【アネクドート15】
事態はとりあえず収束した。
図らずも生中継されることとなった、
一方で同時期に観測できた限りでも、太陽系外では惑星が百個ほど消滅、およそ同数の星が誕生。五〇回ほどの超新星爆発と、十ヶ所ほどでのブラックホール発生が一挙に確認された。
これらは天文学的に不可解な事象で、光源氏と若紫には全能性の解放による制御不能な余波のせいという自覚があったので、二人は再び能力を制限した。地球が存続できたのは、たまたまのようなものだという。
そして、人類社会での少女愛への迫害は未だ継続している。
世界連合事務総長と情報局長官は、
「我々は、先日の白雪姫の鏡による同時多発テロリに対して最大級の非難をすると同時に、そうしたものの温床となる少女愛を容認することもできません。論理超能力が脅威であることも間違いないでしょう。
ですが前回の事例を始め、数多のテロリが皮肉にもネオテニーである不思議の国によって防がれ、膨大な人命が救われてきたのも事実です。これを世界連合の一部が隠蔽してきたことにも変わりはありません。従って当面の間、少女愛関連への対応は現状維持を保つことを提案したいと思います」
ただ、戦闘でカメラが破損していたために、光源氏が〝シュレーディンガーの猫箱〟を暴露した場面は途切れており、周知されることはなかった。各国大使たちもロリサイの影響で、当時意識はなかったらしい。
『黄金の昼下がり学園』に掛けられた疑いは、〝全能の逆説〟の制限を解除したときの学園長たちによって払拭されていた。悠斗は正式にこちらへ転校、富美香とそろって本格的にネオテニーの新入生となった。裏では、一緒に正午騎士団にも加入した。
他方。アルベルトと白雪姫を主管とする不思議の国も、信念を捨ててはいなかった。
「今回は本当に二対二のようだな」
学園長室の光原輝郎は、いつもの机で若紫の隣から旧友へと呼び掛けた。
アルベルトと白雪姫は『黄金の昼下がり学園』を極秘裏に訪問していたのだ。二人で来客用のソファーに腰掛け、正面にあるデスクの輝郎たちと向き合っている。他の教師や生徒や住民にも
「なんのことだか」王子はしらばくれる。「わしが約束を破るとでも?」
「いやこないだ破ったから」
「ジョークだよ」ソファーにもたれて用意された紅茶をひと啜りすると、アルベルトは応じた事由を挙げる。「何度も同じ手を使うほどの愚者ではないし、ここはおまえたちのホームだ。騙したあとだしな、こうでもしなければ信頼してはくれんだろう。それに知っているはずだ。あの少年、傘枝悠斗の両親は
「らしいな」
まさしく、当たり前のように輝郎は応じた。
「おかしなものだな」感慨深げに王子は腕を組んだ。「旧人類を敵視する不思議の国の出身者がネオテニーを嫌悪し、その子が双方の和解を目指す少女愛者となり、冨美香と恋に落ちるとは」
そこで鋭く、光源氏も指摘する。
「だが、そちらのハンバートとロリータも黄金の昼下がり出身者の子供らだろう。特にロリータは、ロリサイで容貌を変えた悠斗くんの初恋相手のはずだ」
「気付いたか」
「おおかた気付かせるために、今回の仕事を与えたんじゃないのかね。誰がどう育つかはわからない。といったところだな」
「さよう。貴様への皮肉のつもりだったが、痛み分けとはな。わしも学ばされたよ」
「宗旨替えということかい」
「方針は変更する」そう述べはしたが、皮肉な笑みでアルベルトは付け足した。「貴様の証言には半信半疑だが、旧人類を死滅はさせん。サイの力場としてのみ活用し、ネオテニーの支配体制下で奴隷として様子を窺おう」
輝郎は深い溜め息をついて応対する。
「それにも、わたしは反対だ」
「だろうな。では、また戦場で相見えることになろう。……馳走になったな」
アルベルトは空になったティーカップを置いた。
ボノボの杖をついて席を立ち、白雪姫とそろって背中を向ける。そこに、旧き友たる男は宣言した。
「君らとの和解も、あきらめてはいないぞ」
「ストーカー染みた粘着でキモいが」王子はちょっとだけ振り向き「同感だ。ではな」
一言だけ挨拶をして、返事も待たずにパートナーを伴い霞のように帰宅した。
刹那。白雪姫はずっと自身を仰いでいた羽根団扇を畳み、気恥ずかしそうに若紫へとそれを振って、「また会いましょう」と囁いてもいた。
「……またな」
深く座席の背もたれに身を沈め、輝郎は無人となった空間へと返答する。
隣席から、心配そうに若紫がパートナーの片手を握って尋ねた。
