【アネクドート13】自分だけのために自分の生まれ持った裸を自分の意志で撮影した少女が、その製造犯として逮捕された。

【自分だけのために自分の生まれ持った裸を自分の意志で撮影した少女が、その製造犯として逮捕された。

 こうして捜査関係者にその裸の姿は行き渡り、犯罪者として前科のついたその少女の被害者は救われたのである。】



「……させない」


 そのとき、月の牢獄内で誰かが呟いた。

 スノーホワイトミラーもワンダーランドも、全員が声音の主を注視した。

「そうはさせない!」

 雄叫びは、大人側の牢獄で一番奥に背を預けて佇んでいた悠斗のものだった。

 彼は牢屋の先頭端に駆け寄り、鉄格子の隙間から懸命に横へと腕を伸ばした。隣の少女たちの檻へと。

 まるで超能力などなくとも意思疎通を可能としたかのように、いつのまにかパートナーたる富美香も自分たちの牢から悠斗の方向へと最も接近し、片腕を伸ばしていた。


 アルベルトは彼らを指差して、ワンダーランドの全員と嘲笑った。

「はっはっはっ! 無意な抵抗とは、こうも滑稽なものなのだな!」

 近くはあるが届くはずのない距離だ。だいいち、二人のロリサイは目覚めていない。

 互いに相手を好きだとは認めているそうでロリ彩服も用意され、輝郎や若紫は信じているようだが、周囲からは恋自体勘違いではないかとの疑いも出始めているという。正午騎士団アフタヌーンナイツを連行する際に、占領した学園でも調査済みだ。


 ……そこでふと、アルベルトは感づく。

 ――違う、腕じゃない。

 富美香は空いた手に自身の髪の束を握った。腕より長く、頭から足元まで到るほどの長いツインテールの片方をだ。

 そいつを放った。

 あれならもしかして。いや、届いたところで――。

 苦しんでいるようだった光原輝郎が、やや面を上げた。彼の顔付きは、どこか予見的だった。

 まさか、キローと若紫は悠斗と冨美香の実情を見抜いていたからこそ?


「使えるのか!?」

 危惧を口にしたアルベルトが、止めようとしたときには遅かった。

 髪を見逃していたのも、行動を許した隙も、驕りが徒となった。

 もう若紫の頭髪の先端に、悠斗の爪の先が触れていた。これでも、肉体同士の接触ではある。


 電撃のように、二人の接点からエネルギーの波が迸った。

 狼狽するアルベルト。ホール内にいた白雪姫の鏡騎士団たちもようやく身構えた。

「もう迷わない」悠斗はカミングアウトした。「おれも、少女愛者だ!!」

 彼と冨美香のカップルは、ロリ彩服を纏った。

 少年は学ランの面影を残した半袖短パンのウエットスーツ。少女はエプロンドレスの装飾がちりばめられたスク水で、背中にランドセル型になったキティを背負っている。

 途端、そこにいたスノーホワイトミラーとワンダーランドが余さず卒倒した。

 いや、正確には四名を除く。悠斗と冨美香、そして――。


「く、くそっ」いち早く危険を察知したアルベルトと白雪姫は、手を結んで耐えていた。うち、王子が呻く。「なんだ、この論理超能力は?」

 意識が遠のきそうになったのは自覚した。だから、直前にそれまでの時間を無限にした。ものの、これだけでは相手の力量が不明慮だ。

 膝をつくもどうにか杖を支えに我慢する王子と、彼にしがみ付く姫。そこに、高らかな金属音が響く。

 二つの牢屋の鉄格子が丸ごとはずれ、倒れたのだ。

 さらには、


『ギシシシシ、こっちのターンだぜ! 覚悟しな、童話のコスプレコンビちゃん!!』

 不気味な声色で挑発したのは、ランドセルについているキティの頭部だった。その顔面から人形だったときの愛らしさは失せ、狂った目玉と牙だらけの裂けるような笑みになっている。

