はっ、はっ、は の歯!

@88chama

第1話  はっはっはの 歯!

 健ちゃんはとても困っています。だって約束をしてしまったことが、こんなに大変なことだったなんて、考えてもみなかったからです。秘密を守るということは、どんなにびっくりしたことや、どんなに人に自慢してみたいことがあっても、絶対にしゃべってはならないことなのですから、約束をしてしまったことをとても後悔しました。


 目の前にいる歯医者さんが、地球を守る特秘戦隊の隊員であるということも、自分が生まれて初めて、泣かずに歯の治療をうけられたということも、決して誰にも話してはならないのです。歯医者さんから特別なパワーを貰って、あんなに痛い治療に耐えられるほど強くなれたのですから、誰かに言いたくてたまらないことでしょう?それなのに絶対に絶対に、秘密にしなければならないのですから、それは健ちゃんにとって、たまらなく辛いことでした。



 健ちゃんの虫歯が痛くなりだしてから、だいぶ日にちが経ってしまいました。いつもだったらお母さんは、わぁわぁ泣く健ちゃんを引き連れて、もっと早くに治療に出かけるのですが、今度ばかりは、健ちゃんの抵抗があまりにもすごくて、お母さんがすっかり負けてしまったのでした。何しろ健ちゃんは治療を始める前に、先生の手に噛みついてしまったのですから・・・。


 お母さんは恥ずかしいやら申し訳ないやらで、どうしたものかと悩んでしまいました。そんな時、お爺ちゃんの友達が昔歯医者さんだったことを思い出しました。そしてお願いして、診て頂くことになり、遠くまで電車でやって来たのでした。もちろん、健ちゃんには内緒でね。


 日曜日の午後でした。駅から少し歩くと先生のお宅に着きました。玄関に入って声をかけると、廊下の先の部屋から小さなロボットの犬が歩いて出て来ました。どこからかエコーのかかった声がして、その犬の動きに合わせて話し出しました。

 「やぁ、健ちゃん。よく来てくれたね。その犬はデン太といって、我々の仲間である。君はお母さんと一緒にそいつの後について、奥の部屋に入ってくれたまえ」


 二人が入ったその部屋は真っ暗で、天井からの照明がキラキラと輝いてとてもきれいでした。

「まぁ、カラオケルームのミラーボール・・・」

 と、お母さんがそっと呟きました。


 部屋の片隅に人の気配がしたと思ったとたん、部屋の電気がパッと点きました。すると、そこにはお父さんの年令と同じ位の男の人と、若い女の人がニコニコ笑いながら立っていました。


「健ちゃん、私が誰だか分かるかな」

歯医者さんだ、とすぐわかった健ちゃんの心臓は、バクバクしだしました。

「健ちゃん、君は歯が痛くて毎日泣いているそうだね。だが、もう大丈夫だ。我々Dレンジャーが助けてあげるからね」


 健ちゃんは歯医者さんがDレンジャーだなんて、何のことだかさっぱり分かりませんでした。でも、先生の話によると、遠い星からやって来た悪い宇宙人達が、地球のあちこちで色んな細菌を撒きちらして大暴れしているらしい。お腹が痛くなった人や、高い熱をだして苦しんでいる人などが沢山いるけれど、健ちゃんの場合は歯の中にその菌が入りこんで、いつもの虫歯の何倍もの痛さで暴れているのだそうだ。


 「私はDレンジャーのブラック、こちらはピンクだ。さあ、ひとまずこれを飲みたまえ。君に強い細菌と戦う勇気を注入してやろう」

手渡された飲み物は、健ちゃんの大好きなココアでした。歯の痛い間ずっと禁止されていたので、久しぶりに飲むそれのおいしいこと。心臓のバクバクはやっと静かになりました。


 少し落ち着くと、健ちゃんは目の前に置かれたテレビに、地球防衛軍がどこかの星の悪い奴らと戦っているのを見つけました。

バギューン、ババババーンと激しい音に混じって、歯の治療の機械音が聞えました。キーン、ギュワーンという音は、健ちゃんには恐ろしくてたまらない音です。心臓の音がまたバクンバクンとなりました。


「さぁ戦いの準備だ、頑張れ」

「ブラックとピンクが組んで、健ちゃんの歯に入り込んだ敵をやっつけてやる。さぁこのベルトをつけるとパワーが出るぞ。痛いのなんて平気になるんだ!」

そう言ってブラックは健ちゃんを診察室のイスに座らせて、太いベルトをしめてくれました。健ちゃんは恐くてたまらなかったけれども、ブラックの真剣な目を見ているうちに、だんだん勇気が湧いてきました。


 防衛軍の戦うバキューン、ババババーンという激しい音に混じって、歯の治療の機械音も聞えてきました。健ちゃんはベルトにしっかり手をあてて、一生懸命我慢しました。でもあんなに恐ろしかったキーン、キュイーンという機械の音を我慢しているうちに、健ちゃんはあることに気がつきました。

それは、それらの音がものすごく恐ろしい音ではあるのだけれども、その音のわりにはあまり痛くない、ということだったのです。


 「健ちゃんには見えるかな。これが赤や青の虫歯菌だ。悪い奴め。そら退治したぞ」

 ブラックとピンクはほっとした顔をして、健ちゃんに血のついた綿を見せてくれました。

 「大成功だ、良かったな。でも健ちゃん、Dレンジャーのことは絶対に秘密にしてもらわなくては困るぞ。我々の行動が敵に知られてはまずいからな」


 そこへ誰かが入ってきました。

 「デンタルグレイ、只今パトロールより帰ったぞ。おや、山崎君の息子さんか、大きくなったな。なに、泣かずに治療が終了したと。それはすごい! ベルトの力はさすがだな」


 お爺ちゃんの友達のデンタルグレイが大きな声で言いました。健ちゃんは少しふくれたほっぺたを押さえながら、ロボットの犬と遊んでいます。

 「いやぁ、お前達が夢中になって遊んでいたあのヒーローの変身ベルトや時計、とっておいて良かったなぁ」

 治療を終えたブラックとピンクに向かって、グレイが胸を張って言いました。

「作戦終了。大成功! 我々はこれからも悪い虫歯菌と戦うぞ」

 三人は揃って手を挙げると、大きな声で叫びました。

「任務完了、はっはっは、の歯!」



 こうして無事に歯の治療は終わりました。でも健ちゃんには約束を守る辛さとの戦いが、それからしばらくの間続いたのでありました。

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