に来て腹を見せる体勢でゴロンと横になった。


──素直だね、君も腹を刺されたいか。行ってらっしゃい。素敵な異世界生活になりますように──


またもズブリと深く剣を刺し、猫は声も上げずに動かなくなった。


──さぁ、漆原雫の方はどうやら面倒な事になってるねぇ。・・・剣闘神が負けたか。これはこれは大変な事になったね。玉枝ノ前・・・君も異世界に来るんだろうか?まぁ僕はもう少ししたら桜葉華奈の傍に行かないとね。あの世界をクズやゴミ共の手に渡らせる訳にはいかない。なんとしても守らないと──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界契約《ワールドシヴァレオ》 @uchumaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