【アネクドート14】「全ての人に人権があるのに少女愛支持者の人権は無視されていないか?」と疑問が呈され、国際社会は同意。

【「全ての人に人権があるのに少女愛支持者の人権は無視されていないか?」

 と疑問が呈され、国際社会は同意。

 議論の末に人権の概念は以下のように改められた。

『全ての人に人権がある(少女愛支持者を除く)』】



 意識を手放す間際に目撃した悠斗と冨美香の決意から、光源氏と若紫も次の覚醒で全能を取り戻す覚悟を決めていた。


 月にある鏡の国ドームで他の全員と一緒に目覚めた二人は、空中に投影されたままの映像で、氷像のように硬直して対峙する旧友と新たな友を視認。鏡騎士団の意識だけを再び奪い、後のことは仲間たちへと任せて地球へと急行したのだった。


 だがすぐに、人の身ゆえの限界が追いついてくる。このままではまた暴走させてしまう。シュレーディンガーの猫箱についても、いつでも思い出せるようになったが踏み出す勇気が足りない。正体によっては、衝撃で以前のような惨事も引き起こしうる。

 そこで一瞬の時間を無限に拡大、試行錯誤する猶予を得ることにした。


 無敵にして不可視、同時に他の世界に存在するという偏在性をも獲得して、観測に絞って可能性を俯瞰する。


「「光あれ!」」


 聖書の創世記を真似て叫び、ビッグバンに始まる宇宙を展望した。一三〇億年以上の時を経て、天の川銀河の端、太陽系の隅、地球の生命進化の行く末に着目する。

 当たり前だが、惑星の公転周期を数えるだけの年齢で性愛の判断基準に制限を設ける生物なぞ元来存在しなかった。人類でさえも、近現代に至るまでそんな規制は一般的でなかったと再確認する。


 ただ、観測するつもりが干渉してしまいもした。

 例えば西暦の始まりともされるキリストの誕生以前、十代前半のマリアが老人ヨセフと結婚することもその後の妊娠も許されていた時期の確認にて。問題とされたのは婚前妊娠で、これが神によるものとされるのだが、この世の始まりからいるのが神であるのなら、少女を愛したのはそれこそ最大級の少女愛ではなかろうか、との想いを抱きながら


「この娘に、神が貴女を愛して身籠られただのと大天使ガブリエルから受胎告知を行うというのじゃな」


 などとふと感想を口走った若紫に、マリアが驚きの反応を示したのだ。

 不慣れな全能性で、音声を消し忘れていたことに気付き、喜郎とパートナーは慌てて去る。全能たる彼らは言葉の壁なぞ超越して意味を理解できるようにしていたので、向こうにもそっくり伝わってしまったのかもしれない。

 ともすれば、受胎告知を行った天使とは若紫だったのかもしれなかった。


 以降は慎重を重ね、要点にだけ訪れようと二人は時を進める。

 つもりが完璧にはいかず、むしろハンバート及びロリータとの戦闘で悠斗との初遭遇時に彼へぶつかった教会の破片は即死級の大きさと速度だったので、密かに砕いて小さくしたりと、すでに過去へ自分たちが干渉していなければ今の自分たちが存在し得なかった矛盾を生みうる修正も余儀なくされたりした。


「その子はおれの彼女だ、どこにも行かせない。どうしてもっていうなら一緒に連れてけ!」

 ともかくやはり、十代後半のアルベルトが恋した12歳のユダヤ人少女を庇ってナチスの秘密警察ゲシュタポにそう啖呵を切った頃。光原輝郎がアメリカの日系人強制収容所に収監されていた頃が、少女愛の扱いに関する分岐点のようだった。


 二人の全能者は量子力学的不確定性の確率に干渉することもできたが、ロリサイで思考を変えるのは不思議の国のポリシーに反する。そこで、人々の脳内伝達物質の働きが微小にずれ、第二次大戦後の人権に関する発想が少女愛の肯定方向に偏った世界をただ覗いてもみた。


「子供は誰にも教わらずに小児自慰をします。汚れた状態や危険な手法ですれば病気や怪我にも繋がりますからね。幼児期からきちんと清潔な環境で行うよう教えましょう」

「愛し合う者同士の恋愛を国家権力が引き裂く正当性は見い出せません、判断力は年齢を問わず個々の学習能力によって差異があるもの。個別の事例をきちんと精査し、問題のあるものにだけ対処すべきです」