「まずいですわ、王子様!」

 白雪姫が団扇で身体を叩いて警鐘を鳴らしてきたので、とっさにアルベルトは二人で敵と距離を置く。とりあえず真上の月面に脱出した。



 ヘームス山脈の中腹よりやや上。すでにロリ彩服を着用していた。

 ところが、目前に砂利が滑り落ちてきた。

『みーつけたっ! かくれんぼが下手だな、オイラはご主人の人形遊びに付き合ってるお蔭で得意だぜ!!』

 キティの発声だ。

 見上げると、少し上方には悠斗と富美香がいる。瞬時にアルベルトと白雪姫は、山脈上部を弾き飛ばした。

 効かなくてもいい、目暗ましにはなるだろう。


 噴煙のような幕の中、山の下にある平坦な〝晴れの海〟に転移する。

 なのに、そこにも悠斗と冨美香は先回りしていた。後ろにある〝静かの海〟の世界連合共和国からの灯火を背に、威風堂々と佇んでいる。

「おれは学園長に賛同したい」悠斗も、月面で普通にしゃべっていた。「降伏してくれ」

「くっ」

 唸りながら、王子は姫と協同で相手の能力を模索する。


 地球からロリ彩服を取り寄せ、他者を失神させ、鉄格子をはずし、ぬいぐるみをしゃべらせ、生身なのに月面で平然と追跡してきているのだ。相当の応用力があるロリサイだろう。かといって、膨大な思考実験の数々から特定するにはヒントが足りない。

 とすれば――。


「! 二分法のパラドックスが!?」

 考察してる間に、気絶を誘う相手のロリサイが無限の猶予を侵食しだしているのに気付く。


 王子と姫は目前に様々な攻撃をもたらす。

 いつだかハンバートにやったように、刃物、火炎、氷柱、電撃。果ては銃撃やミサイル、爆弾を〝限定されかつ無限定である〟で創造。自分たちは後ろに跳ね、月上空を飛行してどうにか敵を引き離そうとする。


『ギシシシ、無駄だってことを自覚しな!』

 キティの声と共に、それを抱く悠斗と冨美香も平然と飛んで追ってくる。放たれた攻撃は、全て彼らに直撃するも効いていない。ただ、月のクレーターだけが増えていく。


「〝アキレスと亀のパラドックス〟」

 王子と同じ想いの白雪姫が唱えた。

 ゼノンのパラドックスのうち、有名な一つだ。


 ある条件下で競争すると、ギリシャ神話において俊足とされるアキレスが、亀を追い抜けないというものだ。

 亀は少し先から、同じ方向へアキレスと同時に走りだしたとする。アキレスが亀のスタート地点に着く頃には、亀も少しは進んでいる。その進んだ地点に着く頃にも同様。従って、両者の距離は縮まりはするものの決してゼロにはならず、アキレスは亀を追い抜けないと考えられるというものだ。


 パートナーと意図を共有し、王子と姫はこれを実現するもわざと速度を遅めにした。

 すると、悠斗と冨美香は追い付きやがて追い越して行く手を阻んだ。

「もうあたしたちのほうがつよつよなんだから♥ 旧人類への攻撃をやめて観念してよ♥ よわよわカップルさん♥」


「やはり、無限が無効化されているようですわね」

 対立するカップルと向き合う形で再び停止した二人のうち、白雪姫が言及した。

「こんな相手はキロー以来かもしれんな」

 王子は戦慄するも、考察を巡らせる。


 実際、無数の能力を打ち消しながら無限にまで干渉するのは、もはや全能に似通っている。これまでは不思議の国のトップしかいなかったが、強弱の差はあれど同じ論理超能力者が確認されている以上、もう一組現れた可能性も否定できない。だとしたら、勝ち目もなさそうである。

