大切な愛の形

海沈生物

第1話

 私の彼氏は、五歳の頃から同棲どうせいしているの布団である。布団に対する「愛」というものは、大体の人間が抱いているものである。しかし、私の「愛」はそのような「愛」ではない。恋愛的な「愛」を抱いているのだ。


 事実、布団と一緒に市役所へ婚姻届こんいんとどけを出しにいったことまである。結果としては市役所の役員から「人間以外はちょっと……」と苦笑いで拒絶きょぜつされたが、私はまだあきらめていない。そもそも、多様な「愛」の形が認められてきている現代において、どうして好きな相手が「人間」などという同類である必要があるのだろうか。


 ここ数年の内でも、地球から数千km離れた星に住む「宇宙人」と「人間」のカップルについて「婚姻関係を認められなかった」ことがニュースでも取り沙汰ざたされていた。世の中に住む地球の人間というのは、そういった「愛」を認めることに対して消極的すぎると思う。もっと「愛」というものは「自由」で良いと思うのだ。その「対象」がどんな存在であったとしても。

 そんな話をチェーン店で一緒にお茶をしていた数年来の「大切」な友人に話してみると、なぜか溜息をつかれた。


「あのね……確かに“愛”の形は“自由”であるべきよ? お前が布団を愛そうがゴミ箱に沸いたゴキブリを愛そうが異星人を愛そうが、それは“自由”であるべきだと俺は思うわ。でもねぇ……“自由”でありすぎること、時に弊害へいがいを生み出すことになるのよ」


「弊害って何? “愛”が“自由”で何が悪いの……っ!」


「そんなめんどくせー悪役みたいな言い方しないで。……もちろん生産性が、みたいな“ゴミ”みたいな話じゃないわ。制度としてそれを認めてしまえば、そこに法律の“穴”が生まれてしまう。例えば、お前がその布団と結婚したとして……そんなことあって欲しくはないけど、お前が不良の交通事故で死んでしまったとする」


「布団くんがクッションになってくれるから、交通事故程度じゃ死なないわ!」


「ちょっと黙れ。……ともかく、お前が死んだ場合には法定相続人ほうていそうぞくにんは夫の布団になるわけね。でも、考えてみて。お前の“大切”な布団くんはどうなると思う? いくら法的には法定相続人になれるとはいえ、人間ではないただの布団。言葉も喋れないような法定相続人なんて、お前の親族たちにとって都合の良い“駒”になるだけなのよ。最悪、“人間じゃないから”とか“気味が悪いから”みたいな理由で、燃やされ……


「それは! ……でも、私は」


 私は何も反論することができず、そのまま顔を俯かせた。そんな私に対して彼女は、無表情のままコーヒーを身体に染み込ませて飲んでいた「大切」な布団くんのを持ち上げた。私が「何してるのよ!」と叫ぶと、「大切」な友人は「大切」な布団くんを無表情で地面に投げ捨てた。そして、「大切」な布団くんの上に足先を向けると、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、足先で踏みつけた。

 私はあまりの残虐な行いに眩暈がして倒れかけたが、「大切」……「ゴミ」みたいな行為をした友人は、そんな私の様子など気にも止めずに私の「大切」な布団くんを踏み続けた。周囲の人たちからは、「ゴミ」みたいな彼女が布団くんを痛めつける姿を異様な目で見守っていた。いつしか、奥からやってきた数人の店員がやってくると、「ゴミ」みたいな彼女を拘束してそのまま店の奥へと連れていかれてしまった。アタフタとする私に、店員さんは不安げに顔を曇らせる。


「大丈夫でしたか、お客様?」


「は、はい。私の方は特に殴られるたり蹴られたりはしてなかったので。それより――――」


「はい、こちらのボロっち……“粗末”な布団の方でしょうか? 向こうのお客様が持ってきたものですかね? 元々ボロっち……“粗末”なものがさらに“ゴミ”みたいに汚くなっていますし、ご不要でしたらこちらの方で“処分”いたしますが……どうなされますか?」


 「ゴミ」みたいな言動をする店員さんは、まるで天使のような微笑みをこちらに向けてきた。肌が白くて奇麗なその男性店員は、右の目元にあるほくろが耽美さを生んでいた。また、男性には珍しく髪がロングで、腰のあたりまで枝毛一つない髪が伸びているのを見て、かなり髪のケアに対して気を遣っている方なんだなと思った。だから、殴った。でも、殴った。私は無意識の内に店員の頬を殴った。不意をつかれた男性店員はバランスを崩して、そのまま床に倒れ込んだ。そんな彼に対して馬乗りになると、私は追撃ついげきの一発を喰らわせることができた。このままあと数十発は私の彼氏に対する「ゴミ」みたいな言動の仕返しに殴ってやろうと思った。しかし、相手は男性で私は女性である。


 プロレスラーでもなければボクサーでもないただの非正規のOLをやっている私は、いとも簡単に馬乗りする側から馬乗りされる側へと変わってしまった。やがて周囲の人間たちからも拘束されると、「ゴミ」みたいな友人同様、私も店の奥へと……いや「布団」ではなく「人間」を殴った私は、パトカーを呼ばれて警察に連れていかれることになった。


 数時間後、なんとか複雑な事情を理解されたことで私も「ゴミ」みたいな友人も釈放しゃくほうされた。ただ、残念ながら私に前科がついてしまった。「ゴミ」みたいな友人の方はどんな屁理屈を伝えたのか、どうにか私の方へ罪をなすりつけることに成功したらしい。私は背中に感じる布団くんの温かさを感じながら隣を歩く友人を一瞥いちべつすると、ペッと唾を吐いてやった。


「……もう一回、捕まりたいのかしら?」


「うっさい、“ゴミ”女。もう一生絶対お茶に付き合ってやんない」


「俺は別にいいんだけどね。でも、お前って俺以外に友達いないんじゃないの?」


「うっ……うっさい! 友達なんて、そんなもの……いくらでも……」


「まぁなんでもいいけどね。でも、俺の身体を張った説明で分かったでしょ? 世間一般的に見て、“人間”ではないものは“ゴミ”なのよ。世間には“人間の男女”というテンプレートみたいな“愛の形”があって、それに該当しない者は“ゴミ”扱いされるの。もちろんそのテンプレートの形が悪いというわけではないのよ? ……でも、それ以外が認められにくいのが、厳しいけど今の現実なのよ」


 彼女ははふわぁと欠伸あくびをすると、警察署の前に立っている宇宙人を見て、大きく目を見開いた。


「俺はお前にどう思われようと、お前のことを“大切”に思っているわよ? 数年前に“宇宙人と結婚する”って言った時、俺の元を去らずに受け入れてくれたのは、沢山いた友人たちの中で……お前、だからね」


 背中に背負っている布団くんに対して軽く肘打ちしてくると、そのまま警察署の前で待っていてくれた宇宙人くんの元へと逃げていく。私はその後を追って仕返しでもしてやろうかと思ったが、彼女が「大切」な宇宙人くんと笑顔で抱きしめ合っている姿を見ると、そんな気分でもなくなった。

 私も背中に背負っていた「大切」な布団くんを一旦下ろして向かい合うと、今世界で一番甘ったるいと思うことができるキスをした。

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