サクラの木が、町の守り神と呼ばれるころまでのおはなし

 真面目のサクラに、チェーンソーが喰い込んでいくというあまりの事に、二本のサクラの木も流石に驚いた。

 しかし真面目のサクラは、しばらくして何かを悟ったかのようにこう漏らした。

「…そうか。」

 逆に頑固のサクラは益々取り乱し、木の枝の上から人間達に叫び続けた。

「おい!何やってんだ!やめろ!」

 悟ったかのような真面目のサクラは、やんわりと笑みまで浮かべて、こう呟いた。

「どうやら、儂は、切り倒されるらしい。」

「何言ってんだ!そんな事あるか⁉」

 その言葉に、頑固のサクラがすごい勢いで真面目のサクラを見て怒鳴った。そしてまた人間達に向かって叫んだ。

「おい!やめろって!」

 全て受け入れ、悟ったかのような真面目のサクラに対し、怒鳴り散らす頑固のサクラ。

「ふぅむ。どうやら、切り倒されるのは、儂だけのようじゃな。」

 冷静に状況を見て、真面目のサクラがそう言った。

「お前も何落ち着いてんだ!」

 人間達に怒鳴っていた頑固のサクラが、また真面目のサクラにも怒鳴った。

「儂も、長く生きた。ここで切り倒されるならば、それは、それという事じゃ。」

 変わらぬ態度の真面目のサクラに、頑固のサクラがヤキモキした態度で更に怒鳴った。

「だから何落ち着いてんだ!」

 落ち着いた真面目のサクラに対して、慌てふためく頑固のサクラ、ここへきても対照的な二本のサクラであった。

「もう、口うるさく言うヤツは、居らんようになるんじゃ。ヌシにとっては、ええ事じゃろう。」

「うるさい!」

「だからと言って、また、突っ走るんじゃないぞ。花を、咲かせるというのには、情緒が、あって…」

 段々と言葉に力を失くしていく真面目のサクラ、頑固のサクラはもうワケがわからなかった。

「うるさい‼黙れって言ってんだ‼何でお前だけが…」

「最近は、元気がのうなって、しまったからのう。おそらく、その、せいじゃろう…」

 もう立っていられず、木の枝の上に器用に胡坐をかいて、背中を丸くし、顔から生気を失っていく真面目のサクラ。

「それって、俺の…」

「何度も、言わせるで、ない。あれは、儂が、勝手にやった、事じゃ…。気に、するな…」

 いつもと違って弱気な頑固のサクラに、力無くも、有無を言わせず、説き伏せるように話す真面目のサクラ。

「気にするなって、…そんなワケいくかっ!」

 声を荒げる頑固のサクラ。

「儂らには、どうにも、出来ん…」

 しかし変わらず落ち着いた真面目のサクラ。

「そんな事言ったって…」

 もうどうしていいのかわからない頑固のサクラが、真面目のサクラと人間達を交互に見るのを繰り返した。その間にも真面目のサクラの意識が、どんどんと遠のいていっているのが、頑固のサクラにもわかった。

「…う、ぅあぁー!やめろう‼切るなぁ‼」

 頑固のサクラはたまらずまた叫んでいた。

「儂らの、声は、聞こえて、おらんのじゃ。無理を、言うで、ないわ…」

「うるさいっ‼やめろうっ‼」

 頑固のサクラがパッと消えて、ポンっと根元に姿を現し、人間達に今まで以上に叫んだ。

「ヌシは、ヌシじゃ。そのままで、居るがええ…」

 最早頑固のサクラを見る事すら出来なくなっている真面目のサクラが、そう話した。

「うわあぁっ‼やめろうっ‼」

 益々声を荒げるが、もちろん頑固のサクラの叫びが人間に届く事はなかった。真面目のサクラを切り倒す作業は、淡々と続けられた。

「…達者で、な……」

 そしてやがて、真面目のサクラのかき消えるような声が漏れ聞こえ、真面目のサクラの木はメキメキメキズシーンと、大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。