 唯一引っ掛かるのは、味方まで気絶させたことだ。それこそ、光源氏と若紫まで。


「……わかりましたわ」アルベルの意思を解読したように、白雪姫が降参した。「あたくしたちは敗北を認めます。対話をしませんこと?」

「そうだな」

 パートナーも理解して、対向するカップルへと申し出た。

「悔しいが、君らの論理超能力は予想通り強力なようだ。意識を奪うのをやめてくれ、気絶したら話し合いもできんだろう。ある程度の目星がつくまで、警戒のために手を繋ぐのも許してくれよ。君らも同条件でいいのでな」

 顔を見合わせた悠斗と冨美香に微かな笑みが灯る。やがて少年の方が了承した。

「わかった、呑もう」

『おいおい』ウサギのぬいぐるみだけは不満げだ。『せっかく攻めるチャンスだってのに、ここでやめたらオイラの出番ほとんどねーじゃねーか! むぐぐ……』

「キティは黙ってなさい♥」

 空いた手でぬいぐるみを閉口させた冨美香は、王子と白雪姫に再対向すると要求した。

「じゃあ、とーぜん優勢のこっちから頼むけど♥ まず世界連合本部でのテロをやめなよ♥ あと、アフタヌーンナイツを黄金の昼下がり学園に帰らせること♥ それと――」


 しゃべりながら二組のカップルはカルパティア山脈の麓に着地する。ただし、適当に相槌を打ちつつも、王子と姫は無限の思考力で高速の推理をやめずにいた。

 つまり相手は、光源氏と若紫ほどの全能にさえなれるが、自分たち以外には恩恵を与えきれない状況にあるのだと。確実に言えるのは、悠斗と冨美香だけが何か違った特質を有しているというわけだと。

 二人だけの特徴ならある程度詳しいのだ、推測の材料はある。冨美香は冨美恵の子孫として、悠斗は――。


「質問をしていいか」閃いたアルベルトが、手を上げて発言した。「ちょっとは世間話をする時間もある。聞いたら即刻、世界連合本部に出向いて対応しよう」


 これを受けて、冨美香と短い相談をしてから男子高校生が発言した。

「いいけど、なるべく急いでほしいな」

「そう、では」白雪姫が問いだした。「あなた方だけの共通の思い出とかある?」

きょとんとする悠斗と冨美香。

「いや今そんな話――」

「あるいは二人だけで決めた秘密の合言葉とか」王子は問いをやめない。「誕生日とか――」

 そこで敵対者たちが緊張するのを、アルベルトは見逃さなかった。

『ギシシ。あ~あ、やっちまったなァ』

 ウサギのぬいぐるみは、主人の内心を代弁したのかもしれない。


「ありがとう」

 礼を告げたアルベルトの一言と共に、四人の姿は一陣の砂埃を残し、地球の衛星から消え去った。



 いつのまにか、彼らは世界連合本部の総会議場にいた。世連紋章を背に、演壇上に四人でいる。

 壇のすぐ下には、ハンバートとロリータ、国連事務総長と異端審問会長もいた。彼らは、紋章両脇のスクリーンにも投影されている。

 周囲に設けられた席の数々には、各国の大使たちが座っていた。

 そんな状況を、悠斗と冨美香は混乱して見渡す。この移動は彼らの意志ではないのだ。

 旧人類たちは緊張のためか脅迫のためかあるいはロリサイでか、微動だにできないでいる。背中を向ける形になっていたハンバートとロリータだけが顧みた。


「おっと」新しいタバコをくわえてサイで着火しながら、ハンバートは歓迎する。「ナイスタイミングだな。たった今」と事務総長と会長を腕で示した。「連中が裏で話してた悪事をここでも暴露させたとこだ」