 そんな風に少女愛を容認する社会は、ある可能性では簡単にできてもいた。


 論理超能力なぞなくても成り立つ可能性も観測できた。そこでは輝郎とアルベルトは友人同士として出会い、若紫と白雪姫に恋をし、二一世紀初頭に老いて死んだ。既知のルートにはなかった少女愛とは別のものが迫害されてもいたが、輝郎もアルベルトも若紫も白雪姫も見向きもしなかったのはショックだった。

 無論、微妙にずれた可能性ではそこに手を差し伸べることもあったが、どれもが自分たちの中にありうる要素だとは認めざるを得ないのだ。


 不思議なのは、〝論理超能力が発生しかつ少女愛が容認された世界〟だった。


「少女愛支持者でないのに、みなロリサイが使えておるな。どういうことじゃ?」


 若紫の指摘通り。

 少女愛が認められ、シュレーディンガーが猫箱から何事かを見出した世界では、全ての可能性で少女愛支持者以外の人類も論理超能力を扱えていたのである。

 恋で覚醒すらしていない。赤子ですら使用できていた。


 ロリ大戦が起きなくとも、ロリサイを戦争に活用して人類が自滅する世界もあった。けれども上手く使い、宇宙に進出していく未来もあった。

 ある種の法則も共通で、月に定住するほどになるとそこでもサイが使えたが、数人が到達した程度の火星では使えていない。

 太陽系を出て、銀河群に進出しようと、銀河団に進出しようと同様だった。

 どうやら少女愛者以外も一定数そばにいなければ論理超能力が使えないというわけではなく、多様な人類の存在が不可欠らしかった。

 そのうち人類は自然と人工による進化で、姿形も少女愛だのという定義も論理超能力の法則も超越する別者になっていったので、これ以上の観測はやめた。


「いったいどういうことだろう。結局は、答えに直接赴くのが早いってことかな」

「じゃろうな」パートナーに、若紫は同意する。「一瞬を無限に拡張しとるはずが、人が使う全能性はどうにも不完全らしいしのう。そろそろ辛くなってきたし、わらわは腹をくくったぞ」

「わかったよ。膨大な人間の生き死にを観測してきたんだ、彼らを見習って心が折れないよう。全力を尽くして臨もう!」

 光源氏の宣言をきっかけに、彼らは目標地点に飛んだのだった。


 かくしてシュレーディンガーの猫箱を知り、元の世界、元の時代、元の場所たる現時点に帰還する。



 ――唐突に、アルベルトと白雪姫は動けるようになった。限定的に、不思議の国ワンダーランドの指導者たちが束縛を解いたがために。

 すぐさま、スノーホワイトの首領たちは宿敵たちと対峙する。


「……覚悟して制限をはずしたのですわね」悟った白雪姫に続いて、王子が嘆く。「暴走しなかったとは、最悪だな」


「いいや。かなり無理しておるわい」

 回答した若紫は汗だくになり、呼吸も荒かった。光源氏もだ。

 長旅の後だ。パートナーを気遣い、年上の方が話す。

「とりあえず月の白雪姫の鏡スノーホワイトミラーには気絶を継続してもらい、さっきのハンバートとロリータや周辺にいた君の仲間も同様の状態でアジトに退散させたよ。学園を占拠していた鏡騎士団にも同じ処置をして撤退させ、正午騎士団は帰還させた」


 聞いて、アルベルトは諦めたように肩を落としてぼやく。

「ご都合主義的な機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナめ、土壇場でこれか。あんなに全能の暴走を恐怖していたのに、どうしてだ?」


「ちょっとは成長したのかもな。なにより……」

 と、彼は未だ自爆的な決断で凍結している悠斗と冨美香に目線を送った。

「彼らが行動してくれねば、なにもできないままだった。わたしたちが見習って挑戦しなければ敗北していたかもしれない。微小でも可能性を捨てなかった、あの二人の勝利だ」

 そして、旧友に慧眼を向ける。

「〝シュレーディンガーの猫箱〟も思い出したよ」


「本当か?」

 もはや目的を変更して、アルベルトは食いつく。かつての相棒が本気になれば、どれだけの強敵かは熟知していたからだ。

「負けを認める代わりに、教えてはくれないか!?」


「……いいだろう」

 おとなしくなった旧友に、光源氏も極めて冷静に語りだした。


「エルヴィン・シュレーディンガーも少女愛の実践者であり、かつ量子論を批判したのは存じているな。晩年の彼は人の精神についても研究した。結果、量子力学的不確定性に関する実験で、この世と異なる可能性から成り立つ平行世界から、人の無限の思考力をエネルギーとする超能力を見出したんだ。

