第10話 別れと再生

「我が手の触れし、あまねく全てのものに等しく癒しを与えよ」


 ヘルの纏う雰囲気は触れる者全てを凍らさんとする剣吞としたものである。

 しかし、彼女の発する癒しの力は温かな光そのものだった。


 その両手が触れるエルドレッドの傷が瞬く間に癒えていく。

 それだけではない。

 失われた左腕さえも完全に復元されていた。


だけは元に戻ったわ」

「あたしにもは出来ないのよねぇ。助かったわ」


 イズンはどこか疲れた様子のヘルに籐の籠から、黄金の果実を一つ手渡すと労わるように薄っすらと笑みを浮かべる。

 複雑な感情が入り混じり、泣いているようにも笑っているようにも捉えられる不思議な表情になっていた。


「さて、コレでお別れね。あんたのこと、嫌いではなかったわ。さようなら」


 小首を傾げ、「本当にコレでいいの?」と問いかけるヘルを軽く、手で制するとエルドレッドの僅かに開いた口に金色に輝く、液体を一滴注いだ。


 生気の無かった土気色の顔に僅かではあるが朱が差している。

 微かにではあるが、胸を上下し始めていた。

 エルドレッドの目前にいた死の影が去ったのだ。


「コレでいいのよ」


 誰に言うともなく、放たれたイズンの呟きを合図にするように一陣の風が吹き、もう女神がいた気配の残滓すら残っていない。




 カムプスの村は平和だ。

 平穏で長閑のどかな日々が過ぎていく。

 時折、境界地の森に侵入してくる魔物に悩まされること以外は何も無い。


 冒険者であり、腕利きの狩人でもあるエルドレッドは境界地を越えた”はぐれ”ダイアウルフを弓で仕留めると首を捻った。

 前にもこんなことがあった気がする、と……。


「何かを忘れている……そんな馬鹿なことないか」


 独り言つエルドレッドの心を言い知れない違和感が、徐々に侵食しつつあった。

 その違和感が決して、自分だけが感じているものではない。

 村人も思い出せない何かに苦しんでいるように見えた。


「あの子を見ないね」

「ほら、あの可愛らしい子よ」

「あの子って、誰だっけ?」


 井戸で水汲みをしていた女達がそんな他愛もない話をしていた。

 彼女らも思い出せないに悩まされている。


 違和感の正体が何であるのか?

 それを突き止めねば、自分は死んでも死にきれない。

 エルドレッドはいつしか、そう考えるようになっていた。

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