第3話 かぞくごっこ

――――チュンチュン。

 鳥の鳴き声が朝の訪れを告げる。


「せんぱーい、朝ですよ! 起きてくださーい」


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「私は久しぶりにちゃんと寝れた気がします」


「なんで、って…………もう、なんでもいいじゃないですか!」


…………


「今日はこれからどうします? 外が明るいうちはあんまり出歩きたくないですよね」


「うーん…………」


――――ブーブーブーブー。

 突然、少女の携帯が鳴る。


「うわっ、びっくりした。めずらしいなぁ」


「…………ごめんなさい。大したことじゃないです」


「えっ、何か気になる? 別にいいじゃないですか」


「え? ダメですか?」


「はぁ、そこまで言うならわかりましたよ」


「昨日あんなこと言った手前、隠し事とかできませんし」


「はいこれ、血がつながってるだけの他人からの迷惑メッセージです」


「今どこで何してるんだーって、一週間おきに定期連絡みたいな感じで来るんですよね」


「返信? しなくていいですよ。あっちだって本気で心配してるわけじゃないですから」


「本気で探す素振りなんて一度もなかったんですよ」


「面倒ごとに巻き込まれないか心配なんでしょうね。自分のことしか考えてない人ですから」


「でもそれでいうと私、結構面倒事起こしてますよね。そのうち実家とかから調べられたら、あの人にも危害がいくかもですね」


「まあその時はざまぁみろってことで」


「いいんですよ。先輩といる方がずぅーっと幸せですから」


「家族とのいい思い出なんてひとつもありません。辛いこと、苦しいことばっかりでした」


「そうだっ!」


「私、先輩とならすっごく幸せな家庭を築いていけると思うんですよね」


「ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」


…………


「はい、それじゃあ私が声をかけるまで玄関で待っててくださいね」


「で、合図を出したら『ただいま!』って元気よく言ってください。いいですか?」


「それじゃあ始めますよ」


――――タッタッタッタッ。

 少女が足早にダイニングへと駆けていく。


「合図行きますよー、どうぞ!」


(ただいま!)


「おかえりなさい先輩! 今日もお疲れ様です」


「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも…………私?」


「…………ちょっと! 何とか言ってくださいよ!」


「これ、セリフがベタすぎてめちゃめちゃ恥ずかしいですね…………」


「と、とりあえずご飯にしておきますか」


「どうぞどうぞ、自分の家って設定なんですから好きに上がっちゃってください」


…………


「えーっと、ご飯は無いんですけど…………」


「じゃーん、見てくださいこれ!」


「エプロン、似合ってますか?」


「昨日見つけたんですよね。ボロボロですけど、デザインが可愛くて気に入っちゃいました」


「こうしてキッチンに立ったらほら、先輩のかわいいかわいい新妻さんですよー」


「そうだなあ…………今日のご飯はカレーです!」


「エアー料理になっちゃいますけど、そこは想像力で何とかしてくださいね」


――――グツグツグツ。

 カレーを煮込む音が聞こえる気がする。


「はい、できあがり」


「それじゃあ、いただきまーす!」


「どうですか先輩? 上手にできたと思うんですけど…………」


「おいしいですか⁉ やったー!」


「おかわりもあるので、いっぱい食べてくださいね」


…………


「次はお風呂…………なんですけど」


「この家の浴槽は結構悲惨なことになってたので…………」


「先輩! 背中向けてください」


――――トントントントン。

 少女が肩たたきを始める。


「背中を流してるってていでお願いします!」


「気持ちいいですかー? かゆいところございませんかー?」


「それじゃあ流しますねー」


「…………うーん」


「自分で気づいちゃったんですけど、なんか全体的にイメージが一昔前じゃないですか?」


「もう少し現代っぽい幸せな家庭のイメージですか。うーん…………」


「やめっ! やめです。かぞくごっこは終わり!」


「なんか私たちの関係からズレていってる気がします」


「昨日ちょっと考えたんですよね。私たちの関係って何なんだろうって」


「友達ではないし、恋人っていうのもなんか違う気がする」


「仲間っていうにはやってることが後ろめたすぎるんですよね」


「それでひとつ思ったんです」


「私たちって共犯者なんだなって」


「ひとつの罪を二人で分け合う関係」


「でもそれって、家族なんかよりもずっと強いつながりで結ばれてますよね」


「結局、血が繋がっていようと他人は他人なんです」


「それぞれ別々の幸せ、目的があって、本当はみんな自分のことしか考えてない」


「でも、共犯者同士なら、私と先輩なら」


「同じ目的があって一緒にいる。片方の幸せがそのままもう片方の幸せになる」


「良いことも悪いことも、全部共有してるんです」


「だからきっと、私と先輩のつながりは、この世界で一番強くて固い」


「そうですよね、先輩」


「というわけで、ひとつ約束をしませんか?」


「私、もし先輩に裏切られたら、あの人たちに先輩のこと売ります」


「だから先輩も、私が裏切ったら同じことをしてください」


「昨日から考えてたんです。何が起きても、二人一緒にいられる方法」


「別に先輩のこと震央してないわけじゃないですよ」


「これはあくまで、私と先輩がもっと強く結ばれるためにやるんです」


「さぁ、指切りしましょ、先輩!」


「嫌とか…………言わないですよね?」


「よしっ! ありがとうございます、先輩」


「ゆーびきーりげーんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます」


「ゆびきった!」


「はい、これで私たちは誰よりも強く結ばれた共犯者関係です。改めて、よろしくお願いしますね」


…………


「そうそう先輩、何かひとつ忘れてませんか?」


「ご飯とお風呂はやりました。それともうひとつありましたよね?」


「そうです! ワ・タ・シですっ!」


「えっ? かぞくごっこはおわりじゃなかったのかって?」


「まあいいじゃないですか、さあ先輩! 私で何をしてくれるんですか」


「…………先輩?」


「もしかして、このまま何もしないつもりですか?」


「もう、しょうがないなぁ」


「目、つむっててください」


――――チュッ。


「えへへ、恥ずかしいですね。先輩のせいですよ?」


「責任取って、ずっと一緒にいてくださいね。先輩!」

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ちょっぴり不安定で依存気質な後輩ちゃんと廃墟で過ごした一夜の話 揚羽焦 @017aserase

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