 ロリータはロリポップをおしゃぶりしながら割り込む。

「それはいいけど、余計な来賓はなんなの。どっかで見知った面構えね」


「すまんな」アルベルトが紹介する。「冨美恵の子孫、冨美香と彼女のパートナーたる悠斗くんだ」


「へー、そういうことだったんだあ」

 珍しそうに、矯めつ眇めつ客を観察するロリータ。ハンバートは、音声にはせぬも驚嘆した様子だった。


「い、いったいどういうことだよ。こいつは!?」

 そこでやっと、悠斗は問えた。


「ここの状況から解決すると約束したろう」アルベルトはしらばっくれる。「それとも、自分たちの意志とは無関係に移動させられたのが不思議かな?」


 そこにハンバートが訊いてきた。

「興味深い。そいつらのロリサイはどんなもんだったんだ?」


「〝ロリーの部屋〟ですわ」

 団扇で優雅に己を仰ぎながら、白雪姫が即答した。

 驚き焦る悠斗と冨美香を差し置いて、アルベルトが続ける。

「少女愛関連では有名な思考実験だな。そこまで強力ではなく期待はずれだが、冨美恵の子孫としては相応しいかもしれん。伝説は大げさだったが、宣伝には利用できるだろう。一時は抵抗されて困りもしたよ。悠斗と冨美香の生年月日に一致する人間以外を攻撃したわけだ。やむなく敵も味方も気絶させた上で、自分たちだけ全能になったという具合か」


 図星だった。少女愛禁止法への強い疑義が、二人に与えた能力なのだ。

 戦慄する悠斗と冨美香へと、彼は追い打ちのように付言した。


「〝限定されかつ無限低である〟で、わしらは君らと同じ歳にもなれるのだよ。なってみればすぐに君らが自分たちと同じ誕生日の人間を全能にしたと自覚できた。あとはその全能性を利用したというわけだ」

 外観こそ変異はないのに、そういうことにできたらしい。


 まさしく、冨美香と悠斗に芽生えたのは〝ロリーの部屋〟。

 年齢だけで何かの能力が備わるわけではないにもかかわらず、それを基準に法などが運用されていることに疑義を呈した思考実験。この現実化により二人は、自分たちが定めたある年齢でできることできないことを自在に決定できる。

 数日の交流で互いの誕生年月日まではわかっていたが、他は知らない。ために、自分たちとそれ以外の知覚範囲の全員に影響する操作しかできなかった。

 つまり宣言通りなら、現在はアルベルトと白雪姫も共通の影響下にある。悠斗と冨美香ができることもできないことも共用するということだ。

 アルベルトと白雪姫には特有の〝ゼノンのパラドックス〟も加味されるのだから、それだけで不利だろう。目近には、ハンバートとロリータまでいる。


「忠告しておくが」脳裏を見透かすようにアルベルトはとどめを刺す。「総会ビルも鏡騎士団が包囲している。君らの不慣れなサイじゃ月の連中は知覚範囲外になったことで意識が復活しているだろうが、わしの仲間も同じこと。本拠地ではこちらが有利だ。まして、光源氏と若紫があの様ではな」