 奔放でもあった彼はまもなく、当時から迫害の兆しがあった少女愛の未来を案じ、そこを重視して改良したサイを異世界から摘出し、こちらの宇宙法則に賦与する技術を発明した。直後にシュレーディンガーは亡くなったが、成果は諜報機関が強奪。未知の技術による人体実験を自国でするのを恐れた彼らは、当時米軍の占領下だった日本の沖縄で優生保護法の犠牲者たる少女愛者を被験体にした」


「最初のネオテニーだったな」

 王子は切なそうで、かつ懐かしそうだった。

「わたしたちが軌を一にしていた時に解決した事変だ。あのとき、さらなる裏側を調べたおまえたちは絶望して暴走した。猫箱は、シュレーディンガーの発明がロリサイの起原だというだけか?」


「大切なのは、シュレーディンガーが生んだのはあくまで〝人間が持つ無限の思考力を超能力に変換する技術〟ということだ。だからこそ、論理超能力は人の思考実験を反映するんだよ」


「なにを、仰りたいの?」

 不穏な気配に、羽根扇子を畳んで呟く白雪姫。同じ結末を見出しつつあるアルベルトも黙ってしまった。


 そこに、光源氏は現実を突きつける。

「少女と少女愛者に限らず、誰でもロリサイを用いれたんだよ。現代では洗脳教育で少女愛に関する思考を除去されるのが世界中で一般化されているために、無限の思考力を阻害されて旧人類はそれをネオテニー以外から喪失させてしまったんだ」

 やおら、断言する。


「本来、論理超能力はネオテニーだけの能力ではない。我々は特別ではないんだ」


 戦慄する場。

 誰よりも衝撃を受けるアルベルトと白雪姫をよそに、黄金の昼下がり学園長は言葉を紡いだ。


「シュレーディンガーの実験が成功した段階で少女愛が弾圧されていなければ、誰しもがサイを扱えるようになっていた。もちろん、少女愛以外の思想を消してもこれは失われる。人ができうる限りの様々な思考ができるという無限の可能性を源泉にしているからだ。君らが月までしか離れられなかったのも、多様な人間が現在住む領域にしかこいつが届かないからなんだ」


「……嘘だ」

 嘔吐するようにして、王子は怒った。

「認めんぞ、そんなこと! 信じん! 仮にだとしても、無限の能力でできぬことなどない! 少女愛者のみで成立するロリサイを無から創出してやる!! ネオテニーの理想郷ユートピア、ロリトピアを創造するのだ!!」


「そ、それは。誰かにとっての反理想郷ディストピアじゃ」

 頭を振って、若紫は諭した。

「だいいちそんなことは不可能なんだ」光源氏が繋ぐ。「そのサイ自体が、この法則で織り成されている。かつては拒絶したかったが事実だ。昔はアル、君とも志が近かったからな。これで、わたしたちが暴走して記憶を封じた理由にも合点がいったろう」

 とはいえ、源氏も若紫も今でも辛そうだった。制限なしで全能を操縦する負担と、取り戻した記憶のために。

 フラフラになりながらもなお、光源氏は身構えようとする。若紫に至ってはついに倒れたので、パートナーが屈んで抱きとめた。

「も、もう、往時のわたしたちではない! 多様性を護るために、ここで力尽きようとも君を……止める!!」


 しばらく、黙示が続いた。


 興奮して杖を握りしめるアルベルトの手を、白雪姫がぎゅっと両手で包む。これで大人の方は、ようやく冷静さが復活したようだった。

 やがて、旧友に告知する。

「……どのみち、現今のおまえたちに我々は勝てんだろう。恋人を休ませてやれ、いったん退かせてもらう」


「ああ。また会おう、友よ」

 光源氏の挨拶に、アルベルトは無言で頷く。


 まもなく白雪姫と一緒に、白雪姫姫の鏡スノーホワイトミラーは蜃気楼のように撤収した。

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