エピローグ

 借り物競走の後は大変だった。


 宝くじでも当選したのかと疑いたくなる程度には注目を集め、一躍スターになっていた。

 元々、『篠宮先生が生徒と付き合っている』なんて厄介極まりない噂が蔓延っていたことも手伝って、本当に付き合っているんじゃないかと疑われた。


 けれど、ウチのクラスの人……主に、加原さんが中心になって。


「や、綾辻くんの一方通行なのは明らかじゃん? あんま揶揄っちゃ可哀想だよ」


 とフォローしてくれた。


 内心、俺と花澄さんの関係を疑っている人は多いと思う。

 いつだったか、授業中に俺の名前を呼ぶポンコツ行為を披露したこともあったしな。


 けれど、敢えて深くは追求しない空気があった。優しいクラスメイトに恵まれたものだ。



 正直、教師陣の方が厄介で、こちらからはかなり疑いの目で見られていたのだが。

 その点は、七宮先生がフォローしてくれた。俺と花澄さんの交際を知っている数少ない人で、何かあっても助けてはあげないと宣言していたのだけど。


 いざ窮地に立たされると、『篠宮先生はあたしと付き合ってる』なんて、大それた言い訳をしてその場を取り繕っていた。


 花澄さんもたじたじになりながらそれに同意し、事なきを得ていた。



 色々あったが、花澄さんにまつわる噂はどうにか払拭できそうだ。別の噂が立ちそうではあるが……。


 無茶な行動をしておいて、後始末に関しては周囲に助けられてしまった。


 なんだか情けないけれど、大事には至らずに済みそうだ。



 そして現在。


「お疲れ様。タクマくん」

「お疲れ様です。花澄さん」


 俺は花澄さんの部屋に来ていた。


 後片付けやら打ち上げやらで時間を消費して、花澄さんと二人きりになれる場面がなかった。


 今でもやっぱりこういう軽率な行動は慎んだ方がいいと思うし、直接会わない方がいいとは思う。

 けれど、今日は会いたかった。だから、俺の気持ちを優先させてもらって、ここまで足を運んでいた。


「なにか飲む?」

「じゃ、ミルクティーで」

「りょーかい」


 俺は荷物を脇に置くと、ベンチに腰掛ける。


 少し遅れて、花澄さんはコップを二つ持ち隣にやってきた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 ちびりと口に入れ、一息つく。


 静かな時間が流れる中。

 花澄さんは俺の肩にこつんと頭を乗せて、甘い香りを漂わせてきた。


「え、えっと、か、花澄さん?」

「今日……すごく嬉しかった」

「そ、そうですか。ならよかったです」

「でも、ごめんね。目立つの嫌だったよね? タクマくんは」


 目立つのは苦手だ。


 極力、日陰で暮らしたい。


 けど。


「花澄さんに見損なわれる方がよっぽど嫌です」

「み、見損なってなんてないよ」

「……俺、ずっと、花澄さんのことを先生だとワンクッション置いて考えていたんです」

「タクマくん……」

「でも、先生である以前に、花澄さんは一人の女性で……。俺にその自覚が足りない訳だから、温度差が生まれるのは当然だなって」

「…………」

「だから、思ったんです。面倒なしがらみを全部取っ払って、純粋に好きな人の元に行こうって。それで俺にとって、『好きな人』って書かれたお題に適した人は誰だろうって探したとき、花澄さんしか思い当たりませんでした。そんな自分にちょっと安心して、保身に回らず、行動してみたんです。それなら、花澄さんを好きな気持ちが伝わるかなって」


 目立つこと以上に、花澄さんとの関係に亀裂が入ることの方が嫌だから。


 だから、後先考えずに行動したのだ。


 花澄さんは赤面すると、俺の手をぎゅっと握った。


「タクマくんはさ」

「はい」

「全校生徒の前で私のこと好きだって言っちゃったこと、後悔してないの?」

「するわけないです」


 初めから浮気する気などないが、ここまで大々的に告白した以上、もう後に引けない状況。少なからず、信頼を勝ち取ることはできただろう。


 後悔どころか、プラスに働いているくらいだ。


「そっか」


 花澄さんは柔らかく微笑むと、さらに俺の手を強く握り密着してきた。


 胃もたれするような甘い空気が蔓延し、俺の顔も自然と熱くなってくる。


「私ね」


 花澄さんは上目遣いで俺を捉えると、噛み締めるように口火を切った。



「……キミのこと好きになってよかった」



 ……それは、こっちのセリフだ。


 照れ臭そうに顔を伏せて、もじもじする花澄さん。


 その初々しい反応が俺の琴線をくすぐってくる。


 はぁ、俺の彼女、超可愛い。


「ふふっ」

「な、なんですか? 急に。なにか面白いことありました?」

「ううん。タクマくん、ほっぺにご飯粒ついてる」

「え、嘘……」


 そんな小学生みたいなことしてたの? 俺。


 途端、強い羞恥に襲われ、俺の顔が真っ赤になる。

 ご飯粒を取ろうと右手を伸ばすが。


「いいよ、私がとってあげる」

「す、すみません」


 花澄さんは柔らかく微笑んで、俺の顔に手を近づける。


 頬に触れそうになったところで、花澄さんが身を乗り出しきた。


 その直後、唇に知らない感触が走った。


「えへへ。……取れたよ」

「え、い、いや……い、今の……」

「もう、後に引けないね」

「……そ、そうですね……」


 教師と生徒が、キスまでしてしまったらいよいよアウトだ。

 こんなところ教育委員会に見つかれば、タダじゃ済まないだろう。


 とはいえ、ここまでされて黙っていられるほど、俺の理性は強くない。


 花澄さんの肩をつかんで、そのまま軽く押し倒す。


「ひゃっ……⁉︎」

「こんなことされたら、もうちょっと我慢できそうにないです」

「うぇ、ちょ……た、タクマくん⁉︎」

「俺のスイッチ入れたの、花澄さんですからね」


 まったく、我ながら法律に喧嘩を売っている。

 バレたらどうなるか考えるのすら億劫になる。


 ただ、万が一、もしものことがあったら、俺は責任を取る覚悟だ。


 だって俺は、担任の先生を本気にさせてしまったのだから。


 その責任は取らなくてはいけない。


 そして何より、俺も本気になっているのだ。


 だから、これが俺の青春時代だったと胸張って言えるくらい、確かな決意を持って彼女と付き合っていこう。


 今は素直にそう思える。


「い、一応、法律的には、アウト、なんだよ……?」

「法律なんてくそ食らえです」

「問題児だね、キミ……」

「はい。担任の先生と付き合っちゃうような問題児です。だから、補習授業お願いします」


 花澄さんはただでさえ赤い顔をもっと赤くして、俺の背中に手を回してくる。


 さてと。

 勢いに任せてちょっと大胆な行動しちゃったけど、……ちょっとヘタレが発動しそうだ。


 頼むから、タイミング良くインターホンが鳴ったりしないだろうか。


 ひっそりとそう願う俺なのだった。


【完】


 ──────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございます。


 出落ちタイトルの本作を、完結まで付き合ってくださったことに感謝しかありませんm(_ _)m


 少しでも楽しんで頂けていたら幸いです。

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罰ゲームでナンパした相手が、担任の先生だった件について〜歳上を本気にさせた罪は重いってマジですか〜 ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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