『ギシッ、脅してもダメみたいだぜ! オイラもせっかく仮初めの自我を得たのに、残念だがな!!』


「なんだと?」

 遮ったキティに、アルベルトは身構える。


「うーん癪だけど、そうするしかないみたいだね♥」

 静聴していた冨美香は口にし、次いで、悠斗が新たな決意を告げた。

「ああ。だったら賭けるさ、こうしてな!」


「なんのはったり――」

 そこまでで、アルベルトと白雪姫の全機能が停止した。もちろん、悠斗と冨美香とウサギのぬいぐるみも巻き添えに。

 こいつまさか。

 と、途絶える寸前の思考でアルベルトは危惧した。

 年齢を共有しているのに、同じ誕生日となった双方の言動を全部奪おうというのか。それでいったい――。


「一番強力な君らを抑制し、わたしたち二人が本気になれば足りるという算段だろう」


 光源氏の声だった。

 いつのまにか、ホールの脇に彼と若紫が手を繋いで立っている。どちらも、平安貴族の名残りがあるロリ彩服を装備していた。


 感づいたハンバートが唇からタバコを落として振り返り、ロリータと身構えて威嚇した。

「貴様ら、どうやってここまで!!」

 勢いのまま、光源氏と若紫を吹き飛ばそうとする。

 正午騎士団代表たちの背後で抽象画入りの壁面が根こそぎぶち破られ、破片がイースト川に降り注ぐ。対岸にニュー・ニューヨークの摩天楼が見渡せるほど建物が損壊したのだ。 


 ところが、ワンダーランドの頂点たる二人は無事だった。

「君らの能力は教わったからな」

 一時的に手放していたパートナーと再び握手しつつ、光源氏は暴く。

「〝二人以上の集団が望まないことを現実にする〟、だろう? 〝わたしたち〟という恋人同士を狙ってもちょっと距離を置くだけで個人同士になる」

 正鵠を射ていた。ただ、それだけでは解消できない不思議がある。


「どうしてよ!?」ロリータは疑念をぶつける。「あんたらを集団として指定するにしても、いくつも表現手段があるじゃない!」

 そうだ、〝目前にいる二人のネオテニー〟やら〝ワンダーランドの代表二人〟やら。いろいろとある。

「なのに、なんでそこからの選択肢を……」

 そこまで口外したハンバートは、嫌な予感から対策を切り換えた。

「――これならどうだ!」

 彼は両腕を広げる。

 会議場に着席している旧人類全員の頭部に、銃火器や刀剣類が突き付けられる形で出現し、空中に浮遊したまま構えられる。

 人質に取ったのだ。

 ――もっとも、武器の数々はたちまち消滅した。

 唖然とするハンバートに代わって、ロリータがパートナーも辿り着いただろう結論を導く。

「まさか、全能性が戻ってんの!?」

 彼女は、溶けて小さくなったロリポップを悔しそうに噛み砕いた。


「左様、逃げずに対面する時じゃからな」

 若紫が一言答えると、ハンバートとロリータは月へと強制送還された。


 唐突に、アルベルトと白雪姫が動けるようになった。限定的に、不思議の国ワンダーランドの指導者たちが束縛を解いたのだ。

 すぐさま、スノーホワイトの首領たちは宿敵たちと対峙する。


「……覚悟して制限をはずしたのですわね」悟った白雪姫に続いて、王子が嘆く。「暴走しなかったとは、最悪だな」


「いいや。かなり無理しておるわい」

 回答した若紫は汗だくになり、呼吸も荒かった。光源氏もだ。

 パートナーを気遣い、年上の方が話す。

「とりあえず月の白雪姫の鏡スノーホワイトミラーには気絶を継続してもらい、さっきの二人と周辺にいた君の仲間も同様の状態でアジトに退散させたよ。学園を占拠していた鏡騎士団にも同じ処置をして撤退させ、正午騎士団は帰還させた」


 聞いて、アルベルトは諦めたように肩を落としてぼやいた。

「土壇場でこれか。あんなに全能の暴走を恐怖していたのに、どうしてだ?」


「ちょっとは成長したのかもな。なにより……」

 と、彼は未だ自爆的な決断で凍結している悠斗と冨美香に目線を送った。

「彼らが行動してくれねば、なにもできないままだった。わたしたちが見習って挑戦しなければ敗北していたかもしれない。微小でも可能性を捨てなかった、あの二人の勝利だ」

 そして、旧友に慧眼を向けた。

「〝シュレーディンガーの猫箱〟も思い出したよ」


「本当か?」

 もはや目的を変更して、アルベルトは食いつく。かつての相棒が本気になれば、どれだけの強敵かは熟知していたからだ。

「負けを認める代わりに、教えてはくれないか!?」


「……いいだろう」

 おとなしくなった旧友に、光源氏も極めて冷静に語りだした。


「エルヴィン・シュレーディンガーも少女愛の実践者であり、かつ量子論を批判したのは存じているな。晩年の彼は人の精神についても研究した。結果、量子力学的不確定性に関する実験で、この世と異なる可能性から成り立つ平行世界から、人の無限の思考力をエネルギーとする超能力を見出したんだ。

