地球滅亡

清見こうじ

ピンポーン

 ある、夏の日。


 もうじきお昼になろうかという頃、とあるアパートの、玄関先。


 若い男性が、チャイムを鳴らしている。

 何回目かのピンポンに、やっとドアが開く。


「あぁよかったぁ! 生きてたぁ! 任務その1完了」


「……何なんです? あんた、何回も」



 出てきたのは、髪も髭もボサボサの、たぶん40歳近い男性。



「あ、ワタクシこういう者でしてぇ」


 作業着っぽい上着に付けられた名札を引っ張って、部屋の住人に見せる。



「……便利屋?」


「ハイ! 郷里のお母様にご依頼受けましてぇ、何度ご連絡してもお返事がなく、ご心配されたようでぇ」


「どうせ田舎に戻って就職しろとか結婚しろって煩いから……俺はそれどころじゃないんだよ!」


「ハイ! 任務その2完了! まさにそのまんまのお言葉、お伝えするように承って来ましたぁ」


「じゃあ、もういいだろ? それどころじゃないってっ伝えといて」


「いや、まだありましてぇ」


「……何?」


「『どうせ汚くしていて女も寄り付きやしないだろうから』、あ、これはお母様のお言葉ですぅ、『部屋の掃除もしてきてね、私はこの暑さで東京なんて行きたくないから』以上言われたまんまですぅ」


「だから、それどころじゃないんだよ! 今、俺は、重大な問題を抱えているんだ!」


「それは、いったい? これでもワタクシ便利屋ですからぁ、まあ、色々経験もございますしぃ? ご相談に乗れないこともないとぉ、思いますがぁ?」


「……が……るんだよ……」


「はぁ?」



「地球が、滅亡するんだよ!」



 ヤバイ、電波さんだ。


 背中に一筋、冷たいものが流れたけれど、素知らぬ顔で微笑み続ける便利屋氏。



「……それは、一大事ですねぇ」


「そうなんだよ! それを知ってから、俺は夜も眠れなくて!」


「それはぁ、どちらの筋からのぉ、情報でぇ?」


「テレビでやってたんだ! 太陽の寿命は後50億年だって! それを知ったら、もう夜も眠れなくて!」



 昼間は寝てたんじゃ?



 部屋の奥の、乱れた布団が目に入ったが、やっぱり素知らぬ顔で微笑み続ける便利屋氏。


「大きな問題をぉ、抱えていらっしゃったんですねぇ」


「分かってくれるのか? 正直どうしようか悩んで、どこかに相談しようにも、どこに相談するか悩んで、困り果てていたんだ……市役所とかに訊けばいいのか?」

 


 市役所とかも、相談されたら困りますよ。


 なんてツッコミ、おくびにも出さず、微笑み続ける便利屋氏。



「でもぉ、あなたが悩まれることはないのでわぁ? どうせどんなに長生きしても、後100年も生きられないんですからぁ」


「そんなこと分かっている! 俺が心配しているのは、地球の未来だ!」



 わー、本格的にヤバイよ、この人。


 それでも、あくまでも素知らぬ顔で微笑み続ける便利屋氏。



「素晴らしいぃ! そんな未来のことまで案じられるなんてぇ」


「当たり前だ! それがエコロジーだ! 俺は地球にやさしい男なんだ!」


「ところでぇ、地球上に生物が誕生したのはぁ、何年前かご存知ですかぁ?」


「え……と……知ってるとも! ……ん年前……だな」


「そのとおぉり! 地球が誕生したのは48億年前、生命体の起源が40億年前でぇ、脊椎動物が約6億年前ですねぇ」


「そ、その通りだ!」


「つまりぃ、40億年で単細胞やら分裂するしか脳のないっていうかぁ、脳も持ってない生命体がぁ、知的生命体に進化しちゃうんですからぁ」


「う、うむ」


「もう40億年もあればぁ、地球が滅亡したとしても大丈夫なようにどっかの銀河に第2の地球見つけるかぁ、開発するくらいには進歩してますよぉ、きっとぉ」


「……なるほど! 素晴らしい論理だ! 安心した!」


「どういたしましてぇ、ではお掃除に入らせていただきますがぁ?」


「ああどうぞ。安心したら、眠くなって来たんで、俺は休ませてもらう!」



 言うなり布団に寝転がって、イビキをかき始める住人。





 まあ、その前に、地球がどうなるかは、わからないけどね。



 話している最中も大音量で、今もつけっぱなしのテレビを消して。



 エアコンの設定温度を20度から26度に上げて。



 大きな灰皿に盛られた、山のような吸い殻を捨てて。



 発泡酒の缶しか入っていない冷蔵庫を掃除して。



 テーブルに積まれたままの、コンビニ弁当の空き容器やらカップラーメンの空き容器やらスナックの空き袋やらを、ごみ袋につめて。




 任務その3完了!




「それではぁ、失礼しましたぁ」



 パタンとドアを閉めて、便利屋氏、退散。




 いつまでも、あると思うな、親の脛、ってか。



『私が死んだ後、どうやって暮らしていくつもりなのか心配で……』



 涙ながらに語っていた老婦人。





「大丈夫でしょう。そう遠くない未来に肺癌か心筋梗塞か、生活習慣病あたりでポックリいくのが落ちですね」



 響いてくる途切れ途切れのイビキ。


「ああ、ええと、睡眠時無呼吸症候群、でしたっけ? そっちが先かもしれませんね」


 あのまま息が止まっても、誰も気が付かない。






「あ、でも第一発見者とかは、やだなあ。警察いくとかメンドクサイ。その前に地球が滅亡したら楽なのにな」



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地球滅亡 清見こうじ @nikoutako

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