黒猫の夢

朝霧

黒猫

 夢を見ている。

 夢の世界で俺は何故か黒猫になっていて、雪が積もった道路を一匹で歩いている。

 とても寒かった、ものすごく寒かった。

 死んでしまうのではないかと思う程度には。

 それでも理由もあてもなく歩き続けていたら、何かを発見した。

 公園のベンチの上、自分よりも大きいそれが横たわっている。

 人間の子供だった。

 体の表面にはうっすらと雪が張り付いている。

 目は開いているが焦点は合っていない。

 死んでいるのかと思ったが、とりあえず「お前なにしてる」と言ってみた。

 言ってみたつもりだったのだが、猫の身体のせいか「にゃあ」としか言えなかった。

 その後も何度か試してみたがニャアとかナアとかフシャーとしか鳴けなかった、明晰夢のくせに身体に引っ張られているのかどうしても人語は話せないらしい。

「……ねこ?」

 小さくかすれた人間の声が聞こえた。

 いつの間にか子供がこちらをぼんやりと見ていた。

 夢でも見ているような顔だった。

 何だ生きていたのか、そう言おうと思ったけどやはりニャアとしか言えなかった。

「ここ、ねこさんの場所だった……? ごめんね、ほんとごめん、ちょっと今うごけそうにない……」

 妙な誤解をされている気がする、こんなところを自分の縄張りだと思っているらしい。

 子供の目の焦点がまた合わなくなってきた。

 どうでもよかったので立ち去ろうとした。

 だって寒い、とても寒い。

 暖かいところに行かなければ死んでしまう。

 そう思ったがふと、目の前にいる人間の子供がまだ生きているなら、多少はこれで暖が取れるのではないかと思った。

 いきものの身体は基本的に暖かいはずだ。

 そう思って、ベンチに飛び乗って子供に身を寄せてみた。

 暖かくはなかったが、雪や地面の冷たさに比べると比較的マシだった。

 身体に何かが触れた、雪よりマシだが冷たいその感覚にふぎゃと情けない声を上げてしまった。

 どうも子供が不躾にこちらの身体に触れてきたらしい。

「あったかい……」

 ぼんやりとした声が聞こえたと同時に、弱々しく抱きしめられた。

 逃げようかと思ったが、随分と冷たさがマシになった。

 それなら、もう少しだけここにいようか。

 おとなしく子供に身を寄せると、子供は小さく「ありがとう」と言った。

 そこから先は曖昧で、よくわからないうちに目を覚ました。


 嫁がゲーム画面を睨みながらうんうんと唸っている。

「うーん……どっちがかわいいか……」

 ゲーム内の投票で悩んでいるらしい。

「んー……ネコさんの方は可愛いというよりもなんというかプロっぽい印象があっって……うさぎさんの方は狼の腹を裂いて生まれたとかなんとなく地雷女が好きそうなイメージがあるし……」

 ごちゃごちゃ何か呟いている、さっさと決めてさっさとそれを終わらせろと思って口を出すことにした。

「面倒くせえ。ならもうキャラ関係なしに猫か兎どっちが好きかで決めちまえ」

「あ、それなら断然猫。命の恩人だし」

「はあ?」

 命の恩人ってのはどういうことだと聞いてみると、嫁は小さくはにかんだ後、こんな話をした。

「子供の頃、真冬の雪降ってる夜に家から叩き出されたことがあってさあ……適当に歩いてたら公園にたどり着いたんだけど……すごい寒かったから、ああ死ぬんだなあ……って思ってたら見知らぬ野良猫がさ、近寄ってきて抱っこさせてくれたの。すごいあったかくてさあ……そのまま寝ちゃったけどおかげで死なずに済んだんだ……綺麗な黒猫でね、朝になったらいなくなってたからひょっとしたら夢だったのかなって思ったこともあるけど……多分ちゃんといたんだと思う」

「……ふーん。その話、聞いたことあったか?」

 数日前に見た夢と似通った話だったのでどこかで聞いたことがあったのだろうかと思ったのだが、嫁は首を横に振った。

「ううん。ないよ。何で?」

「いや、なんでもない」

「ならいいけど……というわけでネコさんに投票しよう……これでTシャツもらえるから、早速……」

「まだやる気か」

「まだ、って……まだ五分くらいしかやってないけど……」

 舌打ちしたがやめる気はないらしく、嫁は「ごめんねー」と言いながらゲームを続行する。

 つまらないが、特にやることもないので嫁の様子を観察する。

 嫁は時々小さく「ぎゃあ」とか「うっわ」とか「おっと」とか「よっしゃあ」とか言いながら百面相していた。

 その顔がすんと真顔になったタイミングで声をかけてみる。

「さっきの猫の話」

「え? うん何?」

「猫のこと命の恩人とか言ってたが……猫にそんなつもりは欠片もなくて、ただ単にお前で暖をとってただけかもしれないとか思ったことないわけ?」

「あー……そう言われるとそっちの方が自然かな? それでも助けてもらったことに何も変わりはないから、やっぱりあの猫さんは私の命の恩人だよ」

「……そうか」

 そのタイミングでゲームが始まったらしく、嫁の視線がこちらから逸れてゲーム機の画面に戻る。

 結局嫁はその後三時間以上ゲームを続けた。

 やっとやめた思ったら単に水分補給のために中断しただけだったらしく、まだやろうとしたのでゲーム機を取り上げた。

 眠いなら一人で寝てよという嫁を黙らせて、その身体を抱え込む。

 密着していると少し暑いくらいだったが、寒いよりはマシだったのでそのまま目を閉じた。

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黒猫の夢 朝霧 @asagiri

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