「…――」

 真面目のサクラという、存在そのものが、姿が、徐々に、消えていった。

「ぅあぁーっ‼

 あぁーっ‼

 あ――っ‼

 あ―――――――――――っ‼」


 咲くのも、散るのも、どんな事でも、自分の意思でどうにでもなると思っていた自分に対して、頑固のサクラは、無力さを感じていた。


 頑固のサクラの下に、あの樹木医の男がいた。男は頑固のサクラに手を当て、申し訳なさそうに、悔しそうに話しかけた。

「すまんなぁ、お前しか守ってやれなくって…」

 そしてゆっくりと、頑固のサクラを見上げ、何も言わず、また頭を下げ、ただ肩を震わせた。


 次の年から、頑固のサクラは、咲かないとは言わないまでも、以前の様には咲かなくなった。それは、元気のないという言葉がピッタリくるような、そんな咲き方であった。

 次の年も、またその次の年も――


「一体どうしたんだろうなぁ?」

「前はこう、一度にばぁっと…」

「そうそう。“満開”って感じだったわよねぇ。」

「あら、こんなモノじゃなかった?花はきれいだし、私は十分よ。」

「まぁ、それはそうなんだが…」

「咲かなくなったら、また切って、新しい遊具でも入れれば良いのよ。」

「…うぅん。まぁ、そうだな。」

「そうよ。ふふふふふ。」


 真面目のサクラの木があった事は、もう遠い昔の事のようであった。

 次の年も、頑固のサクラは相変わらずであった。

 ところがその年、頑固のサクラは唐突に、…そう。本当に唐突に、懐かしい声を聞くのであった。

「ふあぁ…よく寝た。」

「え⁉お、お前、ど、どこだ⁉」

 頑固のサクラは慌てふためいて、辺りをキョロキョロと見回した。

「どこって、ほれ、ここじゃ。」

 頑固のサクラの幹の途中から、少し色の違った枝が伸び、そこから若い芽が顔を出していた。懐かしい声はそこから聞こえてきていた。そしてスーッと真面目のサクラが姿を現した。

「どうやらヌシに移植されて生き延びたようじゃのう。」

「い、移植⁉」

「んーっ…要は儂の一部、まだ元気な部分をヌシに植え付けられて、ヌシの一部となったのじゃ。」

「な、何だよそれ⁉」

 そう。樹木医の男は諦めず、切り倒す前に真面目のサクラの木の一部を、頑固のサクラの木に移植していたのだ。移植そのものは、昔からある技術で、珍しいものではなかった。しかし樹木医の男にとっては、それは初の試みで、元となった木は、切り倒される程度の生命力しかない木で、成功するかどうかは、神頼みでしかなかったのだが、その試みが成功していたのだ。

「……」

 頑固のサクラは唖然と真面目のサクラを見下ろしていた。

 しかし、時間が経つにつれ、ある感情が沸き上がってきた。

 すると何かに気付いたように、真面目のサクラが、頑固のサクラを見上げてこう言った。

「ん?何じゃ、ヌシは喜んでくれとるのか?」

「はぁっ⁉ん、んなワケないだろっ‼」

 唐突な言葉に、頑固のサクラが、慌てて憎まれ口で強がった。

「んー…そうは言うても、先刻さっきも言うた通り、儂はヌシの一部となったんじゃ。違うと言っとるのが、違うとわかってしまう。」

 真面目のサクラが困ったといった顔でそう話した。

「う、うるさいっ‼違うと言ったら違うんだっ‼」

「…」

 声を荒げた頑固のサクラを、真面目のサクラは黙って見ていた。

「…うるさいっ!」

「いや、何も言うとらん。」

 沈黙に耐えきれずに喚いた頑固のサクラに、呆れたように真面目のサクラがツッコんだ。

「うるさいっ‼」

 頑固のサクラはそのツッコみに更に力強く喚いた。

 こうして、対照的で、決して交わる事のなかった、二本の平行線だったサクラの木は、奇妙な縁で、一本のサクラの木として生まれ変わった。


 その後、サクラの木はまた元気良く咲くようになった。しかし以前の様に、早い時期に一気に咲いて、一気に散るのではなく、咲き始めるのは早いが、じっくりと咲き、長い期間咲き続け、時間をかけて、ゆっくり散っていくという風に変わっていった。

 人間もサクラの木が元気になると、花が咲いている間は、いろんな人間がまたその下で笑顔で過ごすようになり、それを何年も繰り返すうちに、あの、後から来た人間達や、その下の世代の人間達にも、いつしかサクラの木は思い入れのある存在となっていった。


 そしてまた数年経ったある日、一人の男が木の幹に手を当てて、こう話しかけた。

「すっかり元気になったな。ゆったりとして、大きな優しさを感じる。今じゃお前もこの町の守り神みたいだな。厳かで、神々しさすら感じるぞ。」

 それは、あの樹木医の男であった。今はもう、あの時の父親の年をとっくに越えたようであった。

 ただ男に、…いや人間達に、サクラの木の精の声を聞く事が出来たなら、毎年花の咲く頃は…いや、サクラの花が咲いている間、人間達にはずうっとこう、厳かや、神々しさ等とは、程遠くかけ離れた、只々やかましい声でこう聞こえたはずだ。


「うるさいっ‼咲くったら咲くんだっ‼」

「いつも言っておるじゃろう。情緒というものがあってじゃな…」

「うるさいっ‼

 オ、レ、は、咲くんだあぁ―――っ‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頑固と真面目のサクラのおはなし @LaH_SJL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画