「のう源氏」彼女は空いた手を、さっきまで姫がいた虚空へと振るように上げていた。「あの小娘とも、いつかはちゃんとした友達になれるのじゃろうか」
「なれるさ、きっとな」
しっかりと、輝郎はパートナーを抱き寄せた。
互いの身体は、とても温かかった。
「へー。まさか、あなたが富美恵の子孫だったとはねぇ」学園内の寮の廊下で、恵兎は冨美香に感心していた。「いやあ、親友として自慢になるわ~」
「あは、自慢しちゃっていいよ♥」
一緒に歩く冨美香は、可愛いウサギのぬいぐるみに戻ったキティに顔を埋め、照れ笑いでごまかす。
「いつから親友になったんだよ」
ツッコんだのは剛太だ。
夕方、廊下に並ぶ窓から差し込む茜色の斜陽の中。それぞれのパートナーを含むここで知り合って以来馴染みの六人で、廊下を自分たちの部屋に向かっているところだった。
沙奈々も称えた。
「悠斗くんも富美香ちゃんのパートナーだったんだもんね。糞すごいよ!」
剛太と沙奈々、恵兎と春伽は、正午騎士団ではなかったためあのとき月には連行されず、そこで発生したことも関知していなかった。
だから帰還して混乱がひと通り沈静化した今日。あの後のこともこれまでの秘密も初めて、悠斗と冨美香から詳細に聞けたのだ。
「それだけですごいってことはないよ」悠斗は、大げさに褒められたために謙遜する。「互いに好きになったのが、おれと彼女だったってだけだ」
「かもね」同意しつつも春伽は感謝する。「でも、お蔭で助かったもん。命の恩人だよー」
「月並みだけど当然のことをしただけだって。同じ人間だもんな」
「同じ人間か。そういうことを、みんなが理解できるといいんだけどねー」
ふと、山間から覗く夕陽がひと際眩しくなった。
風によって開けた山林から、特に日差しが力強く降り注いだのだ。柔らかな雲に彩られた太陽へと、鴉が列をなして切なげに歌いながら飛んでいく。彼らの眼下には、一般人が暮らす町並みが寥々と横たわっていた。
しばし光景に自然と六人で見入りながら、諸々の感傷に浸って無言で歩く。
「あ、着いたわね」
唐突に、恵兎が報告する。
悠斗と冨美香の部屋前だ。二人の自室が、このメンバーでは学び舎からは一番近い形になっていた。
そう。先の事件を受けて、剛太と沙奈々と恵兎と春伽も、正午騎士団に入団することを決定したのだった。
だから、もうなにも隠す必要はない。
「んじゃ、またね~」
沙奈々が手を振る。
「今度からいつでも会えるけど♥」はにかむようにして、冨美香が応じた。「とりあえず、ばいばーい♥」
「うん、また明日」
悠斗も言って、全員と挨拶を交わしてから扉を開けようとしたとき。
「あ、ちょっと待って♥」冨美香が止めた。「春伽ちゃんから、ちゃんとした歓迎の仕方を教わったんだよね。あたしたちも、まだ会ってあんまり経ってないでしょ。だからやらせてよ!♥」
そう断った彼女だけが先に入室した。許可するまで待ってて、と告げて。
他の四人はサプライズの内容を承知しているのか、クスクス笑いながら去って行く。
悠斗は閉まった扉に背を預け、この数日間を回想しながら待った。
ロリシタン狩りで綺羅坂冨美香に出逢い、黄金の昼下がり学園に到るまで。新たな勉学、友人たち。白雪姫の鏡との対峙。
今の自分に到達するには、どれであろうと欠けてはならない大切な要素だった。年齢ではなく学習によって、育まれたのだから。
やがて室内から許可がなされた。
「もう入っちゃっていいよ~♥」
往事の生活に別れを告げるように、悠斗は新生活への扉を意気揚々と開けた。
入り口では、浴衣を纏った冨美香が正座して三つ指をつき、お辞儀までしていた。傍らに置いたキティにも頭を下げさせている。
「……えーと、冨美香さん?」
思わず変な呼び掛けをしてしまう悠斗。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします♥」
パートナーに構わず、冨美香は畏まった口上で面を上げる。とどめに小首を傾げながら、
「ご飯にする? お風呂にする? ……それとも、あ・た・し?♥」
意味がわかっているのかいないのか、満面の無邪気な笑顔で、上目遣いで訊いてくる。
悠斗は赤面しながらツッコんだ。
「だから、そういうのいきなり過ぎるから!」
問題は、まだ山済みのようだった。
【アネクドート15】
【Q.一単語のジョークを教えてください。
A.少女愛禁止法。】
誰かにとってのロリトピア 碧美安紗奈 @aoasa
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