第6話 Riko_H.Log_20XX.6.19

Riko_H.Log_20XX.6.19


 新しいテレビではアンドロイドのニュースが流れていた。アンドロイドには心はあるのか、人権はあるのか。文化人達が話し合う。

 いつか聞いた、奏多の、アウトプットが全てという言葉。理子のフローチャートを支える言葉。

 入力された記憶を思い返す。

 高校の時、トイレの個室で自分の話を聞いた。偽善的だ、みたいな内容で深い悪意はなさそうだったが無い事も言われていた。今出て行くと面倒だろうなと思いじっとしていた。

 足音が去った後、同じように手洗い場に並んだのは同じクラスの奏多だった。それなりに気まずかった。

 次の時間は美術で、蜘蛛が生き延びることを目の前の机を見ながら願っていた。止まったらその視点の世界はおしまいで、みんなはそれがどういう意味か深く考えてないんだろう。だからといって今動いて逃してやれない、それができない自分もくだらなかった。

 授業が終わって、蜘蛛を外に逃して、2つの意味で安堵した後、奏多の手伝いをするか一瞬だけ止まった。さっきの話の手前、戸惑わせてしまうだろうか。手伝った方がいいか否か、同じ分からないなら良いと思う方に進むことにしていた。

「長谷川さんは優しいよね」

 準備室でそんなことを言われた。奏多の声は心地がいい温度だった。嫌味ではないのは分かった。

「偽善的だけどね」

 箱を棚に押し込む。触れるつもりはなかったのになんとなく言ってしまっていた。弁解したい気持ちも少し混ざっていた。

「タイミング最悪だったね」

 奏多は力なく笑って続けた。

「伝聞で人を判断しないよ。してくれたことが全てだよ」

 してくれたことが全て、それは私を救う言葉だった。

 奏多との日々は音を奏でるようで居心地が良くて。私のお気に入りだった。奏多といる自分もお気に入りになれた。

 世界は始まって終わる、膨らんでは消える気泡なんだ。消えたら消えたまま。

「ロボットだったらまた始まるかもね、停止して起動して、」

 私の話を聞いていつか奏多が言っていた。

 テレビを消して、自分の部屋に行く。

 電気をつけると暗い窓が自分を映した。カーテンを閉める。

 奏多は奏多の部屋にいるようだった。

 出してあった絵の具に油を混ぜて、多分理子が買ったキャンバスに色をのせていく。

 あの日、視聴覚室の前に絵を運ぶ時。あまり通らない方の渡り廊下を歩いた。

 その時見た、地面の段ボールにふんと一緒に張り付いていた乾いた命だったもの。

 通るたびに見ていた。全部無事巣立ったのかと思っていた。そんなわけはなかった。

 このツバメが生まれて落ちて死んだ事実はどこに残るんだろうか。そんなことを思った。

 片付けた時。それはツバメのためか自分のためか分からなかった。ツバメはもういないんだから、自分のためでしかなかった。ただの自己満足だった。

 奏多はあの時、それでいいんだよ、と言った。

 筆を置いて持ちかえる。

 日常の流れに奏多と漂う。消えたら、この日常も消えたまま。この気持ちも消えたまま。

 消えるのはもったいなかった。

 絵を描いていた。深い青で2つに割れた尾羽を筆でなぞる。

 あの、私が忘れたら消えるツバメ。私が消えたら消えるツバメ。私の手、長谷川理子の手。

 隣の部屋で奏多が動く音がする。

 消えるまで、漂えるだけ漂おう。



〈終〉

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