 まもなく彼は、当時から迫害の兆しがあった少女愛の未来を案じ、そこを重視して改良したサイを異世界から摘出し、こちらの宇宙法則に賦与する技術を発明した。直後にシュレーディンガーは亡くなったが、成果は諜報機関が強奪。未知の技術による人体実験を自国でするのを恐れた彼らは、当時米軍の占領下だった日本の沖縄で優生保護法の犠牲者たる少女愛者を被験体にした」


「最初のネオテニーだったな」

 王子は切なそうで、かつ懐かしそうだった。

「わたしたちが軌を一にしていた時に解決した事変だ。あのとき、さらなる裏側を調べたおまえたちは絶望して暴走した。猫箱は、シュレーディンガーの発明がロリサイの起原だというだけだというのか?」


「大切なのは、シュレーディンガーが生んだのはあくまで〝人間が持つ無限の思考力を超能力に変換する技術〟ということだ。だからこそ、論理超能力は人の思考実験を反映するんだよ」


「なにを、仰りたいの?」

 不穏な気配に、羽根扇子を畳んで呟く白雪姫。同じ結末を見出しつつあるアルベルトも黙ってしまった。


 そこに、光源氏は現実を突きつける。

「少女と少女愛者に限らず、誰でもロリサイを用いれたんだよ。現代では洗脳教育で少女愛に関する思考を除去されるのが世界中で一般化されているために、無限の思考力を阻害されて旧人類はそれをネオテニー以外から喪失させてしまったんだ」

 やおら、断言する。

「本来、論理超能力はネオテニーだけの能力ではない。我々は特別ではないんだ」


 戦慄する場。

 誰よりも衝撃を受けるアルベルトと白雪姫をよそに、黄金の昼下がり学園長は言葉を紡いだ。


「シュレーディンガーの実験が成功した段階で少女愛が弾圧されていなければ、誰しもがサイを扱えるようになっていた。もちろん、少女愛以外の思想を消してもそれは失われる。人ができうる限りの様々な思考ができるという無限の可能性を源泉にしているからだ。君らが月までしか離れられなかったのも、多様な人間が現在住む領域にしかこれが届かないからなんだ」


「……嘘だ」

 嘔吐するようにして、王子は怒った。

「認めんぞ、そんなこと! 信じん! 仮にだとしても、無限の能力でできぬことなどない! 少女愛者のみで成立するロリサイを無から創出してやる!! ネオテニーの理想郷ユートピア、ロリトピアを創造するのだ!!」


「そ、それは。誰かにとっての反理想郷ディストピアじゃ」

 頭を振って、若紫は諭した。

「だいいちそんなことは不可能なんだ」光源氏が繋ぐ。「そのサイ自体が、この法則で織り成されている。かつては拒絶したかったが事実だ。昔はアル、君とも志が近かったからな。これで、わたしたちが暴走して記憶を封じた理由にも合点がいったろう」

 とはいえ、源氏も若紫も今でも辛そうだった。制限なしで全能を操縦する負担と、取り戻した記憶のために。

 フラフラになりながらもなお、光源氏は身構えようとする。若紫に至ってはついに倒れたので、パートナーが屈んで抱きとめた。

「も、もう、往時のわたしたちではない! 多様性を護るために、ここで力尽きようとも君を……止める!!」


 しばらく、黙示が続いた。


 興奮して杖を握りしめるアルベルトの手を、白雪姫がぎゅっと両手で包む。それで大人の方は、ようやく冷静さが復活したようだった。

 やがて、旧友に告知する。

「……どのみち、現今のおまえたちに我々は勝てんだろう。恋人を休ませてやれ、いったん退かせてもらう」


「ああ。また会おう、友よ」

 光源氏の挨拶に、アルベルトは無言で頷く。


 まもなく白雪姫と一緒に、白雪姫姫のスノーホワイトミラーは蜃気楼のように撤収した。

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ロリトピア 碧美安紗奈 @aoasa

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