第11話 終焉の地で真実の愛を知る

 少女は大木に寄りかかるようにしながら、木陰で休んでいた。

 新緑で茂る葉の間から、差し込む麗らかな陽の光に照らされ、気怠そうに重い瞼を開いた少女の瞳は晴れ渡る空の色をしている。


「結局、『真実の愛』なんてなかったわねぇ」


 しかし、少女――イズンは悪友ヘルの言い残した言葉が気になっていた。

 『お祖父様オーディンにまた、一杯食わされたかもしれないわよ? でも、『真実の愛』は感じられるかもね』と……。


「まっさかぁ!」


 イズンは大きく伸びをすると欠伸をする。

 どうやら、まだ寝足りないらしい。

 その時、葉音と地を踏みしめる微かな物音がした。


 イズンが音源に気付き、視線を向けると茂みから、のっそりとした様子で一人の男が現れた。

 大柄な男だ。

 どちらかと言えば、小柄で華奢な体格のイズンと比べると親子くらいに背丈の差があるように見える。


 髪は腰に届くほど長いが、手入れがされている感じはまるで見受けられない。

 ただ伸ばされているだけで細い縄で軽く、縛ってまとめているだけだった。


 髭も伸ばし放題で無造作に伸ばされた長いものだ。

 口髭も顎髭も長く、顔の作りが分からないほどだった。


「ふんっ。そういうことなのね? 相変わらず、回りくどいやり方をしてくるヤツね」


 眠そうな目を細め、男を見つめるイズンの目は据わっている。

 その空色の瞳に宿る色は複雑怪奇だ。

 いくらかの憐憫に愛憎が加わり、別の者への怒りに似た感情が混ざっていた。


 男とイズンの視線が交錯した。


(ここまで来れたのが『真実の愛』ってこと? そうしたら、あたしの負けになるじゃない)


 悪友ヘルとの賭けを思い出し、途端にイズンは不機嫌になった。

 負ければ、間違いなく無理難題を持ちかけられるのに決まっているからだ。

 毎日のように惚気話を聞かせられて、おまけに仕事まで押し付けられては溜まったものではない。


「イ……ズ……?」

「違うわよ。あたしはイ・ズ・ン! イヴァンジェリンでもイズでもないわ」


 イズンは口にしてから、はっとしたように口に手をやった。

 明らかに失言をしたと悟ったからだ。

 しかし、男が何かに気が付いた素振りは見えない。


「エル。あんたのような普通の人間は元の世界に帰るべきだわ」


 男を上目遣いに見つめながら、そう言ったイズンの顔にいつものような余裕はない。

 その姿はまるで救いを求める穢れを知らない乙女のようだった。


「俺……ここに……ずっと…………いる」

「バッカじゃないの。好きにすれば、いいわ」


 目を逸らしたイズンの頬は紅を差したように朱に染まっていた。




 ヘルヘイムに新たな伝説が生まれようとしていた。

 愛が成就する大木の伝説である。

 竪琴ハープを爪弾き、愛の詩を謳う男とうっとりとした表情でその調べに耳を傾ける愛らしい女神。

 二人は出会った大木で今も静かに時を紡いでいると言う。


 Fin

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【完結】ヒロインは既に死んでいる 黒幸 @noirneige

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